あたしの味噌汁を毎朝作ってください(?)

 そんなわけで約束通り俺は志帆に朝ごはんを振る舞うことになった。

 わくわくという表情で志帆は食卓に座っている。


 ……すごく期待されている。

 その期待に応えたい。


「そうそう。パクチーが苦手とかある?」


「昨日も言ったとおり、あたし、苦手な食べ物なんてないんです。それにパクチーはむしろ好物ですね」


 志帆が得意げな笑みを浮かべる。

 料理を食べてもらう相手として、志帆は本当に素晴らしい。

 

 パクチー、またの名をコリアンダー(香菜)は世界中で使われている食材だ。東南アジアのタイ料理、ベトナム料理から、アメリカのメキシコ料理、ヨーロッパでもポルトガル料理では欠かせない。


 ハーブの代表格と言っても言いすぎじゃない。

 ただ、日本では馴染みのない食材で、最近でこそ広く使われているけれど、苦手な人も多い。

 俺は好きだし、志帆も好きということで良かった。


 俺は青ネギとパクチーを切ると、フライパンを用意して桜エビを乾煎りからいりする。


「でも、朝ごはんにパクチーなんて変わっていますね」


 いつのまにか志帆が食卓を立って、キッチンの俺の隣に立っていた。

 俺がびっくりしていると、志帆は後ろ手を組んで少し前かがみになり、ふふっと笑う。


「待ちきれなくて、来ちゃいました」


 ふわりと女の子特有の甘い匂いがして、俺はくらっとした。

 究極の美少女が近くにいるというのは、健康に良くないかもしれない……。


「ま、まあ、和風で定番な白米、納豆に味噌汁でも良かったんだけどね」


「あたし、そういう朝食も好きです。ほら、日本ではよく言うでしょう? 『俺の味噌汁を毎朝作ってくれ』ってプロポーズするって」


 志帆がおどけた調子で言う。フランス系ハーフの志帆は見た目こそ洋風な美少女だが、中身はすっかり日本人らしい。

 俺は苦笑した。


「いまどきそんな男尊女卑なことを言う男は結婚できない気がするな」


「そうでしょうか……? そういう俺様な人ってモテるのでは?」


 まあ、そうなのかもしれない。傍若無人だけど男らしいぐいぐい行く人間はモテるのだ。


 俺にはそういう男らしい(?)部分が欠けている。だからこそ、葉月に振られたのだと思う。


 志帆は頬に指を当てると、微笑む。


「でも、あたしはそんな男と結婚するのはやっぱり嫌ですね。兄さんみたいな優しい男の人の方が好きです」


「……え?」


「あくまで一般論ですよ、一般論!」


 志帆が顔を赤くして早口で言う。照れているのだろう。それにしても思わせぶりで心臓に悪い……。


 でも、俺はちょっと嬉しくなり、同時に志帆を少しからかってみたくなった。


「志帆になら毎朝味噌汁を作ってもいいけどね」


「え!?」


「兄として、ね」


 俺が言うと、志帆は「なーんだ」という顔をする。


「プロポーズされたかと思っちゃいました」


「俺もプロポーズされたかと思ったよ」


「ま、まあ、あたしたちは兄妹ですからね」


 志帆はツンと澄まして言うけれど、耳まで赤い。わりとすぐ動揺するタイプなんだな……。

 そんなことを考えながら、俺は鍋に豆乳を入れて温めていた。


 同時に、鶏ガラスープの顆粒、黒酢、ザーサイ、そして炒めた桜えびを器に放り込む。

 志帆が顔をほころばせる。


「いい匂いがします……!」

 

「桜えびの匂いだよ。食欲をそそるよね」


「へえ……それにしても何を作るんですか? さっぱり想像がつかないんですが……」


「まあまあ。後少しでできるから」


「兄さんはじらすのがお得意ですね」


「褒め言葉だと思っておくよ」


 沸騰直前まで熱した豆乳をさっきの器に移し、青ネギとパクチーを散らしてラー油を浮かべて出来上がり。


 真っ白なスープに、黒酢の黒、ラー油や桜えびの赤が浮かぶ。

 志帆は息を呑む。


「こ、これは……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る