劇団『白薔薇と白百合』。
朧塚
劇団の再結成。
これはある劇団のお話。
以前、みなが所属していた劇団の劇団長は行方不明になった為に、劇団を存続していく上で新しい劇団長が必要になった。そして以前の劇団長は何名もの女団員に性的暴行を働いていた事も発覚した為に、女団員の何名かは嫌気が差して劇団を辞め、男の団員の方も多くが居づらくなって次々と劇団を辞めて、今は別の劇団に入ったり、演劇の世界からすっかりいなくなった人間も多いと聞いた。
「新しい劇団を立ち上げよう」
誰かがそう言った。
そして、以前の残った劇団のメンバーはそのままで、女九名、男二人といった人数で新しい劇団を立ち上げる事になった。劇団名は『白薔薇と白百合』。自然とそういった名前になった、誰か新しい劇団長にならなければならなかったので、年長者で経験も豊富という事で紅依(べにい)という女が劇団長になった。
「サクちゃん。これからどうなるんだろうね?」
逢花(おうか)は、朔(サク)に訊ねる。
「分からないな。ただ僕はみんなとやっていきたいよ」
「そう。嬉しいな」
逢花は長い黒髪を撫でる。朔は逢花の頭に手を置く。逢花は恥ずかしそうな顔になる。
白金朔は美しい顔の青年だった。
彼は今年、二十歳になった。
身長こそ170を超えるがその肌と顔立ちは美しく、筋肉質なのに一見すると華奢な身体に見えた。劇団では女装させられる事が多く、女装した彼は妖艶な美しさを放っていた。
劇団に所属する女性達の多くは彼の事を好きだったが、ある劇をきっかけに朔と逢花は距離を詰めた。そして付き合う事になった。他の団員達の何名は嫉妬したが、逢花もまた美しい劇団のエースだったので彼女なら仕方無いと殆どの女性達は諦めた。
そして付き合って半年になる。
「今度。サクちゃんの大学に遊びに行っていい?」
「うん。いいけど?」
「大学のランチ美味しいんでしょ? 行ってみたいな」
逢花は屈託の無い笑みを浮かべた。
†
「やっぱり来て良かった。サクちゃんの大学、お洒落だもん!」
逢花は嬉しそうに言う。
「そう? 普通の大学と同じだと思うけど?」
「私の処はこじんまりとしているんだよね」
ランチコーナーは広く、壁や窓から光が差し込んできた。外は木々が並んでおり学生達が楽しそうに歩いている。
ハムエッグサンドやチーズ、オレンジジュースを二人で頼みながら、ヨーロッパのような昼食を楽しんでいた。
「そう言えば。紅衣さんが新しいメンバーを募っているそうね。特に男手が不足なんだって」
「そっか。見つかりそうかな?」
「ええ。一人、高校で演劇部をやっていた学生から連絡があったそうよ」
「そうなんだ」
「うん。で、それで今度、面接するんだって」
†
街中はもうすぐハロウィンの季節だ。
八月頃からハロウィンのグッズが溢れ返っている。
だがハロウィンをモチーフに劇をするとなると間に合わなくなる。
新しく劇団長となった紅依は悩んでいた。
年長者といっても、まだまだ彼女には経験が足りない。
以前の劇団長不在の時期にも、他にも劇の手配や経験を積んでいるメンバーが多数いたので何とか公演をやっていけた。だが劇団長がメンバーの女性達に手を出した事が発覚してから、次々とそのメンバー達も辞めていってしまった。
自分が今、劇団長である以上、しっかりと自分が動いていかないといけない。
悩んだ末に昔ながらのライトノベルの学園物のようなプロットを作る事にした。
そして新しく名付けた劇団の名前に、劇の名前を合わせる形にした。
『白薔薇と白百合の園』。
内容は。
聖美百合学園に男性教師としてやってきた主人公は次々に女子生徒の誘惑を受ける。ライトノベル風の学園もの。
男性教師は次々と生徒達の抱える難題をこなしていき、最後には学園に巣食う悪魔と対峙して、悪魔を退ける。
そんな分かりやすく、オーソドックスな話にする事に決めた。
