第44話 全部……ぶち壊してやる!

 次に目覚めた時には、セレーナは国立病院のベッドに横たわっていた。


 医者によると、幸い命に別状はなく、怪我も数日程度で治るとのことだ。

 

 セレーナが目覚めたと知るや否や、騎士が数名やってきて「名前は?」「親はどこにいるんだ?」などと、身元確認の質問をしてくる。

 

 こうなることは想定済み……。

 セレーナは頭を打ったのを理由にして記憶喪失を装い、騎士の問いかけ全てに「覚えていない」と回答した。


 騎士団で調査が行われたようだが、セレーナは元々名前すらない下層の人間で、おまけに顔も変わっているため、身元が割れることはなかった。


「まいったな。あの子は、いったい何者なんだ?」

 

「馬車を操っていた御者によると、あの少女は意識を失う直前、自分はバレリー伯爵の娘だ、父親に会いたいと言っていたようです」


「バレリー伯爵の娘だって? あそこの子供は、ご令嬢ひとりのはずだろう」


「庶子……ということでしょうか……?」


「…………かもしれんな。なんにせよ、これ以上騎士団うちではどうすることもできない。伯爵の娘だと言うのなら、引き取ってもらうしかないだろう」


 捜査に難航し、セレーナの処遇を決めかねていた騎士は、バレリー伯爵家に連絡を取った。

 すべては思惑どおり。ここまで上手くいくなんて、あたしってば天才かもと、セレーナはほくそ笑んだ。


 しかし、順調に事が運んでいたのはここまで。

 やってきたバレリー伯爵は、セレーナの顔を見て驚きはしたものの、すぐに「隠し子などいない」ときっぱり否定した。

 

「わたし、行く場所がないのです……助けてください……お父様……」


「お父様などと呼ぶのはやめよ。私は君のことなど知らない」


「そんな……」


 バレリー伯爵はなにかに気付いたようで、心底呆れた様子でセレーナを見下した。


「あぁそうか、金が目当てなんだな」


「お金……?」

 

「自らを庶子だと名乗り、利益を得ようとする輩がよく居るのだよ。まったく腹立たしく困ったものだ。ほら、金はやるから、もう二度と我が家の名を口にするな」


 伯爵は部下に目配せして少女に金を渡すと、迷惑そうな顔をして去っていった。


 セレーナはベッドの上で札束を抱きしめて泣いた。

 悲しいんじゃない、悔しいのだ。


 あの男の明らかに見下したような視線、うんざりしたような話し方、なにもかもが腹立たしい。

 

(貴族はみんなそうだ。どいつもこいつも、あたしのことを馬鹿にしやがって!)


 ──全部……ぶち壊してやる!

 

 退院後、セレーナは逆恨みのような復讐心に突き動かされるまま、バレリー伯爵家の屋敷前で、声高らかに叫んだ。


『わたしは……バレリー伯爵の、娘です……!』


 時に屋敷前で、時に街のど真ん中で、あちこちで自分はバレリー伯爵の庶子だと言いふらした。


 バレリー伯爵家が強権的な貴族であれば、邪魔なセレーナは口封じのため殺されていただろう。

 

 しかし、伯爵は良く言えば温和で善良、悪く言えばお人好しだ。


 これ以上、野放しにして悪評を立てられてはたまらないという理由で、一旦事態の収拾を図るため、セレーナは屋敷に使用人として招き入れられた。

 

 バレリー家はあらゆる手段を講じてセレーナの過去を調べようとしたが、騎士団同様、身元の特定には至らず。


「我が家をおとしめたあの娘に、必ずや報いを受けさせなければ……」

 

 セレーナの化けの皮を剥いでやろうと躍起になっていた夫人は、調査の成果が出ないことに苛立ち、ついには神殿関係者まで屋敷に呼びつけた。


「この娘の過去を見ることはできませんでしょうか」


「過去視の聖魔法を使える聖女は、残念ながら今代ではおりません」


「では、この娘が聖魔法を使って顔を変えているということは?」


「それは十分にありえます。では、魔封じの道具を使ってみましょう。聖魔法で変身しているのであれば、真の姿になるはずです」


 あぁ、ついにバレてしまう。もう終わりだ……と、セレーナはとうとう観念した。


 だが魔封じの道具をつけられても、この美しい容姿は変わることがなかった。


 どうせ魔法で容姿を変えているんだろうと高を括っていたバレリー夫人は「そんな……」と打ちひしがれた様子でその場に崩れ落ちる。


 それ以降、夫人はますますヒステリックになり、夜な夜な伯爵と言い争うようになった。


「あのセレーナという子、本当に身に覚えがございませんの?」


「だから、ないと言っているだろう」


「だったら何故あんなに、ベアトリスに似ているんです!?」


「僕にも分からないよ。はぁ、もうやめよう。我々が口論しても仕方が無い。あの娘の件は、今こちらで検討しているから……」


「どうすると言うのです? 野放しにすれば、また貴方の隠し子だと騒ぎ立てるでしょう。いっそ、消してしまえば……ほら、そういう汚れ仕事を請け負う組織も……ありますでしょう?」


「おい! 馬鹿なことを言うな! 我がバレリー家は、非道な行いは絶対にしない!!」

 

「馬鹿、ですって? わたくしの気も知らないで……! もう貴方のことは信用できませんわ。勝手になさってくださいませ!!」

 

 夫人は顔を歪ませ、夫の顔を見たくもないと言った様子で夫婦の寝室から出ていった。

 

 それ以降、彼女は自分の部屋に引きこもり、心を病んでついに亡くなった。

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