二章・復興編

1話・アルノーツの聖女、アイラの願い

ここから二章です。


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 時は少し遡り。


 建国祭が終わって、シャルルとソニアがかつて大地の民の里があった場所に移り住んで、数ヶ月が経った頃の話だ。


 仮設住居の建設が一通り終わり、早くこの地に戻りたいと希望した大地の民と、復興の労働力の増員をようやく呼べるようになった。

 この地は、ティエラリアの辺境領として生まれ変わる。王弟として、辺境領の役目を与えられたシャルルは復興を先導する立場として、忙しなく働いていた。




 そんなある日のこと、突然辺境領を訪れた人物がいた。


「ちょっと! アンタ、強いんでしょ。コイツらのこと、鍛えてくれない?」


 ――藪から棒に言ってのけたのは、アルノーツの聖女・アイラだった。

 ソニアの実妹である彼女はソニアと同じ澄んだ青い瞳でシャルルを睨むように見上げる。


「一体どういうことか、聞かせてもらえないか?」


 シャルルはアイラの背の後ろにずらりと並んだアルノーツの兵士たちを眺めて、眉をひそめた。アイラはふん、と鼻息荒く腕を組む。


「アルノーツの兵士たちは使い物にならないわ。鍛錬しようったって、まともな指導者がいないんだから、フニャフニャしてばかり」

「それで、俺を頼りに来たと?」

「そうよ。この間の魔物の襲撃でわかったでしょ? 聖女に頼ってばかりじゃダメだって」

「……なるほど」


 彼女の言わんとすることは理解できた。

 厳しい気候と魔物の脅威と日々戦うティエラリアにて、自国の兵の訓練をさせたい。彼女がそう考えるに至った経緯もわかる。


「もちろん、タダとは言わないわ。コイツらを鍛えてくれるっていうなら、この兵士たちをこの場所の復興作業の人手として使ってもらって構わない」


 シャルルはアイラの後ろにいる兵士たちが少し気まずそうな雰囲気であることを瞬時に感じ取る。アイラはこう話すが、彼らとしてはあまり乗り気ではないのだろう。


(……復興の人手が増えるのは、ありがたいことだが……)


 彼らの様子は少し不安である。国に仕える兵である以上、王女である彼女に命じられれば断る術はないのだろうが。


(それに、かつてアルノーツはティエラリアを欺こうとした前科がある。……先の魔物の襲撃を我々が救ったこともあって、まさかもうそんな気はないとは思うが……)


 アイラの様子を見るに、彼女がアルノーツ王に操られているようなそぶりはない。兵士達のモチベーションが低そうに見えるのも、彼らにこれ以外の『目的』がないことを示しているとも言えた。


「つまり、兵の鍛錬期間中は彼らはここに置いていくと? その間の彼らの生活や、給金は?」

「もちろん、あたしアルノーツが出すわよ。生活の拠点は……や、宿くらいはあるんでしょうね」

「……一応、急ごしらえの小屋が何棟か余ってる。ここに住む人の住居も建て直し終えてないのに、宿なんかないよ」

「そっ、そう。……そうよね……」


 生活拠点のことはあまり考えずにやって来たらしい。

 シャルルは彼女について、彼女なりに国を思う気持ちや聖女としての責任感は見直していたのだが、考えが甘いところがやはりあるらしい。


 俯くアイラはばつが悪そうな顔をしていたが、持ち前の負けん気の強さで持ち直したのか、キッとシャルルを睨み直した。


「……お願い。アルノーツだけでなんとかするんじゃなくて、あなたを頼るのが一番いいと思ったの。力を貸してほしい」

「……そうだな」


 シャルルは真剣な眼差しを見つめ返す。彼女とかわしてきた言葉の数は少ないが、彼女のプライドの高さは嫌でもわかる。今だって、彼女なりに葛藤しながらシャルルに頼ろうとしている。


(……彼らを受け入れるデメリットは当然ある。アルノーツをどこまで信頼すべきかも推し量らないといけないし、彼らの鍛錬に時間をとられてしまうことになる……だが)


 ようやく人に助けを求めることを覚えようとしている少女をここで見限ってしまうのはよくないとシャルルは判じる。アルノーツの兵士達に鍛錬をしてやること自体に大きなメリットはないが、彼女の成長はいつか自分たちの助けになるかもしれないと考えた。


「わかった。俺が直々に見てやる機会は多くはないかもしれないが、辺境領に滞在しているティエラリア兵の訓練に参加できるようにしよう。復興のために力仕事をするのも鍛錬のひとつになるしな」

「……! あ、ありがとう」


 アイラはわかりやすく顔を綻ばせる。笑うと、小さな八重歯がのぞいて彼女の幼げさを強調させていた。想像とは違い、素直に喜びを見せるアイラにシャルルは一瞬だけ瞠目するが、すぐ微笑み返した。


「うぐっ、やっぱ悔しいくらいイケメンね、アンタ」

「どうした、急に」


 しかめ面を浮かべるアイラに、シャルルはわずかな既視感を覚える。こういう嫌な顔こそしないが、ソニアも「うっ」という反応をすることがしばしばあった。姉妹であるから似るのだろうか。


「これはアルノーツ王も承知のことか?」

「ええ。渋ってたけど、あたしがお願いしたら聞いてくれたわ!」

「そうか。でも、念のため手紙を出しておこうかな」


『もう二度とあのような恐ろしい目には遭いたくないでしょう』と、ここで何か良からぬ事をすればこちらももう温情は与えないと念押ししておけば安心だろう。

 王の間で怯えた顔をしているアルノーツ王を思い返しながらシャルルは一人頷いた。


 シャルルの意図がいまいちくみ取れてないらしいアイラは不思議そうな表情をしていたが、やがて気を取り直したのか、腕を組み直し、口を開いた。


「じゃあ、お願いね。あと……」

「ソニアに会いたいのか? 今は多分、畑にいるはずだけど」


 彼女の用事といえば、あとはこれくらいだろうとアタリをつけてシャルルがそう言えば、アイラは少し目を丸くする。


「畑ぇ? ……なにやってんの?」

「畑ですることなんて農作業しかないだろう。ここはティエラリアでも比較的温暖な気候だから、元々この辺りだとそこそこ農作をしていた土地なんだ。でも、雪崩で埋もれてしまったから今いろんなところで畑を作り直して、また種を蒔き直してるんだよ」

「……で、お姉様が? とんでもないことになってない?」

「ソニアの力はその作用が読み切れないからな……。地道にやってるよ」


 アイラは「ふーん」とぱちぱち瞬きをしながら唇を尖らせる。そして、何か思いついたのか、ぽんと手を叩いた。


「あっ、そうだ、作物を育てているなら、あたしが良い感じに育ててあげましょうか?」

「いや、遠慮しておこう。奇跡の力でその時だけ実りを得るんじゃなくて、ちゃんと誰がどう育てても実りを得られるようにしていくのが目標なんだ。気持ちはありがたいけど」

「……ふーん、そ」


 彼女としては、兵たちを育ててくれると約束したシャルルに対しての最大限の好意のつもりだったのだろう。アイラはあからさまにつまらなさそうに唇を尖らせた。

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