番外編
番外編・シャルルとソニアとヒグマ①
本編中盤くらいの時期のお話です。
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「すまないな、君の力を借りてしまった」
「いえ! これくらい! お役に立てるのでしたら嬉しいです!」
ソニアは両手を握りしめて答える。
「とにかく数が厄介な手合いだから、君の力は本当に助かった」
――北東部の森林地域に魔物の大量発生。
報せを受けたシャルルとソニアは近隣の町に被害が出る前に、駆除に赴いたのだった。
小型の兎型の魔物だ。姿形は兎に似ているが、肉食で、大規模な群れを形成することによりカバーして小型な体躯をカバーし、己よりも大型の獣にも食らいつく獰猛な魔物である。一匹一匹は蹴り飛ばせば絶命するほど弱いが、数の多さに圧倒され、大人の男であっても群れに襲われればひとたまりもない。
「年に何度か、繁殖期に増殖するんだ。ただ、個体としては弱い種だから普段はもっと自然に他の魔物や動物に襲われてここまで大規模な群れに成長することはめったにないんだが……。君のおかげで他の魔物が減った影響で、逆にこの魔物については群れが大きくなってしまったのかな?」
「わ、私のせい……! 申し訳ありません! わ、私、もっとよく見てきます! 殲滅します! やります!」
出て行ったばかりの森林に踵を返そうとするソニアをシャルルが引き留める。
「落ち着け。ごめん、俺の言い方が悪かった。君のおかげで魔物の被害は大幅に減っているんだ。この魔物はとにかく繁殖力が異常なんだよ、たまたまそれが君の力に打ち勝つほどのものだったと思って欲しい」
「え、ええと。そ、そうなのですね……? すみません……」
「ああ。どれだけ手練れの戦士でもこの魔物の駆除には苦戦するんだが、君ならまとめて一気にやっつけられるからね。俺と君の二人だけで対処できて本当に助かった。ありがとう」
シャルルは苦笑しながら、礼を口にする。ソニアはいまだ申し訳ない気持ちでいっぱいで、眉を情けなく下げていた。
ここで、ガサと茂みが揺れる音が響いた。ソニアはハッとする。残党がいたかもしれない、ソニアは躊躇なく音の方へ走っていった。自分のせいで招いたかもしれない大増殖。ならば自分が片をつけなければ。
「待て、ソニア。様子を窺ってから……!」
「大丈夫ですよ! ご存知でしょう、私は魔物退治だけは自信があるんです!」
引き留めるシャルルの声を、今度は振り切ってソニアは森の中に入る。そう深くまで入る前に、ソニアは物音の主と対面した。
「……これは……」
魔物ではなかった。これはクマ、ヒグマだ。
黒くて堅そうな体毛に覆われた巨体。二本足でのそりと立ち上がった姿は自分よりも遙かに大きかった。長身であるシャルルよりも大きいかもしれない。ソニアたちが兎型の魔物との戦闘で普段は静かな森を騒がせていたからか、ヒグマは興奮状態にあるようで、ソニアと目が合うなり「オオオ!」と咆哮をあげ、迷いなくこちらに向かって走ってきた。
息を呑む間も、一歩後ろに下がる余裕もないまま、獣の足はソニアのすぐ目の前まで迫り。
「ソニア! 危ない!」
そして、ソニアは絶句する。鈍い打撲音が響いた。
飛んだ。黒い巨体が宙に舞った。
シャルルがヒグマを殴り飛ばしたのだ。やはり、ヒグマの体躯はシャルルと比較しても大きかったのだが、体格差を覆し、シャルルの拳はヒグマの巨体を浮かせた。
そこはさすが、ヒグマである。これごときで意識を失いはしない。足が地につくや否や体勢を立て直すのだが、そこでシャルルの槍が素早く心の臓を貫いた。これにより、ヒグマは絶命したようであった。
ソニアは思わず、その場にへたりこみ、放心する。
(人が……クマを殴り飛ばすところを見てしまった……)
槍で一突き。だがしかし、まあ、槍ならば、人がクマを殺めることも可能だろう。手練れであれば、きっと可能なのだろう。わかる、理解ができる。
だが、ソニアには人が拳一つでクマを殴り飛ばしたことの理解が難しく、そこで思考がストップしてしまっていた。
「なるほど。魔物が少なくなったから、さっきの兎型の魔物みたいなのだけじゃなくて、ヒグマの活動も活発化していくかもな。山や森近くの町村には罠と銃の手配を増やすか……」
ソニアを当惑させた張本人であるシャルルは、何事もなかったかのように涼しい顔で淡々とこれからの対策に頭を巡らせているようだった。
「ソニア。大丈夫だったか?」
振り向いたシャルルに、ソニアは肩をびくっとさせ、こくこくと頷く。シャルルはソニアに近づき、そして手を差し伸べる。大きな手のひら、ヒグマをも殴り飛ばせる力を有したその手である。おずおずとソニアは差し出された手をとった。
怯えている様子のソニアに、シャルルは少し驚いたようだった。
「そうか。君の力は魔物に対してのもの、自然生物には効かないんだな」
「は、はい」
「君でもヒグマを前にしたら普通の女の子なんだな」
爽やかに微笑むシャルル。この男が、素手でヒグマを殴り飛ばしたとは到底思えない笑みだった。
シャルルはなぜだか嬉しそうにしていた。
「魔物相手じゃ君に敵わないから、いいところを見せられなかったが……俺もなかなかだろう?」
「なかなか……」
ヒグマを当然のように殴り飛ばせることを、なかなかと形容していいのか、ソニアは判断に迷った。ソニアは世間知らずだから知らないだけで、実はわりとヒグマを殴れる人間は世に多いのだろうか。
「アルノーツは魔物が全然いないんだろう? 野山の動物たちの獣害が活発化することはなかったか?」
「あっ、いえ……。ア、アルノーツにもクマはいましたけれど、ここまで大型なクマはいなかったかと。山の恵みも豊富なので、人里に降りてくる獣も少ないと聞いています」
「そうか。それは幸いなことだな、うちは結構人里に下りてくる個体が多くて困っているんだ。万が一クマが人里近くに現れたらどうしているんだ?」
「ク……クマは……毒で殺すものでしたね……。弓もあまり利きませんから……」
ふむ、とシャルルは片眉をあげながら鼻を鳴らす。
「毒か、俺たちは毒で殺すのは力が弱いものの最終手段だな。クマが死ぬほどの強い毒を使ってしまったら、肉が食べれなくなるから。弱らせて狩りをしやすくする程度の毒なら使うんだが……」
「そ、それは大事なことですね」
シャルルはいましがた、素面のクマを殴り飛ばして槍で殺したが、ティエラリアの民はみな毒を用いずとも、単身クマを狩れるのだろうか。それとも、毒で弱らせてから挑むのが一般的なのだろうか。シャルルが常軌を逸しているだけなのか、ティエラリアではこの程度は普通のことなのだろうか。ソニアはまたも頭をグルグルとさせていた。
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