姉を殺したのは誰?

もちづき 裕

第1話  姉妹格差

 ヴァーメルダム伯爵家には姉妹がいる。先妻と後妻との間に一人ずつ娘を授かったとか、そういう話でもなく、伯爵と夫人の間に二人の娘が生まれたらしい。


次女になるマルーシュカ、私ということになるんだけど、ある時、執事に質問したのよね。


「私は、父であるジェロンと、母となるカリスの実の娘になるのかしら?」


 私の質問に、白髭で白髪頭の執事は、髭に隠れた口をもごもご言わせた後に言い出したの。


「間違いなく、マルーシュカ様は、お二人の実の娘になりますよ」

「えええ?本当に?」


 私の円な眼差し攻撃を受けても怯むことなく、まっすぐとした眼で執事であるヨハンネスは私の顔を見つめると、

「間違いなく、お嬢様はお二人の子です」

 と、断言したのだった。


「え〜、実は伯爵には生き別れした兄か弟が居て、その兄だか弟が平民と結婚した末に生まれたのが私で〜、両親が流行病に罹って亡くなったから、嫌々引き取ったのが私ってことになると思っていたんだけど〜」


「何処の物語の設定ですか?一度は読んだことがあるような気がするんですけど?」


「最近、継子虐めをされた令嬢が、最後には金持ちのイケメンを捕まえて幸せになり、残った家族は不幸になるって小説がバカ売れしているみたいだものね?」


「お嬢様、もしかして、自分が流行の設定通りの生まれなのではないかと勘違いされたというわけですか?」

「だって、そう思っちゃうじゃない?」


 古びたお仕着せ姿の私をまじまじと見下ろした執事のヨハンネスは大きなため息を吐き出した。


 現在、広大な庭の落ち葉拾いをしろと命じられて、箒を片手に仁王立ち状態よ!


「姉は毎日美しいドレスを着ていて、3人もいる専属侍女に傅かれるようにして生活しているっていうのに、次女の私は、専属使用人ゼロ、ドレスゼロ、部屋は一応、客間みたいな部屋を与えられているけど、粗末なベッドと小卓と椅子しか置かれていないから、衣服なんか箱に突っ込んでいるような状態なのよ?」


 兄弟格差、姉妹格差というものが、この世の中にはあるとは思うんだけど、うちの伯爵家はこの格差がどえらいことになっている。


 姉は貴族の令嬢として昼はお茶会、夜には舞踏会と社交に励みまくった末に、公爵家の嫡男の婚約者の座を勝ち取った。だというのに、次女の私は、毎日、毎日、下級メイドがやるような仕事をしていて、貴族のマナー?何それ美味しいの?状態となっている。


「お姉様が公爵家にお嫁に行かれることになるから、流石に、伯爵家を存続させるために嫌いな次女でも教育を施していかなくちゃと思うようになったのかな?とは思ったのよ?だけどね、伯爵(父)の執務室の近くを通りかかったら、何でも伯爵家は従弟のヨリックに継がせて、私は支度金も必要がない、60歳越えの金持ち男爵の家へ後妻として売り飛ばすことが決定しているっていうのよ?」


 執事のヨハンネスは深く皺が刻まれた顔をくちゃくちゃにするから、元からあるシワがより深く刻み込まれることになる。


「男爵にとっては無垢な女体があればそれで良いので、私にマナーは必要ないのだそうよ?ちなみにその男爵は、私を輿入れさせたとしたら、実に六人目の妻になるというわけ。これってどんな罰ゲームなのかしら?やっぱり私は、何処かから拾われてきた娘ということになるのではなくて?」


「先代様がご存命であればこんなことにはならなかったと思うのですが・・」


 祖父となる先代の伯爵は、流行病で八年ほど前に亡くなっている。お祖父様がご存命の時にはまだ私の扱いも、ギリギリ伯爵令嬢だったのだけれど、お祖父様亡き後は、物語に出てくるような状態。


