第29話・一緒に頑張ろう
団員が指指す方角をバッと振り向くと、雪山に黒い影がうっすらと目視できた。
「……雪崩を予期した魔物達が降りてきたのか……⁉︎」
ギリ、とシャルルは歯を食いしばる。
「いますぐ長老家族達を連れて出発してくれ! 俺はここに残って魔物を食い止める!」
シャルルは素早く決断し、団員らに指示を出す。団員は困惑で目を見開いてシャルルを見た。
「シャルル様お一人を残して……⁉︎」
「俺一人じゃない、ラァラもだ。ここにはまだ長老も残っている。……彼を捨て置けない」
この言葉に長老の孫息子がハッと息を呑んだ。
彼はそのまま団員によって連れて行かれてしまったが、抱き抱えられながらずっとシャルルを見つめ続けていた。
ソニアはシャルルに駆け寄り、顔を見上げる。
「シャルル様……! それなら、私も……!」
「ソニア、君の力は知っている。……だけど、君は先に行ってくれ」
「……いいえ」
ソニアは首を横に振る。
眉をあげ、真剣な表情でシャルルを見つめ、言葉を続けた。
「シャルル様。お願いです、私のことを『聖女』と思ってくださっているのなら……私にも手伝わせてください」
「……ソニア」
シャルルの目が見開かれる。
吸い込まれそうなほど美しいオリーブグリーンの目に見据えられ、ソニアはたじろぎそうになるが、懸命に瞳を見つめ返した。
やがてシャルルは苦笑を浮かべ、表情を緩めた。
「君がそんな言い方をするなんてな」
「うっ、す、すみません。あ、あの、そうです、ごめんなさい、嘘を言いました……」
「いや、違うよ。……嘘のつもりでも、君がそういうふうに言えるようになってよかったな、と思っただけだよ」
「ええっ」
ずるい言い方をした自覚のあるソニアはバツの悪さから俯いたが、シャルルから返ってきた言葉は予想とは違うものだった。
シャルルは目を細めて言う。
「……ティエラリアで過ごした日々が、君にとっても有益なものであったのなら、俺は嬉しい」
「シャ、シャルル様……」
「君が作ってくれた薬で戦の傷を癒やした人々はみんな、君を『聖女』だと言っているよ。君の耳にだって、届いているだろう」
ソニアは小さく頷く。
全ての人に手ずから、というわけにはいかないが、自分で薬を手渡せたときに、ソニアの目を見てはっきりとそう言ってくれた人は少なくなかった。
そして、そう言ってくれる人に対して、「私は聖女ではありません」とは言い難かった。
けれど、その時に感じた気持ちは聖女を偽っている罪悪感だけではなく、『感謝されていること』への嬉しさも、たしかにあった。
(私は聖女じゃないけれど……私にできることで、人のために何かができているのなら、それはとても嬉しい)
だから、少しだけ、『前向きな嘘』ならついてもいいのかなと、ソニアは思えるようになってきていた。
自分はけして聖女ではない。
そのことがバレたら、磔で処されるかもしれないけれど――その日を迎えるまでは。
まがいものの自分でも、何かの力になれるなら、自分が許せる範囲で
さきほどの、シャルルがソニアを聖女だと勘違いしていることを利用しようとしたずるい発言は、それで出てきた言葉だった。
(……なのに、なんでシャルル様は『嘘』とわかっていて嬉しそうなんでしょう……?)
怪訝に思うソニアだったが、シャルルは小さく笑うと、ソニアに手を差し出してくれていた。
共に、ここに残って戦おうと、考えを改めてくれたのだ。
「わかった。一緒に……彼を、長老を守ろう。ソニア」
「……はい!」
ソニアは大きな声で返事をし、シャルルの手のひらを強く握った。
◆
シャルルとソニア、そしてフェンリルのラァラとシリウスはここに残ることになった。
シリウスは目が見えないので騎士団と一緒に行動しようとシャルルは勧めたが、シリウスが残りたいという意志を示した。
目は見えないが、鼻は利く。混戦にならなければ戦闘も可能だろう、という判断になり、一番交戦の機会が少ないはずの村長ウロボスの護衛につける方向に決まった。
さきほど退散したばかりの村長の家に戻ると、ウロボスはシャルルたちの姿を認め、驚いた顔をし、しかしすぐに険しい表情を作った。
「……貴様ら、どうした? オレの家族たちを連れてこの集落を出て行ったんじゃ……」
「事情が変わった。雪山から魔物の群れがこの集落に向けて降りてきた! あなたの身が危ない。俺たちはあなたを守りにきた」
「……は?」
シャルルの言葉に、ウロボスは眉間のしわをますます深くさせた。
しばらく言われた言葉の意味を考えるそぶりを見せた後、ウロボスは皮肉げに口を歪ませる。
「何を世迷いごとを。放っておいても死ぬ老人を?」
「ああ、あなたが雪崩でこの集落と共に生命を全うせんとしていることは知っている。だが、それと魔物に蹂躙されて生命を失うことは全く別だろう」
「同じことだ、どうせ死ぬもののためにそんな労力を割いて……」
「あなたの言う通り、雪崩は自然のものだ。だが、そのあなたの矜持が魔物によって奪われることは俺にとっては許しがたい」
「……」
ウロボスは表情を変えず、じっとシャルルを見つめていた。
「……馬鹿なことを……」
「あなたの護衛としてこのフェンリル……シリウスをそばに置かせてくれ。俺とソニア、ラァラは外でこの家に魔物が寄り付かないように戦う、しばらく騒がしくしてしまうと思うが、勘弁してくれ」
ウロボスの返事はない。シリウスは静かにウロボスの傍らに寄り添い、尻尾をウロボスの足に絡めた。
シャルルとソニアはラァラを連れ立って、家の外に出た。
魔物はまだ集落には到達していないが、もうまもなく山から降りてやってくるだろう。
「ソニア。君はその力、どれほど把握している?」
「魔物をやっつける力……ですか?」
「ああ、連続して使えるのかとか、一度にどれほどの魔物を殲滅できるのかとか」
「……アルノーツにいたころは、たいていやってきた一匹の魔物をやっつけるばかりでしたから……すみません、わかりません……」
「そうか、それならやはり、君の力に頼りきりとはいかないな。ハナからそんなつもりはなかったが………」
シャルルは腰に携えた槍をグルリと回す。
「だが、いままでの君が魔物を倒すところを見るに、俺よりも君の方が魔物一体を殺すのは早いだろう。俺とラァラは君のサポートに回る。君の力の全貌がわからない以上、君も自分の力を過信しすぎるな。おかしい、うまくいかないといったことがあったらすぐに教えてくれ。もう戦えないと思ったらすぐに逃げ出してもいい」
「は、はい!」
「さっきはああ言ったが……君の手助けを得られるのは正直助かる。一緒に頑張ろう、ソニア」
「……はい!」
こんな状況ではあるが、『一緒に頑張ろう』の一言が嬉しくて、ソニアはとびきり大きな声ではっきりと返事をした。
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