関脇、石焼芋

第1話

「ひがあああしいいい、つるぎいいいだけえええ。にいいいしいいい、

いぃしやぁぁぁきいもぉぉぉ～」

　西暦２０ＸＸ年、大相撲秋場所千秋楽これより三役結び二つ前の一番。

　呼出から独特の節回しで四股名を呼び上げられると、東小結でこれまで十勝四敗の剣嶽と、

東関脇で十三勝一敗の石焼芋が二字口から堂々と土俵に上がった。

　アハハハハッ！

　そして観客から笑い声が。あの移動販売車の言い回しとよく似ていて可笑しかったのだ。

　パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ！

「石焼芋頑張れーっ！」「勝って優勝だ！　大関だ！」

　拍手喝采も起きる。

　両者向かい合って一礼し、仕切りを繰り返す。

　応援の声が目立つ石焼芋というとてもユニークな四股名の力士、サツマイモの産地、

鹿児島県出身で本名の名字が芋川で、石焼き芋が大好物だからという理由で、

所属部屋の親方はこの四股名を付けたそうだ。

　入門以来、ずっとその四股名のままである。

　愛嬌のある顔つきと、ふくよかな体格、心優しい性格から老若男女問わず角界で

一二を争うほどの大人気なのだ。

　制限時間いっぱい。

「待ったなし、手を下ろして」

　行司からこう告げられると両者、ゆっくりと腰を下ろし蹲踞姿勢を取

った後、仕切り線に両拳を付ける。

「はっけよぉい、のこった！」

　軍配が返され、いよいよ立合い。

　その約五秒後、

「すっごぉい！」

「やるやん石焼芋！」

「お父さん、石焼芋めちゃくちゃ強いね」

「うん。めっちゃ強いわ～。すぐに横綱なるで」

　観客達から拍手喝采。

　石焼芋は１８４センチの自分よりも１０センチ近く背の高い剣嶽の

突っ張りの猛攻を全く物ともせず、一気に押し出したのだ。

　剣嶽はなすすべなく破れ石焼芋の圧勝だった。

　負ければ横綱との決定戦もあり得たこの一番、石焼芋、これにて自身初の

幕内最高優勝が決まると共に、先々場所九勝六敗、

先場所十一勝四敗、そして今場所で直近三場所の合計白星が三四となり、

文句なしの大関昇進が確定した。

　両者、再び向かい合って一礼。敗れた剣嶽、悔しそうに土俵から

下りていく。石焼芋、行司から堂々の勝ち名乗り。

　それから三日後、伝達式が行われ満場一致で正式に大関昇進となった。

　それを機に、石焼芋は四股名を自分の出身地にちなんで薩摩海と変えた。

　大勢のファンから四股名を変えて欲しくないという声もあったが、

半分ふざけて名付けたものだから大関の地位に相応しい四股名をという親方の意向で

改名したのだ。

　新大関で迎えたご当地九州場所も快進撃が繰り広げられるかと思われた。

　だが、初日からまさかの四連敗。場所中に膝に怪我も抱え結局一勝しか出来ず

途中休場となってしまい、いきなりカド番が決まってしまった。

　そして四股名も石焼芋に戻したのであった。

　すると初場所、陥落の危機どころか十五戦全勝優勝を果たし、

さらに翌場所もまたしても十五戦全勝優勝し、横綱昇進を掴んだのである。

そのため験を担いで四股名は石焼芋のまま戻さなかった。

　それからも黒星知らずな強さを発揮し、優勝回数二十三回、三十八連勝、

年間最多勝八二勝八敗など、大横綱と称されるほどの好成績を収め、みんなに

惜しまれながら引退した。

　カド番が決まり四股名を石焼芋に戻して以来、現役を引退するまでその四股名を

変えることはなかったのである。

　さらに一代年寄としても認められ、現役時と同じ名のまま石焼芋親方を名乗れるようになった。

　その後、石焼芋親方の可愛らしい似顔絵イラストの焼き印が押された

石焼き芋が九州場所の売店にて限定品として販売されることになった。

ちなみに石焼芋親方、山形県出身の新弟子に『芋煮会』という四股名を提案したが、大変申し訳なさそうに却下されたのであった。