@rabbit090

第1話

 その時気付いたら、嘘っぱちな空間だけが広がっていた。

 ああ、やらかしちゃった、とか、嘆いたってもう戻せる状況じゃない。

 戻せないなら、消そう。

 そうやって、いつもリセットばかりかけていた。

 

 「孝子たかこ、また?」

 まただよ。

 怒気をはらんだ顔で彼を見た。しかし臆することもなく、笑っていた。

 「馬鹿だなあ、孝子って短気なんだよ。でもさ、良いって言ったじゃん。別に、大丈夫だよ。俺が支えるから。」

 「本当?」

 「ああ、マジマジ。」

 真剣さの欠けているその言葉、いつも言われていたけれど流していた。けれど、今私は彼と対等な立場にはいない。それが分かってしまったから、不機嫌になってごまかすしかない。

 「でも聞いてよ。すごく意地悪な人がいて、嘘ばっかりつくの。違うって言っても、誰も聞かないの。」

 「はは、そんなのよくあるよ。人って嘘つく生き物だから。でもさ、そのせいで孝子が傷ついたんなら、嫌な奴だね。」

 「何その基準…。」

 私は、この人の能天気さが理解できない。

 だいたい、なぜ、上場企業で総合職として働いているコイツは、私のような定職の定まらない女と一緒にいたいと思うのだろうか。

 分からない、ホント、意味不明。

 「でも…、いっか。ねえ陽介ようすけ。」

 「何?すごい改まってるね。」

 「うん、結婚してよ。」

 「え?」

 「いつもあんたが言ってる言葉って、そういう事でしょ?」

 「バレてた?」

 「うん。」

 そんな感じで、私は陽介と結婚した。

 理由を、聞いてみたけれど孝子は可愛いからって、よく言われているそのセリフを、繰り返すだけだった。

 そして式を終え、私達は今まで通り同棲生活の延長で、新婚生活を開始した。

 

 「…ハっ。」

 気付くといつも夜だった。

 隣りにはすやすやと寝息を立てている男がいる。

 けれど、私はまた眠りの世界には戻れそうになかった。

 ここ最近ずっと、襲われている。

 何に襲われているのかは分からない、けれど怖い夢を見て、その内容は分からないのに、眠り続けることができない。

 「ああ、めんどくさい。」

 一応、働いていないから、陽介の料理の支度とか、そういうものは済ませなければ面目が立たなかった。

 しかし、彼はあまりしっかり食べない人で、ほとんどは私のお昼と、夜ご飯になってしまう。

 「はあ、いいや。」

 そう割り切って、私は適当に雑誌でも広げている。

 けど、何も幸せを感じない。

 退屈で、たまらなかった。

 多分、私は陽介のことが好きではなかった。

 だから、本当に理解ができない、なぜ彼は私を好きだと言い切れるのだろうか。その理由が、掴めなくて不気味だった。

 これって、幸せなのかな、と大学時代の友人に相談したが、いい返答は帰ってこなかった。

 ああ、どうしよう。

 本当、どうすればいいのだろうか。



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