ホワイト・ギフテッド──超人血族の世界征服論──

@Sushi_Yakiniku

第1話 プロローグ-①

天暦元年から20年前。災禍から6ヶ月後、ドロイド大陸西方、某山脈地帯。



その時、セイさんは私を家に招き入れて話をしてくれた。


 この城砦に辿り着いてから二日が経つ。ここにやって来た避難民はセイさんの家に行き、周囲の街や村がどんな状況にあるのか喋る必要があった。


 周囲の組織から隔絶された世界では、怠ることが出来ない情報収集だ。


「お茶でよかったかな?」

「あ、はい。なんでも大丈夫です」

「じゃあ、どうぞ」


 彼は私にお茶の入ったマグカップを寄せた。


「綺麗・・・ですね」


「うん。お客さんにお出しする物だからね」


 綺麗なマグカップだった。

 私が言った綺麗とは、「模様が美しい」とか「陶器が輝いてる」とかではない。こんな壊れやすいものがまだ壊れず残っている「破損していない様子」を指していた。


「レノちゃん」


 彼。セイさんと目線が重なる。

 これから本題が始まる前兆だった。


「今日、君を呼んだのは『鋼質有機体』の件について知っていることがあったら教えてもらおうと思ったんだ」


「その『こうしつゆうきたい』って言うのは、あのバケモノのことでいいんでしょうか?」 


「もちろん、あのバケモノのことだよ」


「でしたら私は役に立てないと思いますよ・・・私もみんなと同じで、気付いたら村や街なんかが破壊されてただけなので・・・」


「それでいい。あの生物について知っていることだったら何だっていいよ。何しろ今は情報が少なすぎる。雑多でいいから情報が欲しいんだ」


「・・・」


「君にとって辛いことなのは分かってるよ。昔の話をさせるんだ。いい気分にはならないだろね」

 

「バケモノから逃げるにしろ、戦うにしろ。必要なのは情報なんだ・・・だから頼むよ」


 セイさんは必死そうだった。実際ワタシを含めてみんなが死にかけている。


 ここまで来るのに通った死線は一つや二つではないだろう。死の寸前にまで追いやられながらこれまで暮らしてきたのだ。


 死の間際にいる。どんな事だって試したくなるのは当然だった。


「いきなりだろうから、まずは僕の身の上話から始めようかな」

 セイさんはそう言った。


「話を切り出した私が何も喋らないのは不公平だし、何を言っていいか分からないだろう?」


 彼はにこりと笑った。

 その笑顔から『私も過去を語るのだから、君も過去を語ってくれるよね?』という意図を感じた。返報を求めているのだと嫌でも分かる。


 少しの息継ぎの後、レノさんは語った。

「僕は昔、セントの要塞で観測手をしててね」

「・・・西側にある。長い城壁・・・でしたっけ?」


「そう、それ。水城っていう川に沿って建てられた城塞だね。そこで僕は観測手として働いてたんだ。観測手って分かるかな?城壁の向こうにいる敵を見つけて、不穏な動きをしていないか逐一報告する役職だよ。もともとは西側にいる騎馬民族から都市を防衛するための場所でね。そこで・・・働いていたんだ」


「まぁ、そこでの同僚はみんないなくなっちゃけどね。死んじゃったか、行方不明か。どっちにしろ、あの時から一度も会えてない」


「みんな、そんな感じなんですね」

「そう・・・みんな同じだ・・・」

「・・・」


「はは・・・暗くなっちゃったね。話を戻そう。僕はそこで西側からやってくる遊牧民族の動向を探っていたんだ。災禍が起こる前は火縄銃や弓を持ってる騎馬兵が結構うろちょろしててさ。少しでも近づいたら威嚇射撃を撃つように指令を出すんだ。こっちは見てるぞ、って脅しをかけてね。そんな仕事だった」


「時代が変わるにつれて僕の仕事も変わっていくものでね。新しい兵器が開発される度に自分の城にとっての最善を考えなくちゃいけないんだ。例えばだけど、一昔前まで銃口から弾と火薬を込めて、火打ち石の摩擦で火薬に発火させて発砲する火打銃が一般的な武器だったんだけど、最近開発された『薬莢』の影響でねボルト式の長銃がウチの国では主流になったんだ。それに伴って大砲なんかも新調されたんだ。武器も変われば戦略も変わる。それに合わせて勉強しなくちゃいけなかったから大変だったよ」


