好きな幼馴染を諦めようと学園一の美少女と偽装交際したら、二人とも様子がおかしい

佳奈星

第1話

 下校中、共に歩いていた幼馴染の言葉に反応を隠せなかった。


「ねね、朋瀬だから話そうと思うんだけどさ」

「んー?」

「遂に私にも好きな人出来たんだよね~」

「は?」


 俺――かんともはその時、がくぜんとして身体が動かなかった。

 ぜんとした声が勝手にれていた。

 彼女の台詞を幾度となくはんすうして、明らかな事実だけが脳裏にはんらんする。


 立ち止まってすぐに、幼馴染であるゆきむらつかは一歩先を進んで身体の正面をこちらへと向けてきた。

 瞬間、あでやかな黒髪がサラッと揺れる。


 いつの間にか、口が半開きになって閉じられない。

 続く言葉が思いつかない。

 きっと情けない顔を見られた。

 けれど、その自覚が即座に吹き飛ぶくらい動揺している。


 小刻みに震える手は麻痺しているのだろうか。

 そんな俺の姿を、束音はまじまじと不思議そうに見て、気味悪がった。


「変な顔、私に好きな人ができることがそんなおかしいのかよ、おい」

「あ、いや……だってほら、今までだって何人に告白されても靡かなかったお前が、今更? ジョークかと思うのが普通じゃね」


 そう……束音はモテる。

 生まれながらの容姿が良いだけじゃない。

 美容にも力を入れ努力をおこたらない。

 そんな前提に加え、親しみやすい性格は男子からの受けが非常に良かった。


 だから――かな。

 こんな日がくるって、心の何処かではわかっていた。

 でも、いざその日が来たと考えると……胸がキュッと引き締まる。

 内臓をわしづかみにされた気分だ。


「何それ、私が一生独身になるとでも思ったの? 失礼か!」

「そこまで言ってないだろ!!」


 高校に入学してから2年と数ヶ月が経過した。

 しかし束音に彼氏ができたことは一度もない。

 同学年にはリア充グループがいくつもある。


 なのに一人も彼氏彼女を作らない異質さをほこっていたのが俺のグループ。

 中学から馴染みある奴が数人集まったに過ぎない。

 そんな仲良しグループなので、俺達にとってはこれが普通だった。


 今までは、俺達の何処がリア充やねん――なんて心の中で思っていたけれど、遂にそうなる時が来たか。


 といっても、告白が成功すれば……のお話。

 だが、束音のフラれる光景が想像できない。

 はっきり言って、束音の告白宣言は――俺の中で彼氏ができました宣言とそんしょくなかったのだ。

 それを、束音もまた自覚している。


「あーあー……これで私もリア充の仲間入りかぁ。うれしかろ?」

「…………別に」


 いつもの調子で話されるものだから、自然と俺達のムードは戻っていった。

 が、それでも心の中で渦巻く何かが思考をにぶらせる。


 こんなにも自然体でいられる束音が不気味だ。

 でも彼女の感覚に、順応したい。


「うわぁ興味津々のくせにぃ、そんな取りつくろった顔する~。あっ、もしかして私のこと狙っていたとか!? まっさかぁ?」

「え……いや、どうだろう。ちょっとわからない」


 見透かされたように黒い瞳。

 見つめられて、俺は目を泳がす。

 嘘を言っているわけでもない。


 なのに、どうにも不審な態度を直せない。

 束音に懸想していたからショックとか……。


 いやいや、そういう訳じゃない。

 今まで一緒にいたお前に彼氏ができると、遠くに行ってしまったように感じて……。


 ――あれ、これは恋なのかな。俺は、束音を好きなのか?


 自覚なんてない。

 けれど勝手に寝取られた気分になって……。

 これはもう、恋としか言いようがないような。

 つまりもう――失恋しているようなものじゃないか。


 ぽっかり空いた穴から吹き出しそうな自嘲を腹の内にしまい込んで、俺は束音に対する恋心を否定した。


 冷静になるべきだ。

 友達が誰かに恋をしただけの……たわいない日常的な話だろ?


