第52話 新宿ダンジョン⑥
イワナガヒメは空中でスーッとゆっくり横に移動し始めた。
攻撃が来る。
そう思った俺は、咄嗟に、後方へと下がった。イワナガヒメのねじれ攻撃を回避するためだ。
ところが、
「読みが甘いのう」
イワナガヒメの声が、背後から聞こえてきた。
背中に、トンと指を当てられる感触。
バカだった。時を止めている間、イワナガヒメは自在に動ける。俺がどのように回避しようと関係ない。ただ固まっている俺に近付き、指を当てればいいだけだ。
殺される――そう覚悟した瞬間、横からドドドドド! と激しい銃撃音が聞こえてきた。
「ぬ⁉」
イワナガヒメはすかさず俺から離れる。俺の背後を、無数の銃弾が通過していった。
「何者じゃ!」
とどめを刺すところを邪魔された怒りからか、イワナガヒメは憎々しげに乱入者へ向かって問いかけた。
「私は御刀アナスタシアよ! 覚悟しなさい! 蜂の巣にしてやるから!」
ナーシャ⁉
どうして、ここにナーシャが⁉
ツインタワーを背後から奇襲するはずじゃなかったのか⁉
「ほら、ボサッとすんな!」
ナーシャだけじゃない。シュリさんもいる。
さらに、四方から爆発が起きた。見れば、俺に向かって迫ってきていたサイクロプスの軍団が、頭を吹き飛ばされて、グラリと倒れている。
「説明は後です。今は、イワナガヒメ攻略を優先しましょう」
チハヤさんだ。マインスロアーで邪魔なモンスター達を倒してくれたのだ。
しかし、ダンジョン探索局の人達まで、なぜここに?
俺とハーキュレス部隊が、正面からの陽動と見せかけて、一気に敵の喉元まで食らいつき、ツインタワーに攻め込む。そこで敵が、本命はこっちか! と思って正面に戦力を注ぎ込み始めたところで、背後からナーシャ達が挟撃する、という作戦だった。
もちろん、ハーキュレス部隊が全滅したこともあり、この作戦はほぼ実行不能となっていた。だから、ナーシャ達の救援は非常にありがたいものがある。
でも、なんで?
「しっかりしてよ。あなたの配信を見ていたからに決まっているでしょ」
ナーシャは俺の隣に駆け寄ってくると、ガトリングガンをイワナガヒメへと向けた。
「俺の配信……⁉ そういうことか!」
「あなたがしつこく配信を続けてくれていたお陰で、現在位置がどこかわかったわ。それで、ピンチだと思って、助けに来たわけ」
「だけど、作戦は」
「もう、こうなったら、当初の作戦通りには行かないわよ。プランB」
「プランB?」
「今作ったプラン。『とにかくぶっ倒す』」
そう言うやいなや、ナーシャはガトリングガンによる掃射を開始した。イワナガヒメは、連続して時を止めることは出来ないのだろう。ある程度インターバルは必要なようだ。空中へ飛んで、銃弾の嵐を避けている。
「小賢しい攻撃をしおって! まずはうぬから葬ってくれるわ!」
イワナガヒメは怒りの声を上げた後、一旦地面に下り立ち、小石を拾った。
そして、また空中へと飛び上がると、投擲の姿勢を見せる。
「ナーシャ、一度攻撃をやめろ! あの石に当たると、ねじ切られるぞ! 避けないと!」
「大丈夫よ」
平然とした様子で、ナーシャは銃撃を続ける。
「あいつらがいるもの」
その言葉と同時に、シュリさんが駆け出した。そして、彼女がパッと手を開くと、紫色に輝く、六角形の光の足場が空中に出現した。シュリさんは次々と階段状に足場を作っていき、それらに飛び移っていって、飛行しているイワナガヒメへと迫っていく。
「オラオラ! ぶった切ってやるぜ!」
「ええい、鬱陶しい!」
イワナガヒメはシュリさんのほうを向くと、手に持つ小石を投げ飛ばした。
あの小石に当たったら、シュリさんがねじ切られてしまう――!
だけど、そうはならなかった。
シュリさんは自分の前に、六角形の紫色のバリアを張り、飛んできた小石を弾き返したのだ。
「すげえ……!」
あの六角形の光を操るのが、きっとシュリさんのスキルなんだろう。すごくシンプルだけど、応用の利く、良スキルだ。
そこへ、チハヤさんが追撃を仕掛ける。爆弾を射出するマインスロアーで、イワナガヒメのことを狙い撃ちにする。イワナガヒメは飛び回って回避していたが、やがて、ビルの外壁まで追い込まれてしまった。
「おのれ、生意気な奴らじゃ!」
イワナガヒメの両目が妖しく光った。
来る。
また、時を止めるつもりだ。
ところが、時は止まらなかった。
どこか遠くからターン! と銃声が聞こえたと思った瞬間、イワナガヒメの額に、穴が空いた。
「え……?」
自分が頭を撃たれたと、信じていない様子で、イワナガヒメは呆然とした表情を浮かべたまま、ガクリと力を失い、空中から落下する。
今の狙撃は、レミさんか!
彼女は江ノ島で初めて会った時、スナイパーライフルを持っていた。遠距離からの狙撃が得意に違いない。
とにかく、ダンジョン対策局の三人は、尋常ではない強さを持っている。あのイワナガヒメを、あっという間に倒してしまった。
いや、だけど、まだだ。
「油断しないで! イワナガヒメは不老長寿の女神です! こんな程度の攻撃じゃあ、死なないかもしれない!」
俺が注意を促すのと、地面に倒れていたイワナガヒメが身を起こすのは、ほぼ同時だった。
頭を撃ち抜かれても死ぬことなく――いつの間にか額に空いた穴も塞がっており――イワナガヒメは宙に浮かびながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
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