2章:波乱の王都 編

第16話 残念ですが、交渉決裂でございますね

 鉱山労働所を出発したベアトリスたちは、数日かけて王都に到着した。


 ユーリスのエスコートで宮殿に入り、旅装から謁見のためのドレスに着替えて応接間でフェルナンの訪れを待つ。


 因縁の相手との再会に緊張が最高潮に達した頃、ようやく部屋の扉が開かれた。


 現れたのは、白地に金の刺繍が施された王子服を身にまとい、銀色の長髪を後ろでひとまとめにした背の高い男性。


 王子然とした優雅な所作で正面に座った彼こそ、ベアトリスを追放した元婚約者、フェルナン第一王子だ。


「久しいな、ベアトリス。鉱山での落盤事故の件はユーリスから聞いている。ずいぶんと活躍したそうじゃないか。大義であった」


「お褒めにあずかり光栄でございます」


 ベアトリスは淑女らしく落ち着いた返答をしながらも、心の中で悪態をついていた。


(ふん! あいっかわらず、古風で偉そうな口ぶり。本当に変わらないわね、この俺様男)


 ふたりの婚約が決まったのは、ベアトリスが十五歳、フェルナンが十八歳の時。

 

 それから約二年。婚約者らしくデートをしたり、ともに夜会に出席したりしたが、仲は深まるどころか悪化するばかり。


 それもそのはず。高飛車なベアトリスと俺様なフェルナンは、性格がやや似ているからこそ互いに反発してしまう、いわゆる同族嫌悪の関係にあった。


(この男、私という婚約者がいながらセレーナと影でコソコソ浮気していたのよね。しかも、ろくに私の話も聞かず追放するなんて! 何度思い返しても最低な奴。復讐はしないと心に誓ったけど……。あー! 顔を見るとイライラが止まらないわぁ)


 荒ぶるベアトリスの内心に気づくはずもなく、フェルナンはこちらをじっと見つめると、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

「ふぅん。てっきり憤慨し暴れるかと思ったが、まともな受け答えが出来るようになったではないか。苦労を経て少しは大人になったようだな」


 挑発的な言葉に、ベアトリスは憤りを必死に押し殺し、笑顔で応対する。


「ええ。殿下からいただいた『己の愚かな悪行の報いをしかと受けるがよい』というありがたいお言葉を胸に、わたくし強制労働所で精一杯、頑張りましたの」


(私、アンタの言ったこと一言一句覚えているからね! 愛想笑いしているけど、今でも恨みの気持ちは消えてませんコトよ、おほほほ~)


 そんな怨念を込めて言うと、フェルナンはようやくベアトリスの気持ちを察したのだろう。やや表情をこわばらせ、気まずそうに咳払いで場を仕切り直した。


「コホン。そ、それで、今回お前を王都に呼んだのは、やってもらいたい仕事があるからだ」


「仕事、でございますか? 具体的にはなにを?」


「セレーナの身代わり。いわゆる影武者だ」


「影武者?」


 さっそく物騒な話になってきた。

 

 いぶかしげなベアトリスに構わず、フェルナンは立て続けに問いかけてくる。


「お前が引き受けるというのなら、詳細を話す。どうする、セレーナの影武者をやるか、やらないか。今ここで決めろ」


「決めろとおっしゃられましても、その仕事をするメリットが私にはありませんわ」


「完遂のあかつきには、お前の罪を帳消しにしよう。互いに利益のある契約だ、悪い話ではないだろう?」


 取引は最初の条件提示が最も重要。

 ひとつしかない命を、恩赦程度の報酬で安く買い叩かれるのはごめんだわ。

 

 ベアトリスは強気に交渉しようと決めた。

 

「身代わりというのなら、危険な仕事になるのでしょう? 私は対価として命をかけるのです。恩赦に加えて、こちらのお願いを叶えてくださるのなら、お受けいたします」


「罪人の分際で、この俺と対等に取引できるとでも?」


「刑期が終われば、私は晴れて自由の身になれます。命がけで恩赦をいただく必要性が、こちらにはございませんわ」


 追放した人間をわざわざ急ぎ呼び戻したところを見ると、セレーナはよほど危険な状況に置かれているのだろう。さらに、身代わりの適任者がベアトリスしかいないと推察できる。

 

 フェルナンは気付いていないようだが、現状この取引はこちらが優位だ。

 ここは熟考する時間を与えず、一気に攻め立てる!


「残念ですが、交渉決裂でございますね。それでは、さようなら」


 ベアトリスは涼しい顔でそう告げて、すっと立ち上がった。

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