3. Pre-Chorus




「レディースアンドジェントルマン、今宵は仮面舞踏会マスカレード。今宵だけは身分など忘れて、踊りなさい」


 今日も、masQuerAdesマスカレードのライブだ。

 今度は最前列のチケットが取れた。

 出来たてほやほやのファンクラブにも加入して、グッズもしっかり買い揃えている。


 ちなみに、masQuerAdesのメンバーは、それぞれメンバーカラーを持っている。

 ギターヴォーカルの公爵デュークは紫。ギターの『士爵ナイト』は青。ベースの『男爵バロン』は緑。ドラムの『侯爵マーカス』は赤。まだ加入していないが、キーボードの『伯爵アール』はピンクだ。


 彼らの衣装も黒と金銀を基調にしていて、差し色でそれぞれのメンバーカラーが入っている。

 私が購入したグッズは、もちろん紫色一色だ。公爵デュークの高貴なイメージにぴったりのメンバーカラーである。



 貴族が踊るように、優雅に、時には大胆に。

 ミステリアスで華やかな旋律に、心が踊る。


 キーボードの伯爵アールが加入するとますます華やかに、メロディアスになる。

 だが、私からすると、masQuerAdesは四人でも充分に完成されたバンドだ。何と言っても、メンバーの阿吽の呼吸が素晴らしい。


 ギターが歌えば、ベースがそれに合わせて踊り出す。

 ドラムが発破をかけたら、メンバーも観客も一体になって世界を創る。


 メンバー全員の息がぴったりで、それぞれの良さを余すところなく引き立てているのだ。

 そんな素晴らしいメンバーの中でも、やっぱり私の目と耳は、センターに立つ公爵デュークの一挙手一投足を追ってしまう。



 今日も公爵デュークと目が合った。

 目が合うだけでなく、仮面の下で柔らかく微笑んでくれたような気さえして、私はその後一日、ずっと幸せな気分だった。





 私がタイムリープしてから、あっという間に半年が過ぎた。


 推しバンド、masQuerAdesもちょっとずつ人気が出てきて、少し大きなライブハウスに拠点を移した。

 けれど、ファンクラブ会員一桁番号の私。最前列付近を譲るつもりはない。

 推し友もできて、修二と朋子のことなんて忘れて、充実した日々を過ごしている。



 あれから、優樹とは連絡を取り合い続けていた。

 タイムリープ前の世界線では完全に疎遠になっていたのに、不思議なものである。


 masQuerAdesのライブがある日以外、優樹とはほぼ毎日、メッセージアプリのRINEでだらだらと他愛ない会話を続けていた。

 優樹もそれなりに忙しいらしく、私の家を訪ねてくることはなかったが、時間が合えば外で食事をしたりお茶をしたりすることもあった。


 修二と食事に行く時は、学業が忙しくてバイトできないという修二の代わりに、私が食事代を支払うことが普通だったが、優樹とご飯に行く時はちゃんと割り勘だ。

 優樹は「俺がおごるよ」と言ってくれることもあったが、私は修二と同じことをしたくなかったので、きっちり一円単位で自分の分の食事代を支払っている。

 時々、「律儀だなあ」と呆れられることもあるが、お金の面ではシビアになるように気を付けた。……ただし、推しに使う分を除いて、だが。



 タイムリープしてから、私は、恋なんて二度とするもんかと思っていた。

 けれど最近、優樹といると、ふと「優樹が彼氏だったら幸せかもしれないな」と思うことがある。


 修二と違ってガサツじゃないし、よく気がきく。連絡もマメにしてくれるし、かといって、私が拒めば必要以上に踏み込んでこない。

 私の元気がない時はちゃんと気付いてくれる。許可なく触れてきたり、心ないことを言ったり、私の嫌がることは絶対にしない。

 心地良い距離感なのだ。


 けれど、それは本来、友達として正しい姿なのかもしれない。


 修二も、朋子も、優樹や私とは真逆のタイプだった。

 二人は、人との距離感が近くて、よく言えば人懐っこい華やかなタイプ、悪く言えば押しの強いタイプだ。