「その日、うん、ちょうど六ヶ月前だね。みんなに聞いたけど、具体的に襲われた日はバラバラだったんだけど、基本的に『災禍』は6ヶ月前から始まったって言われてる。その日も観測者としての仕事をしてたんだ、いつものようにね。敵対してる騎馬民族の動向を観測してたよ。でも変だったね。その日に城壁に近づいてきたのは馬だけだった。人を乗せていない馬が数頭、丘の向こうからやって来たんだ。火薬でも巻きつけられているのか?とかも思ったけど、そういう感じでもない。そもそも城壁の真下は川が流れているからね、馬に火薬を持たせて特攻させたとしても壁に辿り着く前に溺れるのが目に見えてる。遊牧民もそこまでバカじゃない」


「変だな、と思ったんだ。その時にバサバサって、山から一斉に鳥が飛び出してきた。城壁は山の谷を埋めるように作られてたからね。山に囲まれている分、その量は凄まじかったよ。大小関わらず、空を埋め尽くす勢いでね。何かから逃げるように飛び去っていったんだ。今考えると動物の直感ていうのは本当にすごいね。死期っていうのを悟っちゃうんだからさ」


「まぁ、不穏・・・だったね。昔に起こった地震の兆候に似てたからさ。なんにしても水城全体が緊張感に包まれてた。何かが起こるかも、って皆んなその時に思ってたんじゃないかな。全員が身構えてたよ。長銃の狙撃手、大砲の砲手、その場にいた全員がいつでも攻撃できる体勢に入ってた。そしてそれが起こった。その出来事を・・・みんな同じ表現をするんだよね。色んな人と話したけど、それを見ていた人は全員口を揃えるんだ。そして僕の時も例外はなく『星が降ってきた』んだ」


「んー。驚く・・・という暇はなかったかな。降ってきたアイツ等に吹っ飛ばされてね。城壁はその衝撃で崩れたし、運良く川の上に落ちたけど、自分が何をされたのか何も分からなかったよ。熱波、衝撃、轟音。城壁に残っていた人が叫んだ悲鳴で我に帰ったね。あとは見た。見るっていう職業だったからね、咄嗟に何が起きたのか水中から観察したよ」


「最初に見えたのは脚・・・だったね。そう、バケモノの脚。カクカク動く足が城壁から突き出てたんだ。得体の知れないものに感じていたけど、それが人を叩き殺し始めたからね、まぁ驚いたよ。千切られた人間が城壁の外に追いやられていくんだから。すぐに川は真っ赤になった」


「普通に目を疑ったね。現実か、それとも頭を打って見ている幻覚か。城壁にはバケモノがいたよ。うん、そう。皆んなが話しているのと姿形に違いはないかな。白くて、大きな、鋼の虫。なんていうか、ピピピピっていう鳴き声をあげてた。本とか御伽話の中の世界から来たって言うのが正解だと思うよ。僕が今まで見てきた生物の中で一番大きい生き物は、去勢してない闘牛だったからね、その何倍も大きかった。僕は見たことないけど象っていう生物より大きいって言ってる人もいたな」


「僕が初めてバケモノに出会ったのはその時かな。恐ろしかった。あとは命からがらだったよ。川を泳いで下流まで流れてね。運が良かったんだ。その後に放浪してね。どこもひどい状態だったよ、焼かれた街、埋められた人、そもそも原型を留めていない集落の方が多かった。避難キャンプを転々としながら、最終的にこの山に入ってね。城壁の知識はあったから、その腕を買われて定住しているんだ。鋼質有機体っていう名前を聞いたのは放浪している時だよ。『剣つるぎの国』から来た人がそう言ってた。まぁ、それを教えてくれた人は死んだよ。避難キャンプにやってきた鋼質有機体に踏み潰されてね・・・」


「いろいろな話がある。あのバケモノに対しての話は・・・。おそらく人類以上の知性を持った生物。人類の上位種。それが僕の考える答えだよ。何のために人を襲ってるのか?どこから来たのか?そもそも何が目的なのか?それは一切分からないけどね・・・。でもこれだけは言えるよ。アイツ等がいなくならない限り、遅かれ早かれ人類は滅ぶ」


「・・・っていうのが僕の考えていることだよ。対策を立てなくちゃいけないんだ。この山の中で暮らしていてもいつかは見つかる。大陸の外に行こうにもバケモノが道を阻んでしまう。何かをしなくちゃいけないんだ」


 そう言ってセイさんは私を見た。

 持っている情報を出して欲しい、そう訴えているようだった。


「わ・・・わたしは・・・」


 何も言えずにいた。自分も同じようなものだったから。自分が持っている情報の中に有益なものなど何一つとしてなかったように思える。

 

