第13話
「無体な真似をいたすな」
と、ひとりの浪人が浅葱裏たちに向かって進み出たのだ。
「なんだと」
「この者らはすでに詫びておるだろう、ほかにどうしろともうすのだ」
「武士を前に頭が高いともうしておるのだ」
浅葱裏の言葉に浪人だけでなく、周囲にあつまった野次馬たちまでもが表情をけわしくした。
慮外者ども――源三郎は思わずあきれ果てる。老人が相手ならともかく、気の短い連中を軒並み敵にまわせば袋叩きに遭うのは目に見えていた。
「この江戸で田舎の道理なぞふりまわすな」
町人が暴走する前に浪人が叱声を浅葱裏たちに浴びせる。
「うぬ」「浪人者風情がようも」
浅葱裏が一気に気色ばんだ。
が、その瞬間にはひとりは地面に仰向けに叩きつけられていた。柔(やわら)の技で浪人に倒されたのだ。刹那、もうひとりの浅葱裏の首筋に剣尖が触れていた。浪人が流れるような動きで剣を抜いたのだ。
「そこまでだ」
源三郎は彼らの前へと出て行った。同時に懐からひとつの品を取り出している。
「貴殿は?」
「岩松家家中の士、野与源三郎ともうす者にござる」
浪人の問いに答えながら、ささやき声がとどく距離にまで源三郎は近づいた。
「家中の士といっても、実は公辺内分でな」
と小さな声で告げながら家紋の入った印籠を浪人と浅葱裏にだけ見えるように手を傾ける。
とたん、三者の表情が変わった。百二十石といっても、そこは徳川家の本家筋だ。
「どうであろう、今日はそのへんで許してやってくれぬか。貴殿のような仁心を持つ御仁が捕方に捕まる仕儀になどなってもつまらぬゆえな」
「貴殿がさようにもうされるら、拙者は」
「貴殿らもそれでよろしいな?」
浪人に首肯し、源三郎は浅葱裏に順に視線を向けた。両者もそれぞれうなずく。
それを受けて浪人者は剣を引いて鞘に収めた。
「なんだなんだ、あの色男の武士が割り込んだとたんことが収まったぞ」
などと野次馬がどこか喧嘩が収まったことに不満をもらすのが聞こえるが、そんなこと気にも留めず源三郎はその場をあとにする。ただ、別方向だが自分と同じく遠ざかる浪人の姿を視野の端にとらえてなんとなく追っていた。
浪人者としては仕官を求めるならどこぞの家中の士と喧嘩になったなどという噂は歓迎できないだろう。また、家中の者と違い町人身分となり後ろ盾も存在しない立場だ、もし裁きを受けるとなれば不利なことは間違いない。
それでもあの御仁は迷うことなく飛び出していかれた――その事実が新鮮な印象で源三郎の心に焼き付いている。
「ったく、つまんねえなあ」
「よろこべ、市の字。じきにおおきな戦(いくさ)になるぞ」
不満をもらす市兵衛に、源三郎はまなじりを決して応じた。
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