第19話 魔界とは大地の下と見つけたり
歴史は一日で動き出す。
ある日の円卓会議にて、騎士王たるイエルカは大規模な計画を打ち出した。
「君たちの任務は『魔界』の調査だ」
魔界とは『魔族の本拠地』の通称であり、それがどこにあるのか、どんなものなのかは不明。
ただ、魔族が神出鬼没に、時には人間の都市に突如として出現することから、魔界は陸地以外にあると考えられていた。
それは雲の上にあるとか、影の中にあるとか、神の使いだとか、飛び交う説は多種多様。
そんな魔界の調査に派遣されたのは12名。
リーダーを任されたのは円卓騎士オデット、副リーダーは円卓騎士ケイス。
調査区域が魔王領と人間領の境、ハルスエン半島にあるため、退路が断たれぬよう別動隊として円卓騎士カミロ率いる軍も道中に配置され、この一大計画は進行していった。
当時7名いた円卓騎士のうち3名を使った、人類の存亡を握る計画だ。
ベールに包まれた魔族の本拠地は、人々が長年追い求めてきた戦争終結の鍵。
結論、魔界とは地下世界のことであった。
しかし魔界と地上の通路は存在せず、どのようにして魔族たちが地上に侵攻してきたのかは不明である。
そのため調査隊はわざわざ地上から穴をあけ、魔界である地下空洞を観測。そして合流した騎士王の軍勢とともに奇襲を決行した。
魔王が不在だった事、戦力が十分すぎた事、穴をあけた地点が王都付近だった事、あらゆる策略、あらゆる偶然が重なり……
「魔族の王都は落ちた。我々は成し遂げたのだ」
魔王城の玉座にイエルカは座っていた。
戦いは終わり、周囲には無傷の人間軍の兵がいる。
「本当に交渉しないんですかい?」
オデットが髭を撫でる。
「地上で人間同士が争っているなら、領土を奪うなり何なり出来ただろうが、これは魔族との戦争だ。あるのは『絶滅』のみ。どちらかが諦めて世界の片隅に縮こまるまで、否応なしに戦いは続く」
敵の首都を攻略したにもかかわらず、イエルカに対話の意思はなく、かといって冷酷さもなく、いつも通り落ち着いていた。
「えっとぉ、じゃあ本当に、今から私たちは――」
ケイスが苦笑気味に首をかしげる。
「帰る! それだけだ」
意気揚々とイエルカは腰を上げた。
「帰って軍を整えて、また攻めるってことですか?」
「うむ、既に今回、我々は大きすぎる成果を得ている。損害もごくわずかだ。これを糧に戦争を終わらせよう」
今回の首都攻略では四天王や魔王が現れなかったが、このまま滞在していればいずれ姿を見せ、拮抗した勝負になるだろう。拮抗ではいけない。総力戦で圧勝する。そのためには戦力が足りない。だから帰る。
それに、魔族たちからすれば、五百年以上潜伏していた地下世界が発見され、常に頭上をとられている状況になったのだ。
「震え、
イエルカは目の前の戦勝に打ち震え、瞳の奥の炎を燃え上がらせていた。
玉座の間を抜け、血にまみれた城を出る。
魔界に太陽光はなく、天井に根を張る魔性植物が世界を照らしている。その色は限りなく星空に近く、魔界は常に幻想的で神秘的だった。
建築様式、社会基盤はそこまで人間と変わらないので、ここはさながら夜の街。
石畳やレンガが街灯に照らされており、そこには多くの兵士たちが待っていた。
「帰りの支度はできたか?」
イエルカの質問に親衛隊のデルロット中将が答える。
「はい。転送魔法、第一陣用意できております」
城の近くの巨大な庭園では、数百人の兵士を数十人の魔法使いが囲んでいた。
「さっそく始めよう。転送開始!」
イエルカに続いてデルロットが「転送開始!」と復唱すると、整列していた兵士たちが光に包まれて消えた。
彼らは地上へ帰っていったのだ。
地上への撤退は作戦の一つだ。一度の転送で一つの大隊、装備を含めると少し減るが、それでも百回繰り返せば2時間程度で帰還は完了する。
しかし敵地で行う以上どうしても妨害が付きまとうので、もし妨害をされても対処できる人員を残しつつ、最後の一人まで安全に転送する。これが意外と難しい。
「防がれました! ソレイン式
半分ほど転送した所で、魔族側からの妨害が発生した。
「さすがに対策はあったか」
イエルカは天井を見上げた。
「転送中断、今すぐ呪印切断機で切ってやれ」
当然、対策はある。それもかなりベタなやつが。
(魔族が人間の直接侵攻を予測していない訳がない。だが……古びた策だ。五百年の安寧が
まるで教科書通りの妨害と対応だった。百年以上前に作られた妨害魔法と、訓練でしか使わない魔導具。
妨害はすぐさま排除され、転送が再開する。
「転送人数、残り四千です」
「君もそろそろ戻る頃合いだ、デルロット。地上でのパーティーに遅れるぞ」
「……では、お先に」
デルロットを見送り、イエルカは一抹の寂しさ、物足りなさを感じていた。
(ワルフラは来なかったか……いや、良いことではあるのだが)
魔王ワルフラの計略を見切った結果の完全勝利にしては不完全燃焼な気がしてならない。
「…………」
なんだかなぁ、みたいな顔をして転送風景を眺めていると、次の転送を待っているケイスが腕いっぱいに宝石を抱えているのに気づく。
「ケイス、それは戦利品か?」
「あ、これご褒美です。ドラゴンたちの」
「褒美……」
悪趣味な宝飾品などが見えている中に、滑らかな表面を持つ楕円の物体がある。それは内部から光を放ち、緑色に輝いていた。
「何か光っているが、それもか?」
「そりゃ宝石ですから」
「いや、そうではなくて」
「?」
「明らかに発光している物体が……」
ヌルっと引っ込んだその物体は、地面に落ちてから触手を生やし、ネズミのように素早く逃げ出した。
「!」
あれは魔族だと察したイエルカは剣を抜き、魔族が転送魔法のサークルに入り込んだ瞬間、声を張り上げる。
「全員退避――」
次の瞬間、脳が異なる景色を理解した。
空の上の、星の隣。遥か彼方に飛ばされたのだ。
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