第2話 嫌われ者の毒舌聖女ですが、気付けば悪役になっていました……!?
──時は、断罪当日にさかのぼる。
その日の公務を終えたベアトリスは、神殿の執務室に戻ると、倒れ込むようにソファに腰を下ろした。
(毎日残業ばかりで、ほんと嫌になるわ。前回お休みをもらえたのは、いつだったかしら……神殿の人手不足もいよいよ深刻ね……)
ぐったりしているベアトリスに構わず、未決済の書類が次々に運び込まれ、机の上に積み上げられていく。疲労
(このブラック神殿! 明日は絶対、休んでやる!)
心の中で愚痴を言いながら黙々と事務仕事をこなしていると、ヒソヒソと囁き声が聞こえてきた。
見れば、ベアトリスの身辺警護に当たっている騎士が、侍女に向かって小声で話しかけている。
私がこんなに大変な目に遭っているのに、まぁ随分と楽しそうねぇと、疲れ切ったベアトリスは少々やさぐれた。
「あぁ、疲れた。ずっと働きづめで肩が凝ってしまったわ。ねぇ、そこの騎士の貴方、おしゃべりする暇と体力があるのなら私の肩を揉んでくださらない?」
そう声をかけると、今まで笑顔だった騎士が「えっ!?」と困惑した。
「その……肩もみは騎士の仕事では、ありませんので……」
「楽しくおしゃべりする余裕はあるのに、肩のひとつも揉めないの?」
「それは……」
「さっきからピーチクパーチクうるさいのよ。ナンパは外でやってくださる? 迷惑だわ」
ハッキリ苦情を言うと、騎士は明らかに気分を害したようで、眉間にしわを寄せた。
(やだ、言い過ぎた? あぁ、私ってばどうしていつも、こういう言い方しかできないのかしら)
そう気付いて後悔するのは、いつも言ってしまってから……。
こちらの様子を窺っていた侍女がいそいそと部屋を出ていくのが見えた。
室内がシーンと静まり返り、気まずい雰囲気が漂う。
すると、ほどなくして、先ほど退室した侍女が、ひとりの騎士を引き連れて戻ってきた。
「ベアトリス様、おおかたの事情は聞きました。副団長として、部下の非礼をお詫びいたします」
丁寧な口調でそう述べ優雅に頭を下げたのは、艶やかな黒髪に、海を思わせる群青色の瞳の美青年。
近衛騎士のユーリス・ブレア副団長だった。
胸に手を当て、細身の長身を折り曲げ軽くお辞儀した彼は「ですが──」と言葉を続けた。
「いつも申し上げておりますが、ベアトリス様の言い方にも少々問題があるかと」
「…………私が悪いと言うの?」
自分の毒舌癖は自覚しているが、ベアトリスとて多忙な身。
(たしかに言い方はキツかったと反省しているわ。でも私だって余裕がないのよ。ヘラヘラ雑談して怠ける騎士に、聖女の私がいちいち優しく注意してあげる義理はないわ)
この王国には古来より、特別な力を宿した女性──『聖女』が現れる。
神殿に所属する聖女は丁重な扱いを受けるが、決して贅沢や怠惰が許される立場ではない。
慢性的な人手不足により仕事量は膨大。おまけに第一王子の婚約者であるベアトリスはさらに多忙を極めていた。
そんな中、今夜は婚約者のフェルナン王子との夕食会。
約束の時間が迫っているため、一刻も早く雑務を終わらせたいのに、騎士の雑談のせいで集中力を削がれ、とても迷惑だったのだ。
(私だって精一杯頑張っている……なのに全然、うまくいかない)
ベアトリスは毎日、ろくに休みもせず激務をこなしている。
しかし周囲は、さもそれが当然かのように思っているようだった。
その一方で、他の聖女は些細なことで褒められたり、気遣われたりしている。
『あの聖女様は、いつも健気で頑張り屋だよな。それに比べて、うちのベアトリス様は……』
『あそこの聖女様も、どんなに忙しくても部下にお優しくていらっしゃる。それに比べて……』
──そんな陰口を聞くたび、ベアトリスは自身のかわいげのなさを痛感した。
(分かってる。仕事を頑張るだけじゃダメなのよ。もっと人付き合いも上手になって、自分の頑張りを周囲にアピールしなきゃ、誰も認めてくれない……。私は人徳とコミュニケーションスキルが足りないんだわ)
もっと世渡り上手にならなければと日々反省しているが、そう簡単には変われない。
あいにくとベアトリスは口下手な上に、他人に弱みを見せられない不器用な性格だった。
今も、かわいらしい弱音のかわりに、まったくかわいくない皮肉が口から飛び出す。
「はぁ、分かった、私の言い方が悪かったわ。……でも、肩を揉むくらい大した労力もないでしょうに。騎士の筋肉は、お飾りかしら?」
言ってしまってから『あぁ、またやっちゃった……』と後悔するも、もはや遅い。
ユーリスはなにも言わず、呆れた冷ややかな視線を向けてくる。他の騎士や侍女も同様。
口には出さないが、彼らの『ベアトリス様って、かわいくないよね』という心の声が聞こえてくるようだった。
(うぅ……私って、本当に話すのが下手くそだわ……)
室内に気まずい空気が漂う。
そこにスッと飲み物が置かれたので、ベアトリスはコホンと咳払いしてカップを手に取った。
お茶で口を潤し、心を穏やかにしてから、みなにきちんと謝りましょう。
そう思っていたのに……とんでもなく熱い紅茶に思わず「あっつ!!」と叫び、盛大に顔をしかめた。
「なっ、なにこれ?! すごく熱いじゃない! 淹れたの誰よ!」
キッと睨み付ければ、熱湯紅茶を淹れた犯人は身を縮こませて、うるうると目に涙を浮かべる。
「ぁっ……わたし、です……」
案の上、怯えた表情でそう名乗り出たのは、ベアトリスの側仕えを務める異母姉のセレーナだった。
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