悪魔が踊る朝に
カツヤ
いつかの記憶
冷たいベッドに項垂れて座っていると嫌でも思い出してしまう。
自分自身の今の現状だ。
いくら戦時中で両親と離れ離れになってしまって独りで生きていくことが困難だからといって悪い大人の甘い言葉について行ってはいけない。知らない人と話してはいけない。
「469番」
もう自分自身の名も忘れてしまった。何年ここにいるのか、季節はいつなのか、彼らは何なのか。
両の脇の下にそれ専用に作られたのだろうロボットの腕に凭れるようにして少年の足が引き摺られるようにして前に進む。長いのか短いのかわからない廊下の先にあるどん詰まりの部屋の椅子に座らされると両手首に食い込むようにベルトが巻かれていく。
視界は気分の下降に比例して自然と下に下がった。
視線を左右に振ってみるがそれほど見えるわけでもなく、妙に静かでカチャカチャと小さな器具の音が響くばかりだ。少しひんやりとした室内に僅かばかりのアルコールの臭いがたちこめ何かの実験なのは解る。それだけだ。あとは何も解らない。
左の腕にアルコールを含ませた脱脂綿を滑らせると白衣の男が注射器の針の先端を差し込んできた。一回軽く眉間にシワが寄るもあとは冷たい何かの液体が入ってくる感覚しか感じない。
「0950、注入完了。経過観察を始める。」
この国の研究者は優秀だ。きっと実験は上手くいくだろう。
几帳面で自分の番号からそれまでの実験結果があってのいまだろうから。いや、もしかしたら途中で自分自身も実験の途中か。
変化は意外にもすぐに訪れた。ガタガタと少年は
少年が目を薄く開けると自室であることを確認し溜め息のような息をひとつしてまた目を閉じた。特に何かをしたわけでもないのに異様な疲れを感じる。
少年がこの施設に入った経緯は簡単だ。貧しさに勝てなかったのだ。薄汚い路地に座り込んでいた彼はまだ出征できるほどの年齢に達していず、しかし親も亡くし天涯孤独とはこのことかと感じていたところに彼らが黒塗りの車でやってきた。
「我々に協力してくれれば、国の役に立てて3食昼寝付きだ。少年、我々と国の役に立たないか?」
確かそんなことを言っていた。
国がどうなろうと関係なかったが、腹が減っていた。少年がその手を取ってしまった過ちに誰が非難できようか。
硬いベッドの上で身体を丸めていると睡魔に勝てず目を閉じた。
瞼の奥に薄暗い光が漏れる。
ああ、何かが自分を支配していている。
痙攣していた
急な破裂音が少年の鼓膜を叩いた。ハッと眼を見張ると身体が浮いて部屋から強制的に冷たい廊下に出、久方ぶりに外に出ると明らかな血痕が飛び散っている。狭い薄汚い地面に膝をつかされ目の前にはライフルを構えている男たちが数人いる。
少年は気怠く死を覚悟した。
諦めの境地である。
馬鹿をした。あんな誘いの乗らなければこんなことにならなかった。
無数に銃声が響いた。
目の前の光景に少年は周りの人間に悟られないように絶望した。
ゆっくりとスローモーションに世界が閉じられていく。彼らは何故、少年に投薬をし銃殺したのだろうか。全くの無駄ではないだろうか。何の成果もまだ得られていないのだから。
少年の瞳孔が拡がっていく。遠くの方でライフルを持っていた男たちと白衣の男たちが何やら話し合っている、落胆の声音だ。
まったく、嫌な奴らだ。勝手に殺しておいて、失望を押し付けるなよ。
「あ゛…ぁっ」少年の開いたまま閉じる力を失った口から呻きのような声が漏れる。
くそ、なんであの時頷いてしまったのだ。
後悔先にたたず、だ。
廃棄物を施設の外に出すところに連れて行かれて、ああ、もう死ねるのかとぼんやり思っていると投げ捨てられた。
少年の瞳孔が徐々に収縮していき、口の端が少し持ち上がる。
雪が降っている。季節は冬のようだ。
裸の身体に雪が勢いよく付いていく。
白い息が口から漏れていき少年の体温を奪っていき全身から力が抜けていく。
「・・・・・・なかなか死ねないなぁ」
ふと、少年の足に力が入り立ち上がる。
「さぁみぃ」
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