第2話  死んでいる?

「お嬢様!お嬢様!」


 伯爵家には確かにお嬢様が二人いる。

 私よりも3歳年上となるフレデリークは、公爵家の嫡男であるアレックス・デートメルス様の婚約者であり、その美しいヘーゼルの瞳に見つめられたいと、多くの貴族令息が熱望するような人でもある。


 父母からは蝶よ花よと育てられ、この国の王太子が後10歳若ければ、自分こそが王太子の妃となっていただろうと豪語する人でもあったのだ。


「ヨハンネス!まさかと思うけど・・死んでいるの?」


 泉に飛び込んだ執事は、仰向けのまま水面に浮かぶ姉の服の袖を掴んだ時には、胸元まで水に浸かった状態だった。


 姉を連れて陸に近づいてきた執事を、膝まで水に浸かりながら助けると、二人で協力しながら姉の体を水の中から引き上げる。


 水を含んだドレスは驚くほどに重い。

 これほど重いのであれば、泉の底に沈んでいてもおかしくないように思うのだけれど、どうやら空気が入ったパニエが浮き袋状態となっていたみたい。


今は息をしていないし、脈も打っていない。水に浸かっていたはずなのに綺麗に化粧を施されたままの姉は、まるで眠っているようにすら見える。 


「自殺・・ですかね・・」

 ずぶ濡れ状態のヨハンネスが、近くにころりと落ちていた小さな小瓶を拾い上げた。

「胸の周囲に紫斑が浮いていますし、毒を飲んだのかもしれませんね」


 確かに姉の胸元には、浮き上がるようにしてピンク色の斑模様が出来ている。

 脈を確認していた手首を持ち上げると、姉の手を使ってずぶ濡れのヨハンネスに手を振りながら、私は一つの意見を口にした。


「自殺じゃないと思うんだけど」

「はい?」

「お姉様のいつでも綺麗に整えられた爪、一部が折れちゃっているのよね」


 執事の方へ姉の手を向けながら言ったわよ。


「髪の毛も乱れているし、爪は折れているし、一部には人の皮?血痕が爪の間に残っているもの」


 姉は薔薇色に爪を染めているのだけれど、その長い爪の一部には誰かを引っ掻いたような跡が残されている。


「抵抗されて、引っ掻かれて、怒った犯人は後ろから姉の首をこう、腕で巻き締めて意識を失わせたんじゃないかしら」


 後ろから腕を使って首を締め上げる素振りを執事にして見せる。


「お姉様はね、卵アレルギーがあったのよ。犯人は失神した姉の口に生卵を放り込んだ。誤嚥したって構わないのよ、どうせ殺すつもりだったんでしょうからね」


「何故、卵なんてものを口に含ませたのでしょうか?」


「お姉様はいつでもアレルギー症状を起こすと、胸元がまだら模様で真っ赤になるのよ。ピンクのマダラは紫斑に見えないこともない。パラマリンの毒はすぐさま皮下出血を起こして紫斑の症状を有するし、その後、肺出血を起こして死にいたる。毒の瓶からパラマリンの成分が出てくれば、みんなが、お姉様は妊娠を苦に自殺をしたのだろうと思うでしょうね」


「な・・何故それを・・」


 執事のヨハンネスが愕然とした様子で私の方を見る。


「お姉様が妊娠しているんじゃないかって、なんで分かったのか知りたいの?」


 無言で何度も頷く執事を見ていると、思わずため息が出てしまう。


「お姉様ってそれは美しい人だけど、お姉様の美を賛美しない、甘い言葉も囁かない、無表情で無関心状態の婚約者に対して、腹立たしく思っていたのよね」


 美貌のお姉様は社交界の華のような存在の方で、デートメルス公爵夫人がお姉様を気に入った形で息子の婚約者にしようと考えたみたいなの。


 ところが、氷の小公子と呼ばれるアレックス様は、ちっともお姉様に靡かない。高位身分の貴族令嬢たちを押し除ける形で婚約者の座を射止めたお姉様は、嬉しかったのも最初だけのことで、周囲の令嬢から嫌味ばっかりを言われるようになってしまったらしい。


 傷心のお姉様に甘い言葉で近づいてくる男性はそれは多く居たそうで、お姉様付きの侍女が侍女仲間と話していた内容を聞いたところ、それは高貴な身分の方と最後までいってしまったらしい上、月のものが遅れているというわけよ。


 最近、お姉様からスープは投げつけられるわ、熱いお茶はかけられるわ、とにかく当たりがキッツイわ〜と思っていたら、あら、婚約者が居る身で妊娠、そりゃ荒れるわな〜と思っていたってわけですよ。


「お姉様は無関心の婚約者に対して当てつけのつもりで、さる、よく分からないけど身分も高い御仁と交際をした末に妊娠をしたそうだけど、それを苦に自殺〜と見せかけながら、間違いなく殺されているわ。腕なんかに引っ掻き傷を作っている奴がお姉様を殺した犯人だとは思うから探したほうがいいし、お姉様のお腹の中の子供の父親については、もう一度、専属の侍女に確認を取った方が良いかもね」


「お嬢様の探偵並みの推理には驚きましたが・・冷静過ぎませんか?」

「はい?」

「仮にもお嬢様の血のつながったお姉様が死んでいるんですよ?」

「はい?」


 ぐっしょりと水で濡れたドレスに包まれた姉の姿を見下ろしながら思ったのよね。


「今まで可愛い妹に対するような行動をされたこともなければ、私がお仕着せを着て必死に働く姿を嬉々として眺めるような人を、今更、家族として考えろとか、死んだから悲しめとか言われても、ええ?なんで?としか思えないんだけど?」


「・・・そうですよね」


 ガックリと項垂れる執事を放置して、とりあえず人でも呼びに行こうかしら。

 なにしろ、伯爵家一同、父母から使用人に至るまで、みんなが愛するフレデリーク嬢(姉)が殺されたのですもの。屋敷内はパニックになることでしょう。

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