閑話日和 -5-



「ペルフェリア司令官!? 俺がですか……!?」


 それは彼が王都に帰ってきてから2日目のこと、王城内の執務室でカミロは遠慮なく動揺していた。


 ペルフェリアと言えばこの前、南西部に大量破壊兵器が落ちた被害が記憶に新しい。ペルフェリアの戦略的重要性を踏まえても、そんな土地で新任司令官をやれというのは左遷させんに聞こえるわけだが、イエルカはそれを否定する。


「ああ。ネヴィが魔界遠征に参加する関係で、君に白羽の矢が立った。そもそも君が帰ってきた影響で作戦が九割ほど変更になったからな」

「じゃあ軍が魔界に遠征する間、俺は留守番ってことですか」

「そうではない。君にはペルフェリアに地上と魔界を繋ぐトンネルを作り、それを守ってもらう。それ以外のトンネルは封鎖し、ペルフェリアのトンネルから戦力を投入するという作戦だ」

「はあ」


 初耳すぎてバカらしくさえあって、喉をうまく通らない作戦だ。


「で、受けてくれるのか?」


 王のお達しなので断られる事はないが、イエルカの確認はどこか挑発的で、カミロの反抗心をきつけた。


「俺に任せてください」


 もちろん軍人としてもカミロは覚悟を決める。その時なぜか、イエルカはニッコリと貼りつけた笑顔を浮かべていた。


「ハッハッハ、いや~良かった」

「……」


 なんか怪しい。イエルカに肩を叩かれ、カミロは疑いの眼差しを強めた。

 案の定、イエルカは真面目な顔に急変し、


「ただし、条件がある」


 と言ってきた。剣を突きつける時の雰囲気だ。


「結婚しろ」


 だそうだ。


「……はい?」

伴侶はんりょを見つけろ、と言っている。君の年で、しかも司令官が独身ではカッコがつかん。これを機に家族を持て」


 話をどんどん進められてカミロは面食らっていた。


「誰か良い相手はいないのか? 君ならば引く手あまただと思うが」

「…………」

「何故黙る。まさか男色家なのか?」

「いや違いますけど……」


 カミロは意外とシャイなのか女嫌いなのか。イエルカは説教したい気持ちを抑え、カミロを追い払う。


「……妹を呼んで、相手を探してもらえ」




 何やかんやでその日の昼過ぎ。

 道の真ん中で、カミロの妹ミアは泣いていた。


「じゃっ、じゃあ……兄貴のお、お嫁さんを……ううっ……探しにいきます……!」


 ミアはこぼれ続ける涙を腕で拭き取り、カミロはそれを見て眉を傾ける。


「お前……最近ずっと泣いてないか?」

「うッ、だって……生きてるなんて……きっ、聞いてないっつーの……!」


 それではお嫁探しへレッツゴー。


 候補一人目。

 去年死んだ円卓騎士知り合いの妹、フーテン。


「フーテン? あぁ……お前の友達だろ。俺はあんまり……」

「何回も一緒にご飯食べただろ!」

「でも最近見てないし……」

「グチグチ言ってんじゃねぇよ! さっさと行け!」


 ミアに腕を引っ張って投げられ、カミロは屋敷の前に立たされた。

 思い切って扉をノックをすると、少し経ってから、清楚可憐な淑女――フーテンが顔を出す。


「!」


 フーテンの目が丸くなる。カミロが戦死した末に生きて帰ってきたというのもあるが、それ以上の喜びが見えた。

 対するカミロはそんなことを察する余裕はなく、気恥ずかしく話しかける。


「よ、よお……覚えてるか? 俺の事……」


 フーテンは小さく笑った。


「……はい、カミロ様。忘れることなどありませんよ」


 だがフーテンが扉から体を出した時、あろうことか、その腕には赤子が抱かれていた。


「なっ……!!」


 既にそこまで済ませているとは思わず、カミロの脳天に雷が落ちる。


「おめでとうございます…………」


 人妻に手を出すわけにもいかず、撃沈。


 候補二人目。

 仲の良い騎兵師団長の娘、ポーレット。


