ディアボリック・デザイア・ディプラヴィティ ~邪神新生~

yyk

First fortune 「廻り始める運命」

第1話 プロローグ

 「……幸福とは何だろうか?」


 オレは漫画や小説、お菓子にジュースが散乱した自室のベッドの上でスマホを弄りながら一人呟いた。

 というのもたまたま閲覧していたネットニュースで有名な動画投稿者の女性が先日、突然の事故に遭い23歳という若さでこの世を去ったという事が報じられていたからだ。

 別にオレは彼女のファンという訳ではないのだが、生前の資産総額や恋人の存在等がセンセーショナルに報道されているのを見ると何とも言えない気持ちになる。

 どんなに地位や名声、富を積み重ねていても事故というたった一度きりの不運で全てが無に帰し、個人情報をバラまかれても文句を言う事すら出来ない……果たして彼女の人生は幸せだったと言えるのかと?


 ――ピコンッ!


 『はい、お答えします』

 「え?……あぁ。なんだANAか」

 オレの独り言に割り込む声がスマホから聞こえてくるが、声の主には心当たりがあったのでそこまでビックリする事は無かった。

 声の主はスマホの音声認識会話システムAIのANAであった。

 『幸福とは恵まれた状態にあって、満足に楽しく感ずることです』

 ANAはさっきのオレの独り言に反応し、ある意味聞きなれた抑揚のない棒読みで幸福についての意味を教えてくれた。


 「ふーん。まっ、それは違うと思うがな。世界には恵まれてなくても幸せな人間はいるし、逆にどんなにいい家柄の生まれの人間でも現状に不満を持つ者もいる」


 勝手に起動したANAの機能をオフに切り替えながらオレは幸福について自身の考えを誰に言う訳でもなく静かに語った。


 『……では、お前はどうなのだ?お前は幸福であるのか?』

 「……は?」


 アレ?おかしいな、確かに音声認識はオフにした筈だぞ。

 それになんだか口調がおかしい……スマホのアップデートでANAに中途半端な会話システムでもブチ込まれたのだろうか。

 このスマホ会社は要らんアップデートを強行する事で有名だもんな。


 『おい、答えよ!この妾が問うておるのだぞ』

 

 いや、いきなりそんなキレんで下さいよ。

 しかしこのアップデート嫌いじゃないぞ、どうせ暇だしもう少しだけANAと会話してやろうか。


 「ふんっ、オレが幸福な訳あるかよ。せっかくの休日なのに午前の時点でパチンコで大敗し、やる事ないから部屋でスマホ弄ってる様な男だぞ?」

 さぁANAどう返す?オレを楽しませてみろ。


 『ふむ、そうであろう。お前は理想と現実があまりに乖離したこの世界に絶望し続けている……こことは違う異なる世界で、やり直したい、何か大きなことを成してみたい。そういう考えを持っておるのだろう?』

 「おおぅ……AIらしいチグハグで突拍子もなく、無理矢理紡ぎ出したみたいな言葉だな。だが中々面白いアプデじゃん」

 これは予想以上だ。

 恐らくオレのスマホ内の検索履歴や電子書籍なんかのデータを参照し異世界転生系の物語が好きだと理解してANAの口調、振舞もそれらしいものになっているのだろう。

 

 『いずれにせよお前は絶対者の天啓を受けた。残念ながら拒否は出来ぬし避けられぬ運命なのだ』

 「なんだそりゃ、新手の詐欺かよ。やり直したい?そんなもん無理無理。そういうのはゲームや小説で間に合ってますから」

 ふむ、所詮はAIだな。

 ああいう御伽噺ファンタジー現実リアルじゃなくて頭の中で楽しむから面白いのであってだな。

 実際にモンスターと戦って痛い思いとかしたくないし、それ以前に現実で転生したいだなんて……そんな思考回路を持っている奴は確実にヤバイ奴だ。

 

