第16話 死を賭した娯楽

 魔王城から神殿までは専用のワープポイントで繋がっており往来にさして時間はかからない。

 神殿に帰ったオレは最速で最短でまっすぐに一直線に寝室のベッドに潜り込む。


 目を瞑る。

 肉体という楔から解き放たれた魂がゆっくりと深く暗い闇に堕ちていく心地の良い感覚。

 至福の時間が経過していくにつれて徐々に思考する事すらもままならなくなる。

 そしてオレはそのまま深い眠りへと誘われていった。


 ▽ ▽ ▽


 無意識の領域からの帰還は突如訪れる。

 体の感覚が呼び戻され、反射的にその場で開眼する。


 ――気が付いたらオレは社会人時代のなじみの古本屋の前に立っていた。

 

 「……よし、ここに来る事には成功したか」

 

 この古本屋、繁華街のど真ん中にあったにも関わらず、客も大していなかったし立ち読みは特にお咎めなし。

 というかこの手の店では珍しく座り読み用の椅子が配置されていて、ギャンブルでスッた後の暇な休日に金を使わず過ごすには大変いいスポットであった。


 「いらっしゃーせー」

 

 出入り口前のレジからエプロンを着用したぽっちゃり男性店員が村人A並みのテンプレ挨拶でオレを出迎える。


 「……あ、どうも」


 そういや、なんで本屋の店員ってエプロンしてんだろうな?

 そんなどうでもいい事を考えながらオレは目当ての本のある本棚の前へと歩いていく。

 

 「うーん、ここに立ったのは一体何百回目だろうな」

 

 確か初めてここを訪れたのは多分転生陣の研究を進めていた頃だったっけ?

 オレはこの場所が夢の中だという事は気が付いている。

 多分明晰夢ってヤツさ。

 たしか一番最初も久しぶりにあの古本屋に行きたいと思ったのがここに来れるようになったきっかけだったし。

 

 それでこの不思議な本屋、元の世界で読めなかった漫画の続きが読めたりするのにすっかりハマっちゃって……と、いかんいかん今日は真面目な用があった。


 「そうそう、この前はこれを読んだから次はこれだな」

 

 そんな独り言を呟きながら一冊の極太の本を手に取って、近くにあった椅子にゆっくりと腰を下ろす。

 手にした本のタイトルはズバリ【ヒロム・カナメ第百十五ノ世界五千年紀】

 ちなみに世界の番号だけ違う本がズラッと何千何万とある、この棚の品揃え可笑し過ぎん?

 当然オレは自身の著書を出版した覚えはないし、第一値段や著者すら書かれてないこんな本が店に置いている訳ないだろ?


 肝心な本の内容はというと……オレの元の世界での職業が医者だったりヤクザだったりするし過去の記述も的外れでメチャクチャ。

 嘘八百でマジで下らん粗大ゴミの山なんだが、これらの書籍には一つ気になる共通点があった。

 その部分を探しながらペラペラとページをめくっていく。


 お、あった……例えばこれ。


 ・三十二歳を迎え誕生日ケーキを買おうとコンビニを目指す途中トラックとの正面衝突

 ・●●病院に搬送 『詳細は別紙参照』

 ・搬送先の病院で死亡

 ・再起動コード589

 ・座標第十五世界3499、59、9991 リスポーン

 ・魔王城、降臨の間にて直立


 「……やっぱりこの本も三十二歳丁度で異世界デビューしてんのかオレ」


 出鱈目な記述ばかりの奇書達だが大きな変化の起きた節目と思われる部分に関しては必ず、オレの辿っている人生と同じ内容になっていた。


 「でもまぁよく考えりゃオレの頭の中の出来事だから節目の過去を当てるのは容易いか」 


 冷静に考えればそうさ。

 ただ最初はそれに気が付けなかった、何が起こっていると夢の中なのに本気で疑問に思った。

 今思うと滑稽な話さ……結果としてそれが良かったのだ。

 この本に興味を持てたという事実がな。

 

 今回もまたここを訪れた最大の理由はそれだ。

 ここにある書物がオレの過去と現在……そして空白と黒塗りだらけのについて偶に加筆されている。

 

 自分自身の過去を当てるのは容易い。

 では未来は?当然無理……と、思うじゃん?

 なんとここに置いてある書物は過去同様に自分の中の重要な節目に限り、今の所的中率100%で推移している。

 

 「さてと」


 それを踏まえオレはこの本の巻末のページを開く。


 ・新神暦三千五百年元日

 ・六時起床、朝食ハムエッグ、パン ※変更の可能性38%

 ・散歩、雑談『詳細は別紙参照』


 ………… 


 ・エラー500

 ・昼食前@:名@@;」状qし;難きモ../ノに神殿内にて遭遇、即時戦闘 『経過は別;エラー500?紙参照』

 ・@@名;;l状gfし/?難\きモノに神裂核撃魔法を使用、直後●●●●●

 ・●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 ・絶命絶命絶命

 ・第十五ノ世界にて修復困難で致命的な神力異常が発生、世界の維持が困難。

 ・崩壊

 ・エラー404

 ・エラー404

 ・エラー404


 ……この本にこれ以上の記述は無い。

 

 「ふぅ」


 一息ついてから本を閉じる。

 やはり、か。

 巻末は以前に読んだ全ての書籍と大して変わってない。


 【ヒロム・カナメ第百十五ノ世界五千年紀】を本棚に戻す。

 そして隣に並べられた【ヒロム・カナメ第百十六ノ世界五千年紀】を手に取り巻末のページを開いた。


 「……あーあ、嫌になるぜ」

 

 ・@@名;;l状gfし/?難\きモノに神滅雷撃を使用、直後●●●●●

 ・●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 ・絶命絶命絶命

 ・第百十六ノ世界にて修復困難で致命的な神力異常が発生、世界の維持が困難。

 ・崩壊


 多少の経過の違いはあれど先程と同じくこの文言だけは最後のページにご丁寧に記述されていた。

 

 「百発百死とは恐れ入る……だがな裏を返せば死の瞬間を教えてくれるってのはメチャクチャデカい情報アドバンテージなのさ」

  

 ここにはオレが百死ぬ情報が記されている。

 だったら簡単な事、それらを分析してオレが死なない条件を割り出せばいい。


 「ある程度の検討はついているが気は抜かないぜ……なにせオレ様の命がかかってる」

 

 別にオレは夢の中の未来の話を真に受けている脳内お花畑野郎って訳じゃねぇ。

 結局三年後何も無かったです、チャンチャンって結果でもこの夢の通りに世界が崩壊したって結果でも正直そんなのどうでもいい。

 

 云うなればこれはゲーム。

 この地に来て数千年味わった虚無の渇きを癒す値する絶死という名の特大の理不尽。

 全てが上手くいく常勝無敗のこの世界ですっかり錆ついていた感覚。

 ゲーム攻略の為に必死に思考し足りない手札で最善を尽くして努力する【楽しい】と思えるこの感覚を今味わえている事に意義がある。


 運命上等。

 運命如きにこの世界の偉大なる絶対者、邪神のオレ様が殺せるなら殺してみやがれってんだ。

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