問題は配役だ。
今の劇団には、男団員が二人しかいない。
元劇団長の犯した事件が性暴力事件だった為に、元々、少なかった男性団員達が居心地が悪くなって率先して辞めていってしまった。噂では元劇団長の犯罪に加担していた者もいたとも言われている。……逆に噂は全くのデタラメで、そういった濡れ衣を着せられるのが嫌だったからこそ、男性団員の殆どが辞めてしまったとも言われている。
今、男団員は朔と黄屋(きや)の二人しかいない。
今回は、黄屋に男性教師の役をやらせるとして、後々の事を考えると、男メンバーを増やしておかなければならない。
「男団員を募らないとなあ…………」
紅依は悩んだ挙句、ネットのSNSで団員を募る事にした。
そして一週間程してから、一通の連絡があった。
高校で演劇部をしており、今は大学一年生をしている。
もし良ければ劇団に入りたい、との事だった。
プロフィール写真を見た処、端正な顔の少年だった。
名前は藍斗(あいと)と言った。
これなら、今回の劇で女装でもさせて出演させられる。演劇の能力が足りなければ、今回は裏方に回せばいい。紅依は面接を待たずに彼を採用する事に決めていた。
†
「宜しくお願いします!」
藍斗はプロフィールの印象通りの好青年だった。
大学のサークルに演劇部が無かったので、此処に応募してきたらしい。
彼は少し恥ずかしそうに頭を下げる。周りの女性陣達は熱心に彼を見ていた。
「じゃあ。さっそく稽古してみよっか。それから他にも色々、教えないとね」
紅依は言う。
稽古前に藍斗は劇団の楽屋を一通り見せられる。衣装部屋、メイク部屋。更衣室。他、一通り、見せる。
「じゃあ。少し稽古の練習しよっか」
紅依は言う。
「はいっ!」
藍斗は嬉しそうに言う。
「じゃあ。ちょっと台本読んでみてっ!」
「“君は妖精の国からやってきたんだね? 僕は妖精と人間のハーフさ。その世界は闇に包まれて光が差し込まない。そして光、小さな太陽をその身に宿した僕が君の世界に行けば、闇の世界に光を灯す事が出来る。ああ、そうだ。その世界にこの僕を連れていってくれよ”」
藍斗は流暢にどもる事なく台本に書かれているセリフを読んでみせる。まるで変声期前のようなボーイ・ソプラノの声を聞いて部屋中の女子達は歓声を上げた。
†
『白薔薇と白百合の園』は主人公である男性教師以外は、女の登場人物しかいない為に、必然的に朔と藍斗は女装をさせられた。最初は学園の制服である、白薔薇と白百合紋様があしらわれたセーラー服を着せられた。綺麗にメイクを施され、ウィッグを付けた二人は本物の女の子と見紛う程だった。朔は美しく、手慣れた女装。藍斗は初々しい女装といった感じで藍斗は少し恥ずかし気な顔をしていた。
次に二人は役の人物の私服となっているロリィタ・ファッションを着せられる事になる。朔はまるで純白の天使のようなロリィタ。藍斗は小悪魔のような紫色のナポレオン・ジャケットのロリィタ。ウィッグを付けた二人の髪には、それぞれ朔は可愛らしいカチューシャのリボン。藍斗は紫色のベレー帽が乗っていた。
藍斗は少し小悪魔的な雰囲気の女装を鏡で見ながら、紅依に言う。
「そういえば。物語の最後に出てくる悪魔の役は、まだ誰か決めていないんですよね」
「そうね。誰にしようかしら。私がやろうかな、って思っているんだけど……」
「それ、僕にやらせてくださいっ! 何だか遣り甲斐がありそうですっ!」
藍斗は熱心に言った。
藍斗が演じる役の人物に、セリフと登場シーンが少ない事に気付いたからだろう。それでは彼は納得していなかったみたいだった。
「そう。じゃあ、一人二役でやってみてっ! 悪魔の台本も渡すからっ!」
紅依は藍斗に悪魔役の台本も渡した。
†
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