名無しのリート~奏で、伝えよ、百人一咒~

めぐるあかり

1章1節――その願い、逆しまに叶え

【1-01】ユズの里が燃えた日

【1節――その願い、逆しまに叶え】


 昔むかし、とても人気の高い道化師どうけしがいました。

 かれは、とても演技が上手でした。かれの演技は、多くの人を笑顔えがおにしました。


 だけどある日、かれ突然とつぜんこの仕事をやめてしまいます。

 うっかり、演技中に泣いてしまったから。みんなを笑顔えがおにできなかったから。


 それから、長い時がすぎて――。

 いつしか道化師どうけしたちがかぶる仮面には、一粒ひとつぶなみだえがかれるようになりました。


 いったいなぜ、かれは泣いたのか。どうして、仮面になみだえがかれるのか。

 その理由をだれも語らないまま、道化師どうけしたちは今日も演技を続けます……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 月の夜に、ユズの畑が燃えていた。

 いつもながめる緑の木々が、もうすぐ収穫しゅうかくむかえる果実たちが、焼け落ちていた。


 燃え上がる故郷は、純朴じゅんぼく香水蘭フジバカマきあふれるようで。

 めずらしく降る雪は、可憐かれん渡り蝶アサギマダラが群れ飛ぶようで。


 ――なんて、きれい。


 自分が生まれ育った美しい里の惨状さんじょうなのに、つい幼心に、こう感じてしまう。

 大好きだった故郷は、燃える姿すら美しいんだ――と、心から感動してしまう。


 だから、だろうか。

 この辺境の集落にんできた、武装した長耳の兵士たちが。

 多くの兵を従え、無邪気むじゃきに笑う黒い姿の神官が。

 ほのおが映した襲撃者しゅうげきしゃたちが、不粋ぶすいで、不快で、ひどく不遜ふそんな存在に思えた。


 姉に手を引かれ、渓流けいりゅうかった石橋を急ぎ足でわたる。 

 小さな子供わたしの手を引く姉の姿は、まだ少女なのにたのもしく見えた。


 後ろからは、悲鳴と怒号どごう

 里人のうめきを、友だちの泣き声を、軍馬の蹄音ていおんみにじっていく。


 無数の叫喚きょうかんを二人で背負い、つづら折りの坂を急いでけのぼる。

 やがて月明かりの山中に、石造りの小さなヤシロが見えてきた。


 普段ふだんなら、入ることすら禁じられたヤシロ。だけど姉は迷わず入る。

 姉はヤシロに入ると置物を動かし、ゆかげ式のとびらを開け、指で指し示す。


「――ここを降りて、地下道をげて。絶対に、絶対にもどったらダメ」


 有無うむを言わせない、強い口調。


「姉上は?」


 たずねたところで、自分の声が不思議とふるえていることに気づく。

 いや、声だけではない。いつの間にか、全身が小さくふるえていた。


 姉が答えの代わりのように、やさしく頭をでてくれた。


 ――なんだか、はぐらかされてる。


 でられながら不満に思っていると、いつになく姉はおかしなことを口にした。


「……かなでは、生きて。生きて、幸せになって」


 まだ幼いせいで、その言葉の意味はよく分からない。

 だけど大好きな姉の言葉なので、素直すなおに「うん」とうなずいてしまった。


 夜半の月が映す姉の顔は、いつもと同じ。

 きれいで。はかなげで。どんなにホコリによごれても、ちっとも色あせなくて。

 ながい黒髪くろかみも。まっすぐなひとみも。質素なふじめの着物も、いつもと一緒いっしょ


 それなのに、なぜだろう。

 この姉の姿だけは、死んでも忘れちゃいけないと感じて。

 たとえ10年の月日が流れても覚えているよう、今を強く記憶きおくしようと思った。


 ――――反逆をたくらんだ瑞原みずはらの里が、畿内きない朱泉国しゅぜんこく襲撃しゅうげきほろぼされた。


 風のうわさで、この『真実』を聞かされたのは、ずっとずっと後のこと……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 新暦しんれき939年。

