第14話 指輪

 それからいくつかの実験をこなし、昼近くになった。


「じゃあ、これが今日最後の実験よ!」


 ミーナがバッグからにゅっと指輪を取り出す。小さくて透明な石が指輪についていた。それを見たウェルナークが顔をしかめる。


「……それは少し高度すぎる気がするが。魔力の同調はまだ無理では?」

「ま、これは失敗ありきってことで。どこまでできるか、それを見るのも大切なんだから!」

「うにゃ。一理あるね」

「それにウェルナーク様の手助けがあればできるかもでしょ?」

「ふむ……まぁ、やってみるだけでも価値がある、か」


 ウェルナークも納得されたようだ。ウェルナークがミーナから指輪を受け取る。近くで見ると、指輪の石からとても弱い魔力が出ている。


「この指輪は……?」

「魔法使いの補助となる魔道具だな。とはいえ、品物としてはやや使いづらい。一番の用途は訓練用だろう」


 ウェルナークの瞳が紅く輝いた。すると透明だった指輪の石にウェルナークの魔力が流れ込み、紅く染まる。あっという間に、揺らめく真紅の魔力が石を輝かせていた。


「綺麗ですね!」

「こうして魔力を移し替えておくと、いざというときに予備の魔力として使える」

「便利なように聞こえますけれど」

「魔力を入れたり出したりするのは、そんなに簡単じゃないの。特にセンスがないとすっごい疲れちゃう!」

「なるほど……。それで私がウェルナーク様のようにできるかどうか、確かめるのですね」

「ああ、しかしこれはかなり難しい。失敗しても気にしないようにな」


 ウェルナークが再び瞳を輝かせる。今度は紅い魔力が石からウェルナークへと戻っていく。指輪の石もまた透明になった。


 フリージアはウェルナークから指輪を受け取る。指輪のサイズはフリージアにぴったり合っているようだった。


「昨日、目視で選んだんだけどサイズは合っているはずよ。着けたほうがやりやすいわ」

「わかりました、じゃあ……」


 絵本の中では左手の薬指に指輪をつけているものがいくつかあった気がする。しかもフリージアと同じくらい年頃の女性だったような……つまりフリージアもつけていい、ということだ。フリージアは躊躇なく左手薬指に指輪をはめる。うん、しっかりとサイズは合っていた。


「…………」

「ええと、何かまずかったですか?」

「いや、問題ない……」


 そしてフリージアはゆっくりと身体の熱と魔力を指輪に移そうとした。ゆっくり、ゆっくり……でも透明の石に青い魔力は触れるけれど、そこから先に進まない。

 透明な石の周りで青い魔力が止まってしまう。


「んんん~……!」

「んにゃ、力が入りすぎてるよ」

「それは……そうなのですが、うまくいかなくて……!」

「これには少しコツがあってね……。ミーナ、手助けしても構わないかい?」

「もちろんよ。他人との魔力同調性も見たいしね」

「よし……指を見せて」


 フリージアは言われるがままにウェルナークへ左手薬指を差し出した。ウェルナークも人差し指を伸ばして指輪に触れる。そのままウェルナークはじっくりと指輪を撫でまわす。


 私の青い魔力がウェルナークと接触していた――なぜだか背筋がぞくぞくしてくる。触れていないはずなのに、確かにウェルナークと触れているような感覚だった。


「俺の指の感触を少し感じるかい?」

「はい……不思議な感覚です」

「ゆっくりと俺も魔力を動かす。フリージアもそれに合わせてみてくれ」


 ウェルナークの紅い瞳がわずかに輝いた。そっとウェルナークの指先から紅い魔力が流れ出る。しかしさっきのに比べると、すごくゆっくりだ。


 でも彼の紅い魔力に集中すると、どうすればいいかがわかってきた。フリージアは魔力で石をただなぞっていただけだ。でもウェルナークの魔力は石の角に触れている。そう、角になっている部分に集中すればいい。


 ちょっとずつ、ちょっとずつ……透明な石に紅い魔力が入っていく。それに付いていけばいい。焦らず……ウェルナークの魔力を追うと、フリージアの青い魔力も入っていった。


「とても上手だ」

「そうですか? ありがとうございます……!」


 しかし喜んだのは早過ぎたかもしれない。ちょっと青い魔力が入っただけで、それ以上魔力が入っていかないのだ。


「あれ? もう魔力が入っていかないです……」

「そうしたら今度は別の角から入れるんだ。これを繰り返し、石に魔力を詰めていく……」


 なるほど、それだとフリージアには難しい。フリージアはウェルナークの魔力にまた集中する。ゆっくりと紅い魔力を確かめながら。


 こうしていると不思議だけど、身体の熱が引いていかない。まぁ、指輪の周りでちょこちょこ動かしているだけだから……?


 別の角から紅い魔力が石に入る。それを追って、フリージアの青い魔力が入る。なんだか楽しくなってきた。


 数回これを繰り返すと、石は紅と青の魔力で満たされた。


「おおー!」


 かざして指輪の石を見てみると、ふたつの魔力がゆらゆらしているのがわかる。とても綺麗だった。


「よく頑張ったな。まさかここまでできるとは……」

「ウェルナーク様のおかげです!」

「いや、普通ならここまでスムーズに石の中へ魔力は入らない。魔力を合わせるのがとても上手だ」

「でもひとりでは無理でしたけれど……」

「普通はふたりでも無理だ」

「そ、そうだったのですね……」


 そこでフリージアは気が付いた。この指輪はミーナが用意してくれたものだ。フリージアが着けっぱなしでいいはずがない。返さないと。


 なのでフリージアが指輪を外そうとすると――。


「それはあげるわ。実験のお手当みたいなもので」

「……いいのですか?」

「構わないわ。魔力の入った今の指輪なら、売れば1年くらい生きていけるお金になるんだから!」


 1年……!?

 想像もできないほどの大金に、少しだけフリージアはくらっと来てしまった。

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