第26話 もう一つの真実

「しかし会長、今回は本当に驚きましたね。

 まさかガミラが郵便に気づいたとは」


「まったくだ。こんな形で奴を追い込むとは

 さすがの私も想像つかなかったよ」



ここはビル・エアー。LA最高の住宅地。

ハリウッドのセレブが暮らすスペシャルエリア。

いつか倉田が移りたいと言っていた夢の地だ。


2000坪はあるだろうか?

広大な敷地にホワイトハウスのような建物。

米映画界のフィクサーと言われるF・B財団会長

フレッドバトラーの私邸だった。


ここは30畳ほどのリビング。床は濃紺の大理石。

白い大理石の巨大なテーブルの前で

石油王が座るような椅子に沈む老人は

彼の右腕と言われるアラン・サードマンと

話をしていた。


「で?奴はどうなりそうだ?」


「MPSは契約延長をしないでしょう?

 エディのように面倒見る事はないと思います」


「あの才能は惜しいがしかたないな」


「奴は俳優としてどうなんですか?」


「クラタという男はアドリブの天才だ」


「噂には聞いておりますが…」


「あの A chance Encounter 」


「はい?」


「台本のほとんどが白紙だった。

 信じられるかね?」


「そんなバカな?」


「あのリック・マンソンが得意げに言いふらしておった。

 クラタに台本は要らないと」


「台本を読ませても、その場になれば

 まったく想像のつかない事を言うらしい」


「それで相手役はついていけるんですか?」


「そのアドリブは周りに支障ないそうだ。

 相手役が台本通りでも辻褄は合うらしい

 自然なセリフが止めどなく出るそうだ」


「信じられません…」


「奴は俳優殺しなのだ。

 台本通りに正しい演技をする俳優を食う」


「会長が奴を危険だとおっしゃったのはそこですか?

 でも、なぜ?そんな危険な男をうちへ?」


「私はクラタを欲しいとは一言も言っておらんぞ」


「しかし、ワーズへ移籍となるんじゃ?」


「アラン、君は気づかなかったかな?」


「は?なにがですか?」


「F・B財団が個人宅にインビテーションを送った事が

 今までにあったかね?」


「そう言えば… いつもは会社へ」


「そうだ。今回は個人に郵送しただろう?

 クラタが見て、奴がただのDMだと放置したら

 こちらの思うつぼだった。

 MPS 側に連絡をしても返信は遅れる。

 いろんなケースを想定していたんだが…」


「でも会長、もしガミラが郵便に気づかずに

 クラタがちゃんと返事をしていた場合

 どうなさるおつもりだったのですか?」


「簡単な事だよ。まずクラタはうちに来てもらう。

 なんせ、アカデミック主演男優賞だからな。

 ワーズブラザーズへの電撃移籍は話題となるだろう?」


「株価もあがるでしょうね?」


「その通り、でも…」


「うちにくればアドリブは一切許さない。

 ベッドシーンやラヴシーンもやってもらう。

 奴は拒否するか?勝手に芝居を変えるだろう。

 撮影の遅延に繋がれば多大な損害を被る。

 訴訟問題で奴はもう映画界には戻れない」


「クラタをつぶすためですか?」


「映画界にああいう俳優は要らん

 アドリブが当たり前などという風潮は作っちゃならん」


映画を愛し、映画界のために命をささげると自負する男。

フレッドにとってアドリブの天才は俳優ではなかった。


すばらしい脚本。監督の力量。俳優の演技力。

裏方、スタッフの努力が名作を生みだす。


「アドリブが素晴らしいなどとしてしまったら

 若い俳優達はどう思う?演技の勉強もやらなくなるし

 自分勝手な振る舞いを良しとするぞ」


フレッドは倉田の天才的なアドリブに嫉妬したのだ。

そのうえ、彼がタスカー像を抱いたことが許せなかった。


「考えてもみたまえ?

 台本通りに演技ができない日本の大根役者と

 フランスの小娘がW受賞だぞ?」


 「奴のアカデミック賞を取り消す事はできんが

  こんな前例を作ってはならんのだ」


フレッドは忌々し気に顔を歪め足を組みなおした。


アランは黙って頷いた。



********



誰も知らないもう1つの真実。


フレッド・バトラーは倉田をつぶすつもりだった。


招待状に乗っかってくれば移籍させてつぶす。

無視して返信をしない場合、それを口実に干す。

その2つのレールを敷いていたF・B財団。


郵便局に手をまわし、封筒が投函される日を決める。

当日、家に訪れたのはガミラと雑誌社だと確認。

結局倉田からの返事は来なかった。


彼がインビテーションを無視したのか?

少し圧力を掛け仕事の制限を試みた。

なぜか?ガミラの様子がおかしい。

体調不良で何度も入退院を繰り返す。

F・B財団がガミラの自死を知るのは簡単な事だった。


倉田追放のために財団が仕組んだ罠。

その片棒を担いでしまったのがガミラだった。


倉田自身もこの真相を知ることはない。

MPS もこの事実を知る事はできないだろう。

F・B財団というのは、それほどの組織なのだ。


倉田を干す事ができたため、この件は終わりだ。

F・B財団が彼にインビテーションを送った事実も

ガミラのせいで無かった事になってしまった。

すべて闇の中という事となった。


「クラタのファンは悲しむでしょうね?」


「ふんっ。1年もすれば誰も覚えておらんよ」


フレッドは腹立たし気にプイと横を向いた。


このじじいに嫌われたからには終わりだな。


アランはまだ会ったことのない倉田を哀れに思った。






 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る