 つまりは、何の教育も施されず、下働きとして無料で酷使されているということになるわけ。


「その、先代様がいないんだから仕方がないんですっていうヨハンネスの態度もどうかと思うわよ?貴方、自分が私の立場になったものと想像してみたらどう?よく分からない百歳オーバーの老人に、お尻の貞操を奪われるのだと今から想像してみてちょうだい」


「貴族令嬢の言葉とは思えません!はしたないにも程がありますよ!」


 顔を青ざめさせた執事は、それなりに想像力を働かせてみた上で、うんざりした様子で首を横に振った。


「それはきちんとした貴族令嬢として扱った上で、言うべき言葉ではないのかしら?」

「・・・・」


 私は手際良く落ち葉を集めているんだけど、集めた落ち葉を入れる麻袋を持って追いかけてくるのがヨハンネスの役割なのよ。


 庭掃除は重労働になるんだけど、人の視界から遠のくことにもなるため、私がズルして休んでいないかと監視するために、執事のヨハンネスは麻袋を持ってついて歩いているってことになるわけよね。


「はーっ、どうせ毎日落ち葉は落ちるんだから、木の葉が全部落ち切った後に回収すれば良いと思わない?毎日、毎日、落ちてくる葉っぱを拾って歩くなんて無駄としか思えないんだけど?」


「奥様が庭園をご鑑賞するのを好んでおりますから、枯れ葉の一枚でも落ちていれば不興を買ってしまいます」


「枯れ葉一枚で不興になるんだったら、お前が拾って歩けよって思うんだけど」


「お嬢様!」


 貴族なんてものは家の中にも明確な順位が出来ているわけで、ヴァーメルダム伯爵家だったら当主が一位、伯爵夫人が二位、お姉様が三位で、次に同列で来るのが目の前にいる執事と母のお気に入りの侍女頭ということになるだろう。


 伯爵家の歴とした次女であるのなら、順位としては四位が妥当なところが、扱い的に五十位とか五十二位とか?おそらく厩番よりも順位が低いのではないかと考える今日この頃。


 王家に楯突いたら不敬で即逮捕!なんていう世の中ですから、当主や当主の妻に暴言を吐けば『不敬罪』となるわけで、順位が五十位とか五十二位にいる私なんかは、即座に解雇処分。解雇は出来ない(そもそも雇用契約を結んでいない)ということであれば、牢屋にでも入れられるのか?


 領主館の方には確かに罪人を入れるための牢屋があるけど、王都にあるタウンハウスの方には牢屋とかないんだよね。一体何処に入れるつもりだろう?閉じ込められている間は仕事をしなくても良いけど、普通に三食、食事抜きを敢行しそうだよね〜。


「お嬢様!お嬢様!」


 枯れ葉が詰まった麻袋を放り投げたヨハンネスが走り出す。

「お嬢様!」

 なんて大声で怒鳴るから、思わず執事の逆鱗に触れたのかと思ったけれど、どうやらそうじゃないらしい。


 走っていく執事を追いかけると、庭園の奥にある湧水で出来た小さな泉が見えてくる。春になると純白のレースを一面に施したようにオルレアの花が咲くため、ここで行われる伯爵家の春のお茶会は貴族の間でも非常に人気が高かったりするのだった。


 遥か昔に聖女が水浴びした泉だという逸話が残されているような泉なので、清涼な空気に包まれたこの空間は、都会の喧騒を忘れられるものだと言って貴婦人たちの人気スポットだったりする。


 その聖女の泉に今、一人の女性が浮かんでいた。

 仰向けとなっている為、形の良い鼻が曇り空に向かってツンと立っているし、まるで眠っているかのように目は閉じられ、長いまつ毛は影を落とし、真っ赤な唇だけが桜桃のようにふっくらとして、微かな笑みを浮かべているようにさえ見えた。

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