第七膳 中華風カレーライス
映画に行きたい!
「ねえ、兄さん。お願いがあります」
「志帆のお願いなら、なんでも聞くよ」
「ありがとうございます。兄さんは優しいですね」
志帆はふふっと笑う。
「映画、見に行きませんか?」
「志帆がそうしたいならいいよ。でも、バレるリスクが高くなりそうだな……」
サングラスと帽子だけではどうしても限界がある。
さっきだって週刊誌の記者に正体がばれたわけだし。
「でも、どうしても行きたいんです」
「そんなに?」
「だって、休みの日に映画館に行くなんて普通の女の子っぽいじゃないですか」
「まあ、それはそうだね」
志帆は普通の女の子になりたいと言っていた。
それなら、その願いをなるべく叶えてあげたい。
「それに……同い年の男の子と二人きりで映画館に行くなんて、まるでデートみたいです」
出かける前、志帆は「デートですね!」なんて言っていた。
それを冗談だと志帆は言ったけれど、たぶん違う。
「まるで、というよりデートそのものじゃないかな」
俺は勇気を出して言ってみる。志帆は一瞬、あっけにとられ、そして嬉しそうに笑う。
「そうですね。だって、あたしたち……」
「婚約者だからね」
志帆の言葉によれば、そういうことになるらしい。
たとえ親が決めたものでも、ただの兄妹じゃない。
結婚を前提にした男女、ということは互いを異性として意識しないといけないわけで。
「ふふっ、兄さん、照れてる?」
「そう……かもしれない」
「あたしは最初から兄さんのこと、男の子として見ていたんですよ?」
志帆が剛速球を投げ込んでくる。
俺は思わずまじまじと志帆を見つめた。
志帆は顔を赤くした。
「だって、あたしは兄さんが婚約者だって知っていましたから」
「ああ、なるほど……」
知らなかったのは俺だけってわけだ。
父さんもレティさんも、もしかしたら小牧の人間たちも知っていたのだろう。
「志帆はずるいな」
俺が言うと、志帆はちょっと不安そうに俺を上目遣いに見る。
「黙っていたのを怒ってますか?」
「怒ってはいないよ。別に志帆は悪いことをしていない。でも、事情を言ってくれれば力になれたかもしれないのに」
「だって、こんな重たい事情をいきなり話したら、兄さんに迷惑かなって。それにですね、あたしは兄さんの妹になりたかったですから」
「どういう意味?」
「こういうのって積み重ねが大事だと思いますから。まずは兄妹としての家族。次は婚約者。その次は――」
結婚? それとも恋人?
でも、志帆の言いたいことはだいたいわかる。
その証拠に志帆の顔は真っ赤だ。
志帆はどうして俺にこだわるのだろう?
「志帆は昔、俺に会ったことがあるって言ったよね?」
「はい。あたしは兄さんに会ったことがあります」
「それが俺を信頼してくれる理由?」
志帆はくすりと笑って、首を横に振る。
「最初はそうでした。でも、今は違います」
そして、志帆は背伸びして、俺にまっすぐ向き合う。
「兄さんがあたしに美味しい料理を作ってくれて、優しくしてくれたから。だから、あたしは今の兄さんと一緒にいたいと思うんです」
志帆は柔らかい声でそう言った。
<あとがき>
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