第48話 新宿ダンジョン②
「駆け抜けるのじゃ! あれを相手にしていたら、銃弾がいくらあっても足りぬ!」
稲妻爺さんの号令に合わせて、全員陣形を解き、走り出した。
俺はほんの一瞬出遅れた。その間に、ハーキュレス部隊はあっという間にサイクロプスの足元を通過し、相手の裏側に回り込んでいる。
サイクロプスは三体。
みんな、一つ目で、俺のほうを見つめてきている。
「やべ、ターゲット集中かよ!」
俺が走り出すのと、サイクロプスの一体が拳を振り上げるのは、ほぼ同時だった。
ゴウ! と風を巻き、巨人の拳が迫ってくる。
あんなのにぶん殴られたら、ひとたまりもない。
かと言って、こんな場所で無駄にスキルを使うわけにもいかない。
「うおおおお!」
俺はスライディングした。
頭上を、巨大な拳がゴオンと過ぎ去ってゆく。
すぐに立ち上がり、サイクロプスの足元、股の下を通過する。
グオオオオオン!
凄まじい雄叫びを上げて、サイクロプスは振り返りざまに、地面へと叩きつける渾身のパンチを放ってきた。
間一髪、相手のパンチは俺には届かず、無駄にアスファルトを破壊し、大きな穴を開けるだけにとどまった。
三体のサイクロプスが、向き直り、俺のことを追いかけてくる。
「走れ! 気合を入れて走れ!」
稲妻爺さんのかけ声に応えて、後で筋肉痛になろうと知ったことか、とばかりに、俺は全力で両手両足を振って駆けてゆく。
ハーキュレス部隊は遙か前方のほうで、すでに次のモンスター達と遭遇し、戦いを繰り広げている。
俺だけが遅れていて、足手まといだ。
サイクロプスは一歩が大きい。あっという間に、俺のすぐ後ろまで迫ってきた。
しかし、ここで俺が倒れるわけにはいかない。この作戦の要は俺だ。俺なんだ。
「わあああ!」
俺は振り返りざまに、日本刀――TAKUさんの形見――を抜いて、斜めに斬り上げた。せめて、サイクロプスの足に何かしらのダメージを与えられれば、と思ってのことだった。
その瞬間、信じがたいことが起きた。
ワンテンポ遅れて、目の前のアスファルトがグニャリと変形したかと思うと、鋭い刃となって、俺が放った斬撃と同じように、斜め上へと一瞬にして駆け抜けた。ちょうどその刃の進路上にサイクロプスは重なり、ザグン! と鈍い音を立てて肉が斬り裂かれた。
ギュエエエエ! と絶叫を上げ、血を噴き出しながら、サイクロプスは仰向けに倒れる。その転倒に巻き込まれて、他二体のサイクロプスも転んでしまった。
「え⁉ 嘘だろ、おい⁉」
俺はただ、日本刀を振っただけだ。
それなのに「ダンジョンクリエイト」の力が発動した。
「早くこっちへ来るのじゃ!」
稲妻爺さんに呼ばれて、我に返った俺は、急いでハーキュレス部隊のところへと追いついた。
すでにモンスターは殲滅済みで、あちこちにキメラの死骸が転がっている。
「今の技は何じゃ⁉ すごいことをしたのう!」
「いや……俺もよくわかんないんです。無我夢中でやったら、使えたんで……」
「ともかく、わしらはわしらで生き延びることに専念しておる。自分の身は自分で守れ。よいな?」
「はい、自分で何とかします」
そこからは、サイクロプスのような大物が現れることはなく、進撃は順調に行った。
「今回のミッションは、だいぶ楽勝ですね、隊長」
スキンヘッドで、十字架のネックレスを首から提げている隊員が、軽口を叩いてきた。
「じゃが、銃弾にも限りがある。このペースで進んでおっては、肝心のところで弾切れを起こしてしまう。出来ることなら戦闘を回避したいところじゃ」
「ははは、大丈夫ですよ。いざとなれば、白兵戦で相手しますから」
そう言って、スキンヘッドの隊員は、自分の腰からコンバットナイフを抜いて披露した。
直後――
ブチュン! と音を立てて、スキンヘッドの隊員の首がねじ切れた。
力を失った隊員の骸が崩れ落ちるのと同時に、ハーキュレス部隊は前方上空に浮かんでいる敵へ向かって、武器を構えた。
「嘘だろ、おい」
まさかここで登場するとは思ってもいなかった。
イワナガヒメ。
この新宿ダンジョンにおけるボスの一人。ゲンノウ以上の難敵。いまだに、その力の全容は判明していない。
「ほほほほほ、わらわの姿を見て、驚いているようじゃな」
イワナガヒメは高笑いしながら、冷たい眼差しで俺達のことを見下ろしてきた。人間の命なんてゴミ以下と言わんばかりの目つきだ。
「出たな! しかし、ここで戦えるのであれば、話は早い! 早々に決着をつけようではないか!」
まずい。稲妻爺さん、部下を殺されて、頭に血が上っている。
俺は周囲を見回した。移動ルートは頭に叩き込んでいるけど、新宿の街並みの様子が激変しているせいで、現在位置がどこなのかわからない。
ようやく、俺は、目当てのものを発見した。
丸く隆起した地面に飲み込まれているが、かろうじて文字は読める。「四谷三丁目」の文字。それは、かつてここが交差点だった証。
つまり、この近くに、目的地はある。
「稲妻爺さん! 四谷三丁目! 三丁目だよ!」
俺の言葉を受けて、稲妻爺さんは我に返ったようだった。
「なるほど! 三丁目に着いたか!」
さあ、ここからが本当の意味での作戦開始だ。
その前に、イワナガヒメをどうやってやり過ごすのか。その問題が残っていた。
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