第29話 愚痴、聞いてあげてもよろしくってよ

「……セレーナ様? どうしたのですか?」


「いいえ、なんでもありません……さあ、授業を続けましょう」

 

 『セレーナ様』と呼ばれるたび胸が痛むが、ベアトリスは苦い気持ちに蓋をして、笑顔でいつも通り講義を続けた。


「セレーナ様、ひとつ質問があるのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


「呪具とは、どのように作られる物なのでしょう? 以前、聖女ベアトリス様が呪具を使用していたと聞いて、気になってしまって」


 不意打ちで突きつけられた自身の過去に、ベアトリスは一瞬動揺した。

 しかしすぐさま平然を装い、セレーナらしく朗らかに答える。


「呪具の作り方は、実は聖魔道具と同じです。物に神聖力を込めれば聖具に、逆に悪意や怨念、殺意を注げば呪具になります。みなさん、呪具の作成と所持、使用は重罪です。くれぐれも安易に手を出さないように」

 

 きっとこれが、自分の最後の教えになるだろう。


「神殿では『聖女たるもの闇の魔法には触れるべからず』と教えられるでしょう……。ですが知らなければ、対策のしようがありません」



 大切な教え子たちが、無知故に誰かに陥れられ、呪具に関わって破滅しないように。


「国を守るため、そしてなにより自分自身を守るため、闇魔法について知り、適切に対処していきましょうね」


「はい、セレーナ様!」


 ベアトリスは祈りを込めて、彼女たちに注意を促した。


 

 ✻  ✻  ✻

 

 

 その数日後、ベアトリスとフェルナンは王都を離れ、領地視察へと旅立った。


 向かう先は、広大な領地を所有するヘインズ公爵領。

 

 これから数日間、王侯貴族が公爵邸に集まり大会議が催される。


 馬車が目的地であるヘインズ領に入った頃、フェルナンが物憂げな溜息をついた。


「どうしたの? いつも俺様ドヤ顔の貴方が、そんな憂鬱な顔をするなんて珍しいわね」


「お前は俺のことをなんだと思っているんだ? はぁ……これから毎日ヘインズ公爵と顔を合わせるかと思うと、気が重いのだよ」


(ヘインズ公爵ねぇ。たしかに、フェルナンとは政敵ですものね)


 

 現在、病床の国王陛下には、年の近いふたりの王子むすこがいる。


 ひとりは正妃との間に産まれた王太子フェルナン。

 

 もうひとりは、陛下が視察先で恋に落ちた貴族令嬢との御子おこであるアラン第二王子。


 これから会うヘインズ公爵は第二王子派閥の長で、フェルナンとはバチバチの敵対関係にある。

 

 フェルナンを王太子の座から引きずり下ろすべく、あらゆる手を使ってくるだろう。


「でも、アラン様に王位を継ぐ意志はないのでしょう? 私の記憶では、王位継承権を放棄して、お母上と一緒に辺鄙へんぴな田舎町で暮らしているとか」


「本人にその意思がなくとも、周囲が放っておかないのだ。アランは俺より優秀だからな」


「ふぅん」


「『ふぅん』って……随分と他人事だな。アランがどの点で俺より優れているのか、気にならないのか?」


「ええ、まったく」


 だって、もう私には関係ないことだもの、とベアトリスは心の中で付け加えた。


 婚約者時代ならいざしらず、今やフェルナンとは赤の他人。

 

 派閥争いやアランの人となりについて、ベアトリスがあえて首を突っ込む必要はない。


 とはいえ、この言い方から察するに、フェルナンはアランに劣等感を抱いている様子。


(あ~あ、面倒くさいけど仕方ない。なにか有力な情報を引き出せるかもしれないし、一応聞いてあげますか)


 バスケットからクッキーを取り出してポリポリ食べながら、ベアトリスは澄まし顔で言った。

 

「愚痴、聞いてあげてもよろしくってよ」


「相変わらず高飛車なヤツめ。だが……意外に優しいところもあったのだな」


 フェルナンは苦笑しながら、ぽつりぽつりと語り始めた。


異母弟おとうとのアランは昔から、勉学も武術も俺より秀でていた。聡明で性格も良く、穏やかで……『アラン殿下が正当な血筋の後継者だったら』と家臣が影で話しているのを、何度聞いたことか」


 今までは会えば同族嫌悪で喧嘩ばかりしていたため、思い返せばフェルナンの本音を聞くのはこれが初めてだ。

 

(傲慢で偏屈ですっごく嫌な奴だと思っていたけど、この人も色々と大変な思いをしているのね)


「『アランには絶対に負けてはいけない』と母上に言われ続けてきたが、正直に言うと勝てる気がしないのだ。いつも精一杯虚勢を張ってそれらしく見せているが、俺は王太子の器ではないのかもしれないな……」


 フェルナンは視線を落とし、諦めたように自嘲する。

 

 興味などなかったはずなのに、気付けばベアトリスは話に聞き入っていた。

 なぜなら彼の境遇が自分によく似ていたから。


「私、貴方の気持ち……少しだけ、分かるわ」


「お前が?」


「私も本当は、セレーナみたいにか弱い女の子でいたかった。でも立場とプライドが邪魔をして、ついつい可愛げのないことを言っちゃうから、自分にないものを持っているセレーナがずっと羨ましくて、正直嫉妬もしていたわ」


「そうだったのか……知らなかった……。なぁ、お前は、自分より優秀な姉弟きょうだいに勝つためには、どうすべきだと思う?」


 少し考えた後、ベアトリスは答えた。


「別に、勝たなくてもいいんじゃない?」

 

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