第3話 姉は悲劇のヒロイン、私はイジワルな悪役妹…?!

「私、前回も前々回も言ったわよね。お茶の温度はちゃんと確認してって。こんな煮え湯を飲まされたら、火傷するじゃない! 相手が私だったから許されるけど、こんな物を他の方にお出ししたら大変なことになるわ!」


「すっ、すみ、ません……」


「謝らなくていいから。同じミスをしないように、よく考えて慎重に行動して」


「ああ……お茶すらも、満足に淹れられず……ごめんなさ、ぃ……」

 

「いや、だから、もう泣かなくていいから」


 火傷するほどの熱湯に驚きはしたものの、それほど強く言ったつもりはなかったのに、セレーナは身体を震わせて号泣してしまった。

 

 いつもそうだ。ベアトリスは建設的な話し合いがしたいのに、義姉が泣き出してしまうから会話にすらならない。

 

 周囲は『ほら、また虐めて泣かせてるよ』と小声で囁き、セレーナに同情の眼差しを、ベアトリスには非難の陰口を向けてくる。


(……私は、いっつも悪者ね)


 グスグスと鼻をすすり、いつまでも泣き続けるセレーナを見て、ベアトリスは『こっちが泣きたい気分だわ』と痛むこめかみを押さえた。


「あのね、セレーナ。子供じゃないんだから、小さなことでいちいち泣かないでって、いつも言っているわよね?」


「ええ、ごめん……なさい……」


「これじゃあ、私が虐めているみたいじゃない」


「……うぅっ……すみ、ません……」


「はぁ。もういい、疲れたわ。みなさん出て行ってちょうだい」


 

 その場の全員を部屋の外へ追い出すと、室内は途端に静かになった。

 カチカチと時計が秒針を刻む音がやけに大きく響く。


(あっ、もう、こんな時間。そろそろ夕食会に行かなきゃ)


 支度のために鏡を覗けば、疲れ果てた自分の顔が映っていた。

 

 ふわふわとした金髪に、くっきりとした大きなスカイブルーの瞳。まろやかな卵形の輪郭と、ぷっくりとした唇がトレードマーク。


 亡き母がよく『私の娘は本当にかわいらしい。花のかんばせね』と褒めてくれていたのを、今でも思い出せる。


 

 ベアトリスは、名門バレリー伯爵家の一人娘としてこの世に生を受け、幼少期は両親にたくさん愛されて育った。


 しかし今から数年前、幸せな日々は突如として崩壊した。

 

 ──あの気弱で泣き虫なセレーナによって。

 


『わたしは……バレリー伯爵の、娘です……!』

 

 セレーナはある日突然やってきて、自らが父の隠し子であると主張し、屋敷の前で騒ぎ始めたのだ。

 

 ベアトリスの父は、自分によく似たセレーナに驚きつつも、不貞行為を否定し追い返した。


 だがセレーナは強情で、何日も門の前で粘り続けた。変な噂が広まっては困るということで、両親はひとまずセレーナを使用人として屋敷に置くことに決めた。


 

 それからというもの、優しかった母は別人のようにヒステリックになり、仲が良かった両親は喧嘩がちに。そしてとうとう母は心労がたたり、突然亡くなってしまった。

 

『アンタがうちに来なければ、お母様は死ななかった! この疫病神!!』

 

 ベアトリスは、母を失った悲しみと怒りをすべてセレーナにぶつけ、罵倒して虐げた。

 しかし、異母姉を怒鳴りつけながらも、頭の片隅では分かっていた。


 

 ──セレーナに怒りをぶつけても、お母様は帰ってこない。こんな八つ当たりは無意味だわ。

 

 

 十四歳で聖女の力に目覚め、神殿行きを告げられた時、正直ほっとした。

 これでセレーナの顔を見なくても済む。屋敷を離れて一旦、冷静になろう……と思っていたのに。

 

 ところがなんとセレーナにも聖女の素質があったらしく……。

 十七歳になった今もベアトリスとセレーナは、聖女と聖女見習いとして共にいる。


 

(ほんと、恐ろしいほどの悪縁だわ)


 

 さすがに十七にもなれば、ベアトリスも表だってセレーナを罵倒したりはしないが、先ほどのように悲劇のヒロインぶって泣きじゃくられると、積年の恨みもあって苛立ちが抑えられなくなる。


(私、ああいうメソメソ、ウジウジしている人って嫌い。泣けば許されると思っているのかしら。しらじらしくて見ているだけでムカつくわ。……って、こういう考えだから、周りに愛されないのよね)


 これからはもう少し、笑顔を心がけてみよう。

 身支度を整えたベアトリスは、鏡の前でニコッと口角を上げる練習をして、部屋を出た。


 

 しかしその日の夕食会にて。

 笑顔の練習もむなしく、ベアトリスは婚約者のありえない宣言に、愕然とした表情を浮かべることとなる。



 

「ベアトリス・バレリー。この場で、お前との婚約を破棄する!」



 驚く私と父の目の前で、婚約者である第一王子のフェルナンが言い放った。


(いきなり婚約破棄ですって? いったい、急になぜ……?)

 

 様々な疑問が頭に浮かぶ中、ベアトリスはただ一点、部屋に入ってきた異母姉を見つめた。


 

「どうして、セレーナがここに……?」


 バレリー家を崩壊させ、ベアトリスから愛する母を奪い、さらに神殿ではことごとく足を引っ張る女が、いつもの気弱そうな表情でフェルナンの元に歩み寄る。


「貴女は、また私から大切なものを奪うのね……」


 心のまま呟けば、セレーナがビクッと肩を跳ねさせ、そんな彼女を庇うようにフェルナン王子が目の前に立ちはだかった。

 

(なによ、私が悪役みたいじゃない)


「このような一方的な婚約破棄は、到底受け入れることはできません!」

 

 異議を申し立てたのは、ベアトリスの父親であるバレリー伯爵だ。


「我が国には、『神聖な血を継承するため、王太子は聖女を伴侶として迎えるべし』という慣わしがございます。こたびの婚約はこれにのっとり、国王陛下がお決めになったこと。いくら陛下が病床におられるからといって、殿下の一存での破棄は認められませぬ」


「確かに父上の許可は得ていない。だが、そのかわり、代理で政務を取り仕切っている母上の承諾は得ている。俺はベアトリスとの婚約を破棄し──」


 フェルナンは、後ろでおどおどしているセレーナに手を伸ばし、優しく引き寄せた。


「ここにいるセレーナを、新たな婚約者として迎えるつもりだ」

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