 押し黙る私を見て、セイさんが口を開いた。

「ある噂を知っているかい?」


「・・・噂・・・ですか?」


「そう噂。ちょっと荒唐無稽でね、言うのを控えていたんだけど。この際だし言ってしまおうかな。私が避難キャンプにいるころに聞いたんだが、大陸の南の港。トキソ国の南の港での話らしいが・・・」


 セイさんは言い淀んだ。

 半信半疑のことを喋るように、恐る恐る口を開く。

「・・・少女が鋼質有機体を殴り殺したそうだ」


「・・・?・・・はい?」

「いや、分かる。意味が分からないとは思う。作り話の域を出ていないし、馬鹿げているとも思うよ。ただ・・・そういう噂があるんだ。少女は名の知れた拳闘の名手だったそうでね。そんな少女が・・・あのバケモノを素手で殴って再起不能に追い詰めたという噂がある」


 少しだけセイさんは顔を赤くした。子供が描いたような噂話を真面目な顔で喋っているのが恥ずかしくなったようだ。馬鹿馬鹿しい、とでも言うような噂だが。それでも、それについて真剣に考えてしまう私たちがいた。


「噂は噂だよ。避難キャンプでそれを喋っていた人も、実際に自分で見たわけではなく。人から聞いた話を喋っていると言う感じだった。創作なのかもしれない。あのバケモノに勝てないと悟った人が想像したおとぎ話なのかもしれない。その少女というのも、鋼質有機体を殴り殺した後すぐに海外に旅立ったというし、噂の人物がもう大陸にいないというのも創作説をより強くしているよ」


「あとは・・・そうだな。新興宗教が発足されたっていう話があるかな。天使っていうのがいて、それを祀っているっていう話だね」

「天使・・・ですか?」

「そう・・・自称『天の使い』だね。その『天の使い』の使い。天使の使者が、各地を歩き回っているらしいよ。『入信しないか?』ってね。神に縋りたい連中を集めようという感じなのかな?どちらにしろ宗教家の考えることは違うね。自分たちの信者を集めるよりも、もっとやらなくちゃいけないことはたくさんあるだろうに。下らないとは言わないけど、個人的には賛成しかねる話だよ」


「・・・天の使い・・・」


「・・・何か知っているのかな?」


「そういう・・・噂みたいなのを聞いたことがあります。全身白色で人智を超えている人間がいる・・・とか。その天使とは違うかも知れませんが、凄いものを見たように語るので何だろうなと思ってたんです」

「全身白色ね・・・僕が聞いた話と同じだ。信者が言うには天使っていうのは全身が白塗りらしいよ。それが一体何なのか想像もつかないけどね」


「まぁ・・・これも創作の域を出ないだろう。人はどうしても希望を持ちたがる。今の僕のようにね。絶望を乗り越える方法が彼らにとっては作り話を語る、だったんだと思うよ。辛い現実が目の前にある。何もおかしいことはない」


「でもね。僕がしたいのは作り話を聞かせることじゃないんだ。現実的に人が助かる方法を見つけることなんだ。希望に向かって自分たちが取るべき一歩を踏み出すこと。それこが僕たちのやるべきことだ」


 セイさんはそう言った。

 そしてセイさんは死んだ。

 その言葉を最後にセイさんは帰らぬ人となったのだ。


 バリバリと恐るべき音が鳴り、私達が中にいた家が吹き飛んだ。家の枠組みは簡単に剥がされ、柱はへし折れて、その余りある衝撃で私たちは横薙ぎに倒れた。


 何度も経験したことだった。

 奴等が来る、それを予想することなど不可能だと分かっていた。しかし、驚きを隠すことは出来ない。分からないからこそ、私は呆気に取られてしまった。


 「セイ・・・さん」


 血溜まりが目の前に広がっていた。

 折れた家の柱に押しつぶされて、セイさんは胸から上がなくなっていた。

 穴の開いた家から外を見た。先ほどの衝撃、その正体は見ずとも分かっていた。しかし確認せずにはいられなかった。


 「PIPIPIPIPIPIPIPIP・・・・PIPIPIPIPIPIPIPIPI」


 鳴き声が聞こえてくる。それは奴等の声だった。

 奴等が一歩進むごとに地面が振動する。その膨大な質量は歩くだけで地面を歪ませる。

 唐突な襲来。


 鋼造りの巨虫。人類の上位種。混沌の化身。

 大陸全土を巻き込んだ『災禍』その原因。

 鋼質有機体が空から降ってきた。

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