 『ええい!グダグダとうるさい!お前は今年で32じゃぞ。どうせこのまま生きていてもいい事なんて一つもない、禿は進行するし一生チェリーのままだし借金で生活は苦しくなる。だから黙って妾の言う事を聞いておけばよいのだ。早くやり直したいと宣言せんか!』

 「グハッ!お前、触れてはならない所を次々と……クソッ、底辺=転生の成り上がりものから学んだのか?」

 AIがデータを解析して会話に組み込んでくるのは予想以上にタチが悪いな……適切にオレの気にしている底辺ポイントを突いてきやがった。


 『それで早く宣言しろ人の子よ、妾が顕現できる時間は残り少ない。どうなっても責任は取れんぞ』

 「あーはいはい、じゃあ転生させてくれや。言っとくが勇者なんてめんどくさそうなのは御免被るぜ。だから、そうだな……オレを神にしてく~ださいよっと」

 まぁ中々面白いポンコツAIだったな、でも飽きてきたし適当にそれっぽい所で会話を終わらすか。


 『ほう、神とな。う、う~む』

 「あん?何だって」

 

 先程まで流れる様に会話していたANAはそこから突然沈黙した。

 それはまるで回答に詰まった本物の人間と話しているかの様な、少し気味の悪さを覚える感覚にオレを陥らせる。


 『……まぁよかろう。それも一興、それでは【扉】の先へ進むのだ』

 「あ?扉?…………ヘイANA~お~い!」


 ――5分が経過した。

 その間に何度かANAに話しかけてみたがANAはあれ以来一言も喋り出す事はなかった。

 

 あまりに横柄な態度に苦情でも入って一時機能停止でもしているのかもしれないな。

 AIとの下らん会話で喉が渇いたしお茶でも取りに行くか。

 そうしてオレはキッチンにある冷蔵庫へと向かう為部屋の【ドア】を開いた。


 ▽ ▽ ▽


 ドアを開くと同時に廊下の先から鼓膜が破れるかと思う程の地鳴りを伴った爆音が突如耳を貫いたためオレは反射的に手で耳を塞ぎ目を瞑った。


 「うおっ!うるさッ!」

 音の正体は人の声?

 多分拡声器でも使って大勢の人間が騒ぎ立てている感じだ。

 白昼堂々閑静な住宅街でこんな大音量で騒ぐ奴は珍走団か選挙カー、若しくは何かのデモ隊位か?

 まったく、わざわざ休日にクッソ迷惑な奴らだ。


 しばらくして音が鳴りやんだのを確認してからゆっくりと耳から手を下げ、目を開けて廊下に視線を移す。

 「は?」

 広がっていた光景はオレのよく知る狭いフローリングの廊下ではなかった。 

 

 黒い大理石で構成された大きなライブ会場位の空間。

 全体的に光量の足りない薄暗いこの空間だが天井に設置された贅を尽くしたかのような巨大なシャンデリアのお陰である程度の明るさが確保されていた。

 壁面には不気味な悪魔を思わせる彫刻や威圧感のある黒い甲冑のモニュメント、幟がズラリと並べられており、さしずめ魔王の玉座という雰囲気の場所であった。


 オレの6畳しかない部屋の先がそんな不思議空間の全体を見下ろせる小高い位置に繋がっているのだから驚かない訳がない。

 しかしオレが最も衝撃を受けたのはこの空間ではなく、もっと別のモノだった。


 オレが見下す形で視界に入ったそれらは跪いてこちらを真っ直ぐに見つめる一万を優に超える視線。

 

 それらは全て普通の人間ではなかった。

 翼を生やした者に角が生えた者、山の様な巨体を持つ者に骨だけの者、体色が青い者に緑の者までいる……言い出したらキリがない異形の集団がそこに集結していた。

 

 カタギの人間が絶対に絶対に踏み入れてはならない場所に間違えて迷い込んでしまったバツの悪さがある。

 今のオレは空腹のライオンの群れに突如投げ出された一羽の鶏の気分だ。


 「……これ、オレ死んだわ」

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