3. Pre-Chorus
*
「レディースアンドジェントルマン、今宵は
今日も、
今度は最前列のチケットが取れた。
出来たてほやほやのファンクラブにも加入して、グッズもしっかり買い揃えている。
ちなみに、masQuerAdesのメンバーは、それぞれメンバーカラーを持っている。
ギターヴォーカルの
彼らの衣装も黒と金銀を基調にしていて、差し色でそれぞれのメンバーカラーが入っている。
私が購入したグッズは、もちろん紫色一色だ。
貴族が踊るように、優雅に、時には大胆に。
ミステリアスで華やかな旋律に、心が踊る。
キーボードの
だが、私からすると、masQuerAdesは四人でも充分に完成されたバンドだ。何と言っても、メンバーの阿吽の呼吸が素晴らしい。
ギターが歌えば、ベースがそれに合わせて踊り出す。
ドラムが発破をかけたら、メンバーも観客も一体になって世界を創る。
メンバー全員の息がぴったりで、それぞれの良さを余すところなく引き立てているのだ。
そんな素晴らしいメンバーの中でも、やっぱり私の目と耳は、センターに立つ
今日も
目が合うだけでなく、仮面の下で柔らかく微笑んでくれたような気さえして、私はその後一日、ずっと幸せな気分だった。
*
私がタイムリープしてから、あっという間に半年が過ぎた。
推しバンド、masQuerAdesもちょっとずつ人気が出てきて、少し大きなライブハウスに拠点を移した。
けれど、ファンクラブ会員一桁番号の私。最前列付近を譲るつもりはない。
推し友もできて、修二と朋子のことなんて忘れて、充実した日々を過ごしている。
あれから、優樹とは連絡を取り合い続けていた。
タイムリープ前の世界線では完全に疎遠になっていたのに、不思議なものである。
masQuerAdesのライブがある日以外、優樹とはほぼ毎日、メッセージアプリのRINEでだらだらと他愛ない会話を続けていた。
優樹もそれなりに忙しいらしく、私の家を訪ねてくることはなかったが、時間が合えば外で食事をしたりお茶をしたりすることもあった。
修二と食事に行く時は、学業が忙しくてバイトできないという修二の代わりに、私が食事代を支払うことが普通だったが、優樹とご飯に行く時はちゃんと割り勘だ。
優樹は「俺がおごるよ」と言ってくれることもあったが、私は修二と同じことをしたくなかったので、きっちり一円単位で自分の分の食事代を支払っている。
時々、「律儀だなあ」と呆れられることもあるが、お金の面ではシビアになるように気を付けた。……ただし、推しに使う分を除いて、だが。
タイムリープしてから、私は、恋なんて二度とするもんかと思っていた。
けれど最近、優樹といると、ふと「優樹が彼氏だったら幸せかもしれないな」と思うことがある。
修二と違ってガサツじゃないし、よく気がきく。連絡もマメにしてくれるし、かといって、私が拒めば必要以上に踏み込んでこない。
私の元気がない時はちゃんと気付いてくれる。許可なく触れてきたり、心ないことを言ったり、私の嫌がることは絶対にしない。
心地良い距離感なのだ。
けれど、それは本来、友達として正しい姿なのかもしれない。
修二も、朋子も、優樹や私とは真逆のタイプだった。
二人は、人との距離感が近くて、よく言えば人懐っこい華やかなタイプ、悪く言えば押しの強いタイプだ。
優樹が月のように静かに寄り添ってくれる人だとすると、修二と朋子は太陽のように、いつの間にか人心を掴んでいる人たちである。
少しおかしなことを言っても、それが正しいと思わせてしまうような……そんな押しの強さが二人にはあった。
優樹と二人でいる時は、不思議と心が安らぐ。
無駄にイケメンで、ちょっとチャラく見えるけれど、その本質は穏やかなのだ。
それに、どうやら私は、優樹が話す声が好きみたいだ。
直前まで心がトゲトゲしていても、すうっと気持ちが落ち着いていく。
大好きなmasQuerAdesの、
*
それから少しして。
ハロウィンが終わり、街がクリスマスムード一色になった頃。
優樹は、食事だけではなく遊びに行かないかと誘ってくれた。
幸い、その日はバイトまで数時間空いていたので、喜んで誘いに乗った。
私は、お気に入りのコートとワンピースを身につけ、いつもより念入りにおめかしする。
「早すぎたなぁ」
楽しみにしすぎて、十五分前に待ち合わせ場所に着いてしまった。
外で待つのも、少し寒い。建物の中で時間をつぶそうか。
そんなことを考えながら、一旦待ち合わせ場所に指定された、犬の像の前に向かう。
「……嘘」
さすがに早すぎると思ったが、なんと優樹はもう到着していた。
壁にもたれかかり、イヤホンをつけて、スマホをいじっている。
鼻の頭が少し赤くなっている……いつから待っていたのだろうか。
私は、慌てて駆け寄った。
「ごめん、お待たせー」
「ん。俺もさっき着いたとこだから、平気」
「はいダウトー。鼻赤いよ。てか、早くない?」
「愛梨も人のこと言えないじゃん」
「あはは、確かに」
今日の優樹は、いつものパーカーにジーンズ姿ではなかった。
襟のついた黒いロングコートに白いニット、黒のスリムパンツで、大人っぽく見える。
「今日の優樹、大人っぽい」
「だろ? いつもパーカーじゃ駄目だって友達に言われて、ちょっと頑張ってみた」
「いいね。似合ってるよ」
「マジ? 良かったぁー。あのさ……愛梨も、いつも可愛いけど、今日はさらに可愛い」
「えっ」
顔が熱くなる。
そんなこと言われたの、いつ以来だろう。
修二にもあまり言ってもらえなかったけれど、そういうことにもっと縁がなさそうな優樹に言われると、なんだかすごく恥ずかしくて……嬉しい。
「じょ、冗談やめてよね」
「……冗談なんか言うかよ。その、なんか、ふわふわってしてフリフリってしてすごい柔らかそう」
「何その語彙力、台無し!」
「悪かったな! ファッションとか分かんねえんだよ!」
「あはは、なんか安心するわ」
「何でだよ」
「まあまあ、どうどう」
優樹は唇を不満げに尖らせているが、その目は笑っていた。
「それで、どこ行く?」
「愛梨は、どこ行きたい?」
「そうだなー、カラオケとか?」
「カラオケか……」
優樹は、少し複雑そうな顔をした。
そういえば、一緒にカラオケに行ったことはなかったが、嫌だっただろうか。
「ん? 優樹はカラオケ嫌?」
「いや、嫌じゃないよ。行こ行こ」
優樹は、すぐに笑顔を取り繕った。
少し緊張しているみたいな感じだ。歌が苦手なのだろうか?
「どしたの? カラオケ行くんだろ。ほら、寒いから早く行こう」
私が首を傾げていると、優樹はそう言って、カラオケ店の方へと促した。
優樹と二人、腕が触れそうで触れない距離で、並んで歩く。
なんだか甘酸っぱくて、くすぐったい。
隣を歩く優樹を見上げると、寒いのか、耳がほんのり赤くなっているのだった。
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