「……そう、だな。うん。素直に応援するよ」

「本当か〜? 普通、ここで相手を探ろうとしない?」

「お前言いたいことはいつも先に言うだろ。そうじゃないなら、言いたくないってことだろ」

「うわー、理解者面しないでくれますー? まあ、そうなんだけどね」


 ――何だよ、試すような事しやがって。

 俺が動揺する様がそんなに面白いのだろうか。

 タチの悪い幼馴染を持ってしまった。


 でも、理解者面……か。

 つまり俺は、理解者にはなれていなかったということか。


 思い出す直近の言葉がぐさりと刺さる。

 いつもなら冗談で流せたはずなのにな。

 どうしてこんなに心が抉られるのだろうか。

 俺は何処か意地を張って、反論してしまう。


「言いたくないなら、それでいいだろ。邪魔はしないから、頑張れ」


 俺には関係ない。

 関係ないことだ。

 無性に彼女の顔を見たくなくなって、顔を逸らす。

 そこで――急に彼女に腕を掴まれた。


「――なんだよ」


 すっかりカラカラになったのど

 俺はどうにか声を絞り出して束音の顔を見た。

 そこには、少しだけ不機嫌そうな表情があった。


「心のこもってなさそうな応援じゃん! 幼馴染の恋愛だよ? 今、恋バナしてるんだよ? あんたさ、もっと情熱的になりなよ」


 情熱的に……って、一体俺に何を期待しているのだろうか。

 束音の恋など、俺の知ったことか……。

 他人の恋の邪魔になりたくない。

 だから人畜無害でいようとしているのに、どうして俺なんかに構って――。


「あのな。しつこくしたら、お前怒るだろ」

「はあ? 今までそんなしょうもない事で怒ったことなんて一度もありませんー」

「昔、うちの冷蔵庫に入っていたプリン」

「っ、ぐぬぬ」


 昔話を掘り返す。


 俺のプリンを、勝手に束音が食べてしまった事件。

 頭にきた俺がしつこく抗議した結果、俺の方が両親に叱られてしまったという話。それだけ。


 あの時に、束音の頑固さを知ったような気がする。

 まあ……俺もまたあの時のことを執着していて、事あるごとに話題にしている訳だけどな。


 すると束音は顔を赤らめて、言い返してきた。


「まだ根に持っていたわけ? 信じられない……馬鹿じゃないの!?」

「ほら、しつこくしたら怒る」

「今のは、あんたが怒らせたんでしょうがぁ!」

「ごもっともだ」


 しつこくされると、彼女はすぐ不機嫌になる。

 らんの通りだ。

 束音もそれ以降は口ごももってしまう。


 変わらない彼女の声は、聴いていて安心する。

 だが、彼氏が出来たらこんな機会さえ減ってしまうのだろう。


 想像しようとして、やめた。

 ここはもっと、俺らしいことを言うところだろ。


「ならさ、勝負しようぜ」

「何の?」

「俺が勝ったら、好きな人の正体を教えてもらう」


 昔からの習慣と言えばいいだろうか。

 くだらないことであっても俺達は勝負をしてきた。何かと付けての賭けごととも言える。


 ――今回がラストでいい。

 ただ、離れていく束音は想像しただけで名残惜しい。


 だから一本の蜘蛛の糸を垂らしたいのだ。

 俺と束音の心を繋ぐには細すぎるかもしれない。

 でもけには丁度良いだろう。


「なーる。そういうことなら、おっけー。私が勝ったら、何があるの?」

「御所望は?」

「じゃあ、何でも言うこと一つ訊いて。何でも、絶対ね?」

「欲張りだな……いいよ、乗った」


 束音は俺の言葉を聞くと同時に上機嫌になった。

 その顔は、いつもの企む顔ではない。

 純粋に、もうお願いごとが決まっている様子。


 言葉に出さないのは何故?

 少し赤くなった頬から束音の恋情に関することだと察する。


 具体的な協力とかは、嫌だな。

 ここまで束音が真剣な目をした事なんてなかったからか、俺まで緊張してしまう。


「内容は?」

「じゃんけんでもいいと思ったけど……」

「運ゲー、良くないよ」


 棒読みで言い切る束音。

 昔から、束音はここぞという時に運がない。


 ……そうだな。

 俺だって無条件のお願いを受け入れるのに、運任せは真っ平ごめんだ。


「だよな。実力勝負だと、そういや中間試験が近いな」

「よし、それに決定だね。なら、その後にすぐ告白もしてみようかな」


 舞い上がったように束音の声はトーンが上がっていた。


 勉強では、俺も優秀な方だが束音にはいつも負けている。だから、勝算が高いとんだのだろう。


 最後の一言には俺もどうしようもなく俺の心は打ちひしがれた。

 同時に、黒い感情が脳裏に湧いてくる。


 ――絶対に負けてやらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る