第21話 江ノ島ダンジョン⑤

《:ひえ、ホラー》


《:今の悲鳴、悪戯とかじゃなくて、ガチだよな》


《:こんなダンジョンの中で悪戯する奴がいるかよ》


《:ほら、迷惑系Dライバーがいるし》


《:あーその可能性》


 ナーシャの配信機から流れてくるコメント音声を聞いて、シュリさんはチッと舌打ちをした。


「おめー、その鬱陶しい読み上げ機能、なんとかならねーのかよ。耳障りでしゃーねー」

「何言ってるのよ。コメントはライブ配信の醍醐味でしょ。誰のも聞き逃したくないの」

「サービス精神旺盛なのはけっこうだけどよ、いつか死ぬぜ? そんな悠長なことしてたら」


 肩をすくめながら、シュリさんはスタスタと先へ歩いていく。


 その背中に向かって、ナーシャは「んべ!」と舌を出した。


 狭く入り組んだ洞穴の中を、悲鳴が聞こえた方に向かって、ひたすら突き進んでいくと、やがて、澄んだ青色をたたえる地底湖が目の前に現れた。


 飛び石のように、湖の各所に岩場が点在している。


 その中でも、湖のど真ん中にある、特に大きな岩場の上に、複数の人影が見える。


「え? なになに、あれ?」


 レミさんが目を丸くして、岩場の上に仁王立ちしている巨漢を指さした。


 漆黒の僧侶。どす黒い法衣を着て、錫杖を片手に立つ、その姿は、紛れもなくお坊さんだ。虎髭というのだろうか、立派な口髭を生やしており、まさに古の豪傑。


 その片方の手には、小太りの男が、首根っこを掴まれてぶら下がっている。


 僧侶の背後にはドローン型撮影機が飛んでいる。間違いない、あの坊さんもまた、Dライバー。そして、おそらく小太りの男もまた同じだろう。


 さらには、岩場の上に、二人の男達が倒れ伏している。ピクリとも動かない。生きているのか、死んでいるのか、この離れた距離からではわからない。


「そこまでです! やめなさい!」


 チハヤさんの武器は、ランチャー型の銃だ。しかし、ただのランチャーではない。新宿で巨大ミノタウロスを倒したように、時限式の爆薬を撃ち出す、いわゆるマインスロアーと呼ばれるタイプの武器だ。


 そんな物騒なものの銃口を、僧侶に向けて、チハヤさんは警告を放つ。


「その人を放すんです! 今すぐ!」


 僧侶は、どんぐり眼をギョロリと向けて、フンッと鼻を鳴らした。


「そいつぁ、聞けねえなあ」

「な、なんですって」

「俺様は、世直しDライバーだからな。こういう迷惑系Dライバーどもを見ると、お仕置きしたくなってくるんだよ。で、今はお仕置き中ってわけだ。邪魔しねえでもらいてえな」

「よ、世直しDライバー⁉」


 チハヤさんは、知っているのか、知らないのか、裏返った声を上げた。


 俺はよく知っている。


 最近流行りのDライバーだ。世直しユーチューバーなんてものも流行っているけれど、それのダンジョン版。けっこう過激な連中で、ダンジョンの資源を乱獲する探索者やDライバーを見つけては、実力行使でその行為を止めさせて、「今日もダンジョンの平和を守ったぞ!」とドヤ顔かましたりと、なかなかのクレイジーっぷりを発揮している。


 あの僧侶もまた、世直しDライバーだというのだ。


「このガキどもが何をしたか、知っているか? 橋を落としたんだぞ、橋を。おまけに、この美しい鍾乳洞を破壊して回っていた。そのような振る舞いが許されようか。いや、許されん! 仏が許しても、俺が許さん!」


 ポカーン……と俺達はしばらく何も言えなくなっていた。


 なんだか、色々とぶっ飛んでいる坊さんである。


「知らないの? そういうの、私刑リンチっていうんだよ。違法なんだよ」


 ナーシャが極めて常識的な言葉をぶつけたが、そんな程度では、あの僧侶は止まらない。


「俺が法だ!」


 とうとう、一線越えたことを口走った。


 はああ……と横でシュリさんが盛大にため息をつく。


「勘弁してくれよ、迷惑系Dライバー相手だったら、ちょっと脅せばすぐ収まる話だったのによぉ。まさか、あんな特大級の馬鹿が、ダンジョンに潜ってるなんてな」

「ですが、見過ごすわけにはいきません。彼がやっていることはただの暴力行為。犯罪です」

「課長さぁ、わかってんの? アタシらは公務員だけど、逮捕権も何も持ってないんだぜ。あいつを制圧したら、それこそ法令違反だ」

「身の危険が迫っていたから、無力化する。これすなわち、正当防衛です」

「へっ! そういう考え方、嫌いじゃないぜ」


 一連のやり取りの後、ダンジョン探索局の三人は、トントーンと軽やかに岩場を飛び移っていき、僧侶が待ち構えている岩場へと飛び込んだ。


「名前を聞かせてもらいましょうか」

「俺様は蛇和尚じゃおしょうで活動している」

「いえ、ハンドルネームではなく、本名を教えてください」

「なぜだッ」

「あとで書類を作る時に、手間が省けるからです」

「ふんッ! やるというのか! 小娘どもが!」


 蛇和尚は、吊り上げていた迷惑系Dライバーをポイッと岩場の上に放り捨てると、錫杖を構えて、コオオオオと呼吸を練り始めた。


 それとともに、ダンジョン探索局の三人も、それぞれ武器を構える。


 まさに一触即発の状態だ。


 俺とナーシャは顔を見合わせた。このまま配信を続けて、あの四人の戦いを流すのも悪くないだろう。


 だけど、本当にそれでいいのだろうか。


 スマホの配信画面を見ると、キリク氏がコメントをくれている。


《キリク:行かないのか? マイヒーロー》


 他のDライバーとの決闘は御法度。その理由は実にシンプルで、単純に傷害罪とかが成立してしまうからである。ゆえに、今一番賢い選択肢は、俺もナーシャも何もしない、というものだ。


 でも、そんな振る舞いを、俺達の視聴者は許してくれるだろうか。


《:ナーシャたん、無理しなくていいよ》


《:そーそー、あいつらに任せて》


《:触らぬ神に祟りなし! ってね!》


 あ、いや、ナーシャの視聴者は、けっこう甘やかしてくるほうだった。忘れていた。


「冗談じゃないわ。あんな暴力的なDライバーがのさばっているのを、黙って見ていられるわけないでしょ」


 ん? おや? ナーシャさん?


「私も戦うわ! あいつにギャフンと言わせてやる!」


 想定外なほどに、義憤を燃やしたナーシャは、俺が止める間もなく、岩場を飛び移り始めた。


「こうなったら、俺も行くか……!」


 覚悟を決めて進もうとした、その瞬間、


「わっ⁉」


 地底湖の中を何となく覗きこんだ俺は、ギョッとして、前へ進めなくなった。


 水中から、無数の目が、こちらを見つめている。


 モンスターの群れが、現れたのだ。

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