 優樹が月のように静かに寄り添ってくれる人だとすると、修二と朋子は太陽のように、いつの間にか人心を掴んでいる人たちである。

 少しおかしなことを言っても、それが正しいと思わせてしまうような……そんな押しの強さが二人にはあった。


 優樹と二人でいる時は、不思議と心が安らぐ。

 無駄にイケメンで、ちょっとチャラく見えるけれど、その本質は穏やかなのだ。


 それに、どうやら私は、優樹が話す声が好きみたいだ。

 直前まで心がトゲトゲしていても、すうっと気持ちが落ち着いていく。

 大好きなmasQuerAdesの、公爵デュークの歌声を聴いている時と同じぐらい――その声は不思議と心に染み渡る。





 それから少しして。

 ハロウィンが終わり、街がクリスマスムード一色になった頃。


 優樹は、食事だけではなく遊びに行かないかと誘ってくれた。

 幸い、その日はバイトまで数時間空いていたので、喜んで誘いに乗った。

 私は、お気に入りのコートとワンピースを身につけ、いつもより念入りにおめかしする。


「早すぎたなぁ」


 楽しみにしすぎて、十五分前に待ち合わせ場所に着いてしまった。

 外で待つのも、少し寒い。建物の中で時間をつぶそうか。

 そんなことを考えながら、一旦待ち合わせ場所に指定された、犬の像の前に向かう。


「……嘘」


 さすがに早すぎると思ったが、なんと優樹はもう到着していた。

 壁にもたれかかり、イヤホンをつけて、スマホをいじっている。

 鼻の頭が少し赤くなっている……いつから待っていたのだろうか。

 私は、慌てて駆け寄った。


「ごめん、お待たせー」


「ん。俺もさっき着いたとこだから、平気」


「はいダウトー。鼻赤いよ。てか、早くない?」


「愛梨も人のこと言えないじゃん」


「あはは、確かに」


 今日の優樹は、いつものパーカーにジーンズ姿ではなかった。

 襟のついた黒いロングコートに白いニット、黒のスリムパンツで、大人っぽく見える。


「今日の優樹、大人っぽい」


「だろ? いつもパーカーじゃ駄目だって友達に言われて、ちょっと頑張ってみた」


「いいね。似合ってるよ」


「マジ? 良かったぁー。あのさ……愛梨も、いつも可愛いけど、今日はさらに可愛い」


「えっ」


 顔が熱くなる。

 そんなこと言われたの、いつ以来だろう。


 修二にもあまり言ってもらえなかったけれど、そういうことにもっと縁がなさそうな優樹に言われると、なんだかすごく恥ずかしくて……嬉しい。


「じょ、冗談やめてよね」


「……冗談なんか言うかよ。その、なんか、ふわふわってしてフリフリってしてすごい柔らかそう」


「何その語彙力、台無し!」


「悪かったな! ファッションとか分かんねえんだよ!」


「あはは、なんか安心するわ」


「何でだよ」


「まあまあ、どうどう」


 優樹は唇を不満げに尖らせているが、その目は笑っていた。


「それで、どこ行く?」


「愛梨は、どこ行きたい?」


「そうだなー、カラオケとか?」


「カラオケか……」


 優樹は、少し複雑そうな顔をした。

 そういえば、一緒にカラオケに行ったことはなかったが、嫌だっただろうか。


「ん? 優樹はカラオケ嫌?」


「いや、嫌じゃないよ。行こ行こ」


 優樹は、すぐに笑顔を取り繕った。

 少し緊張しているみたいな感じだ。歌が苦手なのだろうか?


「どしたの? カラオケ行くんだろ。ほら、寒いから早く行こう」


 私が首を傾げていると、優樹はそう言って、カラオケ店の方へと促した。


 優樹と二人、腕が触れそうで触れない距離で、並んで歩く。

 なんだか甘酸っぱくて、くすぐったい。

 隣を歩く優樹を見上げると、寒いのか、耳がほんのり赤くなっているのだった。

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