 旧滋賀西部に建国された渡来人とらいじん国家『朱泉国しゅぜんこく』は、畿内きない一円へ侵攻しんこうを開始した。


 侵攻しんこうさい朱泉国しゅぜんこくは『式神しきがみ』と呼ばれる兵器を、新たに多数投入。

 前文明の忘失ぼうしつ兵器である式神しきがみにより、それまでの刃物はものと弓矢の戦場は一変。


 ほどなく朱泉国しゅぜんこくは京阪神、敦賀つるが、奈良といった、地方の小都市国家群を制圧。

 畿内きないの大半を掌握しょうあくする帝制ていせい国家として、極東の島国を再統一すべく動き出す。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――――――――……………………。

 ――――…………。

 ――……。


 周りを取り巻く野次馬やじうまどもの、潮騒しおさいめいたざわめき。

 椅子いす腰掛こしかけていたおれは、道化どうけの仮面の下で、ゆっくりと目を開く。

 どうやらあまりに待ちくたびれて、いつの間にかうたたしていたらしい。


(――――夢? 10年前の。それとも、あれは……)


 まず最初に目に映ったのは、足下あしもとの路上に転がったユズの実。

 その実をそっと拾い上げると、目の前に置かれたテーブルに視線を移す。


 テーブル上には碁盤ごばん。そのわきには一つの砂時計。

 おれはユズの実を砂時計のとなりもどすと、野次馬やじうまがざわめいた原因を探す。


(どうせなら、相棒にも調べさせるか)


 そう考えて、膝上ひざうえねむりこけている『相棒』の姿を見る。

 いかにもファンタジーの妖精ようせいじみたシャレた格好の、手乗りサイズの女の子。

 そいつが大の字でヨダレを垂らしながら、幸せそうにねむっていた。

 外見だけは幻想的げんそうてきなのに、そのだらしない姿ときたら幻滅げんめつてききわまりない。


 こっちまでねむりこけたのも、きっとコイツがていたせいだ。

 相変わらず状況じょうきょうをわきまえないヤツめ。サッサと起こそう。


「おい起きろアーテイ氏。重たいぞ」

「んあ?」


 小声で呼びかけると、女の子が大きなアクビをして起きた。


「オアヨ~かなで……あてぃし言霊ことだまだから、重さなんてナイアルヨ~?」


 ぼけまなこで背伸せのびしながらの、緊張きんちょう感の無い挨拶あいさつ

 心なしか、背中に生えた四枚のはねまでびたように映る。


「いいからどけ。お前が重たいせいで、おれまで重い夢を見たではないか」

「んな!? あてぃしが太ったとでも!?」


 おれの一言がカチンと来たのだろうか。

 がった『自称じしょう言霊ことだま』のアーテイ氏が、軽快に宙を飛んで見せる。


「ほれ見てみーかなで! この軽妙けいみょうなる飛びっぷり! そう簡単に太るハズなし!」

おれには見分けつかんな。そうだ、周りの連中に太ってるかいてみるか?」

「出来るか! あてぃしが奏にしか見えないこと、知ってて言ってるでしょ!」

さわぐな。いくらおれ道化師どうけしでも、ごまかすには限度がある」

「声もかなでしか聞こえないって、知ってて言ってるでしょー!?」 


 そう。このアーテイ氏なるなぞの存在、不思議なことにおれ以外には認識にんしきされない。

 さらに認識にんしきはおろか、れることも出来ないので、実在すらあやしいほどだ。

 だからもしだれかが今のおれを見れば、「見えない何者かと会話する青年道化師どうけし」にしか見えない。さぞ頭のネジがカッ飛んだヤツだと思われるだろう。


「だからさわぐな。お前はともかく、返事しているおれが変人と思われる」

かなでがケンカ売ってきたんでしょーが!?」

「ええい、いいからだまれ。自称じしょう言霊ことだまなら言葉くらい理解しろ」


 相手にするとキリが無いので、それだけ言うと無視をむ。

 不満げな顔をしたアーテイ氏もあきらめたのか、おれ左肩ひだりかたに乗ると大人しくなった。

 ……頬杖ほおづえついて不満げに足を組んですわるあたり、納得なっとくはしてなさそうだったが。


(――さて。機嫌きげんそこねた氏を働かせるのはムリとして、今のざわめきは何だ?)


 改めて周囲を見回す。答えはすぐ出た。


「ふん、待たせたな小僧こぞう


 粗野そやな声とともに、いかつい風貌ふうぼうと体格をした大男が現れたからだ。

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