第2話 アリーナ、変わらぬ事実に絶望する

「やっと、苦しみから解放されたと思ったのに、今世でもあの人栄斗と結婚しているだなんて最悪だわ……」

 

 前世の記憶が戻ったからか、働き詰めだった時の習慣で夜明けとともに急かされるように目が覚めてしまった。見慣れたはずの天井をボーっと眺めながら、アリーナはそう小さく呟く。


 やっぱり、夢じゃなかった……


 エイトとは、ただ、国王陛下の采配で結婚することになっただけの、互いに恋愛感情もない関係だった。

 それでも、結婚したからには信頼関係を築きたいと、この一年間、できうる限りで尽くしてきたけれど、エイトは私を顧みることなく常に外に感情を向けていた。

 

 貴族としての義務から、そんな結婚も仕方ないとあまり考えないようにしていたけれど、目を瞑るたびに思い出す同じような前世の記憶に、前世でも今世でも、やはり私はという思いが強くなってくる。


 向き合わざるを得なくなった事実が惨めで、アリーナは思わず、布団を引っ張って顔を埋めた。


 しかし、その音と微かな振動でアリーナの目覚めを察知した侍女が、目覚めの熱い紅茶を準備しようと動き出した。

 アリーナは慌てて、布団の裾で涙を拭って起き上がる。


 挨拶と共に開かれたカーテンから、眩しい光が一気に差し込んできた。

 

 同時に、いつも通りもたらされた書類や手紙を見る気はどうしても起きず、ほんの少し、紅茶の水面に映る自分の顔を覗き込んだ後、まだ熱いままのその紅茶をぐっと一気に飲み干して、早々にベッドから起き出る。


「書類に目を通されないなんて、珍しいですね。どうかなさったのですか?」


 幼い時からそばで仕えてくれている侍女のマーサが声をかけてきた。


「そうね……旦那様が昨夜、聖女のミザリー様を第二夫人に迎えるとおっしゃって、ショックで頭が混乱しているのかもしれないわね……」


「ああ、その話ですか。私共も本当に驚いているところです。まさか、まだご結婚されて一年ほどしか経っていないというのに、もう第二夫人を迎えられるだなんて……しかも、お相手はミザリー様だとは!」

 

 その口調からはエイトへの不満とミザリーへの不快感がにじんでいた。マーサは言葉を続けつつも、テキパキとアリーナの身支度と着替えの準備を進める。


 エイトとミザリーは、魔王を倒したパーティーのメンバーだった。

 エイトは勇者、ミザリーは聖女としてそれぞれ活躍し、魔王討伐を含めて多くの功績を残している。


 そんなミザリーが、何故、元勇者とはいえ辺境伯の第二夫人に収まるのかと言えば、ミザリーの男遊びのせいで嫁いでいた公爵家から離縁された、いわゆる、いわく付きになってしまったからに他ならなかった。

 

 ただ、この話は公然の秘密であり、聖女の醜聞はあくまで噂として社交界でささやかれるだけだった。


「旦那様は数日前に聖女様をこの屋敷に呼び寄せて、昨夜も一緒にお休みになっていました。第二夫人に迎えると言っても、まだご結婚前だというのに! 聖女様がこんなにだなんて、噂は本当だったのかと屋敷内は持ちきりですよ」

 

 アリーナの支度を終えたマーサは、「どうせお二方はまだお休みでしょうが、顔を合わせるのも嫌でしょうから」と、部屋に朝食を準備してくれていた。

 

 テーブルの上に並べられた、朝食としては少し凝ったたくさんの料理を見渡した後、アリーナはひとまず、デザートとして用意されていた果物を口に入れた。程よい酸味が口いっぱいに広がる。


 鼻腔を撫でる爽やかな風味に、思わずアリーナは窓から外の景色を眺める。

 少し、頭を整理しないと……と考えたアリーナは、「軽めのものだけ包んでちょうだい。今日は庭園で食べるわ」とマーサに告げて、窓を開けた。

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