第13話・厄災の力

「何を言っているんだ、君は」


 シャルルは同じ言葉を繰り返した。


 当然、シャルルはソニアを制止しようとした。だが、すでにソニアは駆け出していて、深い雪を踏み締め――そして、そのまま足をうまく抜けずにその場で転けた。


「ソニアっ」


 魔物はこちらに迫ってきている。シャルルはソニアを雪の中から抱き起こすよりも、魔物の殲滅を優先させることに決めた。ラァラにソニアを起こしてやってもらうよう短く指示だけ出して、シャルルは腰に携えていた小槍を構え、魔物の群れに向かっていった。


 ハウンドドッグ。フェンリルと同じ狼型の魔物だが、性格は非常に獰猛で肉食。群れを成して獲物を狙う雪山のハンターだ。

 一頭ごとはたいした脅威ではないが、チームワークで襲いかかって来られるとなかなか面倒な相手である。


 一頭ずつ、確実に仕留めていかねば。

 シャルルが気持ちを引き締めたその瞬間。


「えーいっ」


 どことなく気の抜けた声が後ろから響いた。

 あまりにもこの場に似つかわしくない声に思わずシャルルが振り向くと、頼りない腰つきでソニアが両手をまっすぐ前に突きつけていた。


 よかった、無事に雪の中から脱出できたのか、と思うと共に「何をやっているんだ」とシャルルは思う。

 気を引き締め直し、彼女が両手を突きつけた先――ハウンドドッグの群れのほうを見やると、つい先ほどまでそこにいたはずの魔物たちはまるで塵のように散っていってしまっていた。


「……これは」


 思わずシャルルは息を呑む。


「あ、や、やりました! やっつけました!」


 白い頬を赤らめながらソニアはぱああと顔を輝かせる。ソニアはぐっと拳を引き締め、シャルルを見上げる。

 シャルルは「ああ」と言いながら、ソニアに微笑むが、その眉根にはしわが寄っていた。


「……聖女というのは魔物を滅することもできるのか?」

「あ、はい、そうなんです……。あ、私、聖女じゃないんですけど」

「それはひとまずさて置いておこうか」


 ソニアは気恥ずかしそうに髪をいじりながらはにかんだ。


「私は、『厄災』の奇跡を持って生まれたのだと、家族からは言われてきました。人を癒すことはできない、草木を育てることはできない。代わりに、『滅ぼす』ことだけは得意なのだと」


「……なあ、アルノーツには魔物はいないという話だろう。どうして君は、自分の力で魔物を滅することができるのだと知っていた?」

「は、はい。アルノーツの国に棲みついている魔物はいません。それは間違いありません。……ただ」


 ソニアは息を呑み、一拍置いてから言葉を続けた。


「ほんのたまに、魔物が迷い込むことがあるんです。その時、魔物は不思議と『聖女』の元に訪れるのです」

「? 不思議だな、君たち聖女がいるから、アルノーツの国には魔物が生息できないんだろう?」

「は、はい。そのはずなんですが……不思議と」


「……基本的には祓われるはずだが、それをおして近づける魔物はむしろ、天敵である『聖女』を狙うのかな?」

「え、ええと、一応祖国では、魔物が聖女の元にまっすぐ訪れるのも聖女の加護の一つと解釈していました。聖女まっしぐらなら、国民たちに余計な被害が及びませんので……なので……。あ、とは言っても、狙われてるのは妹の……本当に聖女の力を持っている方なんですけど」


 ソニアはもごもごと答える。シャルルは眉を顰めたまま、問いを重ねた。


「それはともかくとして……だ。なるほど、その時に……。この力を使ったんだな?」

「はい! よくわかりませんが、こうすればなんだかやっつけられるので!」

「……君の妹はそのときは何をしているんだ?」

「妹は本物の聖女で他に力を使う場面が多く忙しいので、魔物退治は私がすることがほとんどでした。もちろん、妹も魔物をやっつけることはできますよ、私のとは違って……こう……光でフワーッとする感じでいかにも聖女らしく」

「その聖女らしいというのはわからんが……。……そうか」

「妹曰く、私に花を持たせてくれていたようです。大っぴらには国の王女が『聖女じゃない』とは言えませんから……。姉様が腐っても聖女だとアピールできる数少ないチャンスじゃないかしら、って」


 ソニアは恥ずかしそうに答える。


「まあ、その、聖女としての力じゃないんですけどね……」


 シャルルがなんとも言えず、頭の中だけで言葉を巡らせていると、ソニアは急にハッとした表情を浮かべた。


「あ、あの、その。私は聖女じゃないので、私めがけて魔物がやってきたりはしないと思うので、だ、大丈夫なはずです!」

「うん?」

「お城に住まわせていただいておりますから……。罪人なだけでなく、魔物まで引き寄せるようではご迷惑の一言ではさすがに言い尽くせません……」

「ああ、なるほど、その心配か……」


 シャルルはずっと皺を寄せていた眉間の辺りに指を置き、はあとため息をついた。


(……ソニアの性格を考えると言えないが、俺の予想が当たるなら、のちのち魔物が……ソニアめがけてやってきそうな気がするが……)


 そんなことを言えばソニアが仰天するのが目に見えて、シャルルはその言葉を飲み込んだ。


「……しかし、そうか、君がいなくなって、祖国は大丈夫なのかな? 君の妹は苦労してそうな気がするんだが」


 代わりにそう問えば、ソニアはきょとんとしながら首を傾げる。


「うーん。妹はしっかりしてますから。なんといっても、本物の聖女ですし! 人を癒すのも、草木を育てるのも、魔物をやっつけるのもなんでもできますからね!」

「……そうか。まあ、妹……彼女もアルノーツの王女ならば『聖女』であることに間違いはないはずだからな」


「…………………そうですね…………」

「君に当て擦りしたつもりはなかった。すまない」


 見るからにしょんぼりと肩を落としたソニアにシャルルは慌ててそう言った。

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