 著しくテンションの下がったカミロは、妹の推薦した次の相手のもとへ落とした肩を運ばせる。

 扉を叩き、相手を待つ。ボーレットは男勝りで大胆不敵だが面倒見のいい女性だ。まだ希望は持てる。


「おや、カミロさん、どうかしました?」


 扉を開け、応対したのはアネスだった。


「……!」


 家は間違えていない。ボーレットの家からアネスが出てきた。しかもけっこうラフな格好で。

 カミロの中に悪い予感が駆け巡る。つまりは先約、ということだ。


「……」

「あ、もしかして」

「オイ! それ以上は言うな! ここに用は無い!」


 カミロはアネスを睨みつけ、黙らせようと詰め寄った。


「ははは、カミロさんも大変ですね」

「何も言ってねぇだろ! 喧嘩売ってんのか!」

「まあまあ、別に寝取ったわけじゃないんですから」


 アネスの爽やかフェイスが悪夢のように見える。


 ということで、撃沈。


 ミアが次の候補を探し回っている間、カミロは郊外の枯れた花壇のふちに腰を下ろす。

 彼のために弁明しておくと、彼は女性の扱いが下手というわけではなく、結婚に後ろ向きなだけである。


「はぁ……」


 自分の不甲斐なさに落ち込んでいたところ、隣で赤茶けた服を着た中年の男が驚いた顔をしていた。


「ありゃ、カミロじゃねぇか! ホントに生きてたんだなぁ!」


 放浪者のようだが小綺麗で明るい印象がある。

 この男、間違いなく、カミロは知っている。


「親父……!?」

「死んだって聞いた時には腰抜かしたもんだが、案外なんとかなるもんだなぁ!」


 カミロの父親は気持ちの良い笑顔だけが取り柄のダメ人間。昔はカミロの能力で金儲けをしようとしたりして家族に大迷惑をかけたが、今となっては没落した成金だ。


「おい……何でそんなボロい服着てるんだ? 金は渡してるだろ。まさかまた変な事に手ぇ出したのか!?」


 カミロも色んな意味で驚いていた。


「いや~、銀行家ってのは薄情でなぁ。でも昨日、イエルカ様に晩餐会の招待状をもらったんだよ! これで有力者と仲良くなれば……!」


 反省の文字が見えない父親にカミロは怒鳴りつける。


「そんなんだからお袋が体壊したんだろーが!!」

「そういや母さん元気か?」

「元気じゃねーよ!」

「見てくれよ、最近は占いに凝っててなぁ。お前も占ってやる」

「このっ……!」


 怒りを諦め、カミロは背を向けた。

 何を言っても変わらない、会うたびに疲れる、そういう人間が未だに生きている。しかし血の繋がりとは断ち切れないものだ。


「えーと……この並びは……」


 カミロの父親は束から抜き出した三枚のカードを地面に並べ、占いの結果を勝手に告げる。


「想い人に会えるでしょう」


 その言葉の通り、歩き始めたとたんにカミロの体は何かとぶつかった。

 花の芳香が広がり、カミロの胸あたりまでしかない背丈がフーテンだとわかる。


「……!」

「あ、あの……その……」


 フーテンは息を切らしながら、もじもじと目を合わせた。


「先ほどのは……親戚のご息女で、預かっていただけですので……ご心配なきよう……」


 惚気に満ちた顔だ。これは空前絶後のチャンスだと、カミロは踏み出すも……


「なあ、これから2人で飯でも――」

「おいおいカミロぉ! この子お前の恋人か!?」


 突然カミロの父親が肩を組んできた。ひどい邪魔だ。

 どこからかすっ飛んできたミアが必死に引き剥がそうとするも、父親は止まらない。


「丁度良かった! 家族皆で食事しよう! 顔合わせは早いうちがいいもんなぁ! ほらミアも!」

「…………」

「あ、この子の名前は? 君、名前は何だね?!」


 あまりの鬱陶うっとうしさにカミロは目を伏せる。


「親父、今だけは死んどいてくれ……」


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