第32話 青木ヶ原樹海ダンジョン④
「そ、そんな、あの人達は、登録者数50万超えのDライバー、
「言われて思いだした……! そうか、あの母神三姉妹か!」
全てを筋肉で粉砕するタンクトップ・マッスル・レディ、長女の母神ガイア。
機動力で相手を翻弄するスピード・スター、次女の母神レアー。
見た目に似合わず頭脳戦で翻弄するロリータ・ナース、三女の母神キュベレイ。
もちろん、全員本名ではなく、ハンドルネームだ。ローマの女神から名前を取った、と聞いている。
三人揃っての連携攻撃を得意とする、ことだけは知っている。だから、一人一人の戦闘力についてはわかっていない。
少なくとも、今は、次女のレアーだけが、俺達に向かって突っ込んできている。他の二人は動こうともしない。一人でも戦えるという、相当な自信があるということだ。
「来るな! 来たら、吹っ飛ばすぞ!」
俺は警告を発し、地面に手を当てた。
だけど、レアーは警告にも構わず、まっすぐに突進してくる。
「じゃあ、手加減しないぞ!」
念を飛ばし、壁を変形させて、横から岩の柱を突き出させる。その柱は確かにまっすぐレアーの体を捉えていて、さっきの敵と同様に吹っ飛ばせるはずだった。
ところが、
「
柱が当たるかと思った瞬間、レアーの姿は掻き消えた。
その直後、俺の体に激しい衝撃が走った。スピードを上げたレアーのタックルが、真正面から炸裂したのだ。
俺は弾き飛ばされ、洞穴の岩肌に激突した。背中を強打し、息が止まる。
(まずい……!)
壁際に追い込まれた。
そこへ、さらにワンステップで間合いを詰めてきたレアーが、蹴りを放ってきた。ズドン! と腹に蹴り足を叩き込まれる。意識が飛びそうになるほどの激痛。
(やばい……マジで、殺される……!)
身をかがめた俺に対して、レアーは追撃を仕掛けようとしている。もはやここまでか、と思ったところで、
「や、やめてください!」
リコさんが叫んだ。
「あんだぁ?」
レアーは首を傾けながら、後ろを振り返った。
ガタガタと震えながらも、リコさんは懸命に胸を張って立ち、レアーと対峙する。
「ど、どうして、こんなことするんですか! 同じDライバーではないですか! これ以上、酷いことをしないでください!」
「あんたさぁ、本気で言ってんのか? それ」
呆れたようにレアーは肩をすくめた。
「こいつの持つスキルのことを知っても、そんなぬるい言葉が吐けるかな?」
「な、なんですか、そのスキルって」
「ダンジョンクリエイト」
ドキン。驚きと恐怖で、俺の心臓が嫌な音を響かせた。
「ダンジョンを自在に作り変えることが出来る能力だ。これってよぉ、巷で噂されている、ダンジョンを生み出したっていうダンジョンマスター……その疑いがあるよなぁ」
「う、疑いがあるだけで、そうと決まったわけではないでしょう」
「疑わしきは殺せ。それがアタイら三姉妹の考えさぁ。だからこそ、ここまで生きてこられたし、ここまで視聴者数を増やすことが出来た」
視聴者。
そうだ、視聴者だ。
今もなお、俺達の配信カメラは生きている。母神三姉妹の配信にも映っているだろう。
つまり、大勢の視聴者に、俺のスキルの正体を知られてしまった、ということだ。
絶望で頭の中が真っ白になる。
「ダンジョンを作り出した悪しき存在、それをぶっ殺したとなれば、アタイらは英雄さ! どーよ、あんたも手伝わねーか?」
「わ、私は……」
リコさんはオロオロしながら、俺と、レアー、それぞれを見比べている。しばし迷っている様子だったが、やがて、決断を下した。
「私は、手伝いません!」
「それは、アタイらの邪魔をする、ってか?」
「よ、よくわかりませんが、あなた達が合っているとは思えないからです」
「邪魔するのか、しないのか、ってのを聞いているんだよ」
「もしも、カンナさんを殺すというのならば、私は止めに入ります」
「よし、じゃあ、あんたも敵だ」
レアーは、他の二人のほうを向いて、頷いた。
母神ガイアと、母神キュベレイも、動き始めた。いよいよ全員で一丸になって攻撃を仕掛けてくるつもりだ。
「リコさん……逃げろ……!」
腹がズキズキと痛むのを耐えながら、俺はリコさんに呼びかけた。
だが、リコさんはかぶりを振った。
「いやです。私は、どんな理由があっても、人が人を殺すことに、正当性があるとは思えません」
「だけど……!」
「それに、私のスキル、ちょっと強いんですよ」
ふんわりと、柔らかな微笑みを浮かべた後、
「
リコさんは、両手を胸の前で組んで、何かに祈るようなポーズを取り、自分のスキル名を言葉にした。
……だけど、何も起きない。
「な、なんだぁ?」
拍子抜けした様子で、レアーはキョロキョロと周りを見ている。
ガイアとキュベレイも、警戒して、歩みを止めていたが、何も変化が無いと見ると、苦笑しながら、再び歩を進め始めた。
「お、おい、どういうことだよ……! どんなスキルなんだよ……!」
「すぐにわかります」
「え……?」
「ですが、すみません。私のスキルは、コントロールが難しいんです」
リコさんは目を伏せた。
その時、突然、俺の視界がグニャリと歪み始めた。腹を蹴られた痛みのせいか、と思ったけど、どうも違う。体の内奥から、気持ちの悪さがせり上がってきている。
「う……!」
たまらず、俺は胃の中身をぶちまけてしまった。
ゲホッ、ゲホッ、と咳き込むと、岩肌に、真っ赤なものが付着した。
血だ。
ギョッとして、リコさんのほうを見ると、異変はまさかの母神三姉妹にも訪れていた。
「がはっ……! て、てめえ、な、なにしやがった……!」
俺と同じように、血反吐を吐きながら、レアーは怒りの声をぶつけてくる。
ガイアとキュベレイも、膝をついて嘔吐しており、とても動けるような状態ではない。
「これが、私のスキル『
その能力については、次のリコさんの言葉が答えとなっていた。
「彼岸花には、毒があるんですよ」
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