第4話 ランチタイムに情報収集

「何系が好き? エスニック? イタリアン? 中華? カレー? 喫茶店? あ、エスニックとカレーを分けたのは欧風カレーと区別しているのもあるし、この辺カレーの激戦区なんだよね。ラーメンって手もあるけど、鹿ノ子ちゃんの出身大学のあたりって確かラーメン激戦区っしょ? あ、あの辺エスニックも多かったか。せっかく神保町に来たんだしやっぱり喫茶店かなあ、量は食べる方? ガッツリ食べられるならおすすめの喫茶店があるけど、あ~でもこの時間帯からだと並ぶかな~。ってごめんまた話し過ぎてるねアタシ。今は比較的余裕があるけど、いつもはデスク飯だから、浮かれちゃってさー」


 エレベータホールに来て、他の人たちが十二時と同時に立ち上がって出ていった理由が分かる。エレベータ待ちの列ができているのだ。

 エレベーターを待つ間、高野先輩のおしゃべりは止まらなかった。

 

「なんでも大丈夫です! ただ私、食べるのが遅いので、早く入れるお店の方が嬉しいかもしれないです」


「オッケーオッケー! じゃあシンガポール鶏飯けいはんいくかー! 二人ならカウンターでさっと入れるし、」


 と行き先が決まった所で、やっとエレベータに乗り込む順番になった。

 ぎゅうぎゅうのエレベータ内で、行き場のない腕を組むと、まだ鳥肌が残っている。

 じりじりと下がっていく階数表示の数字を眺めていると、頭のなかに小説の刺激的な場面がよみがえってくる。

 一枚目にちらりと目を通しただけなのに、頭のなかに台詞が聴こえてくるような、迫真の場面描写だった。

 それだけに私の嫌悪感もマシマシなのだが……。


 全階に停まったエレベータが一階ホールに降りるまで、私は満員の機内でぞわぞわし続けていた。

 隣の高野先輩に肘をそっとつつかれてハッとわれに返る。先輩の方に首を回すと、私より少し身長の低い先輩が心配げに見上げていた。

 曖昧に笑って会釈をしてみたけれど、恐らく、大丈夫そうには見えなかっただろう。


 

 

 「カンパーイ!」


 と昼時のシンガポール鶏飯店に、ことさら明るい高野先輩の声が響いた。

 カウンター上に置かれたポットからお互い手酌で汲んだジャスミンティーを入れたプラスチックコップを合わせても、当然、快音は響かなかった。

 目の前には注文して即届いたシンガポール鶏飯。サラダとスープのセット。

 高すぎず、並ばず、料理の提供も早く、一人でも入りやすそうな気軽なお店。スプーンでチキンとジャスミンライスをすくって口に入れると、味も悪くない。というか、美味しい。

 紹介してもらって素直に助かるお店だ。

 そんなことを考えながら、鶏飯を口につめこむ私を見て、高野先輩がへらっと笑った。

 

「……良かった。ちょっと顔色良くなったね」

 

「顔色ですか?」


「さっきまでさ、死にそうな顔してたから」


 そこで言葉を区切った高野先輩は、私の目をじっと見つめた。


「すみません、テンション低かったですよね! ご心配おかけしちゃって」


「謝らないで! ていうか謝らないといけないのはアタシの方だよ。あれ、読んじゃったんでしょ、田原小鳩の原稿。ごめん! 私があの場で回収しておいたら良かったんだよ。もう本っ当にごめん」


 先輩が両手を合わせて拝むようにするので、私は慌ててスプーンを置いて両手を振った。


「全然、先輩のせいなんかじゃないです! 処分しろって言われたのに、読もうとしたのは私なので」


「でもそれって、私がちゃんと説明しないから気になっちゃったんでしょ?」


「というよりですね、応募原稿に目を通さないままで、そのまま処分するっていうことがどうしても出来なくて。応募原稿って、一人一人の投稿者さんの想いとか人生とか、あらゆるものが詰まっているじゃないですか。私はまだ半人前以下の編集部員ですけど、『リリン』に送って頂いた原稿を、せめて私だけでも読もうと思って……」


 私の言葉に、高野先輩が眉を下げて、ジャスミンティーを一口飲んだ。

 それから言葉を選ぶみたいにして、ゆっくり話しはじめた。


「そうだよね。通常の原稿だったら、絶対そんなことはしないの。あのね、言い訳させてもらうとね、田原小鳩はもう五年間、年に三回の短編賞に必ず送ってくるの。長編賞はまだ送ってきたことはないけどね。それで、その内容が全部その……アレなの。いわゆる官能小説の部類なの」


 五年間!?

 

「っぐえ、っへ!」

 

 思わず上げそうになった声を飲み込んだら、むせてしまった。

 先輩が背中をさすってくれるその間も、私の頭は混乱し続けている。

 えっちな小説を少女雑誌に送り続けて、五年間……?

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