第2話 従者面接

「ネスター様、ただいま戻りました」


 3時間ほどが経ち、ワイゼンは数名の魔物たちを連れて執務室に戻って来た。


「候補は3名集まりました。護衛任務に相応しいかどうか、ご判断をお願いします」


「ご苦労だった。冒険者は4、5人で行動すると聞く。3人ならちょうどいい人数だな」


 ワイゼンは魔物たちと共にネスターの下へと歩を進めた。


「左様でございますな。特に問題がなければ全員同行させても構いません。さあ、こちらの者たちです」


 ネスターはワイゼンが手を広げた方向へ一歩踏み出して、視線を走らせる。

 横一列に並んだ魔物たちは思い思いにネスターへ恭順きょうじゅんの意を示している。


 ネスターは順に話を聞いていくことにした。


 最初の1人はきめ細やかな深緑色の長髪をなびかせ、スカートの裾を摘まんで挨拶した。


「ドリアードのプラムと申します。ネスター様、お目にかかれて光栄です」


 儚げな白い肌に透き通るような青色の瞳が印象的だ。どう見ても人間の女性にしか見えない。ネスターは驚く。


「それがお前の擬態能力か。大したものだ。見た目だけでは人間と区別がつかないな」


 プラムは遠慮がちに軽く頭を下げた。


「勿体ないお言葉、ありがとうございます。ただ、これは仮初かりそめの姿にすぎません。本当の私の姿はこれです」


 そう言って、プラムは水晶玉を取り出した。その中には薄桃色の小さな花が浮かんでいる。


「ドリアードは『大木の化身』です。この花は私という存在の一欠けら。これさえあれば、私はどこへでもご一緒できます。人間に正体を知られることもないとお約束しましょう」


 終始落ち着いた声音でそう告げ、プラムは柔らかく微笑んだ。


「なるほど。申し分ないだろう。プラムは採用だ。では次は……」


 言いかけたネスターの言葉を遮るように張り切った調子の声が響く。


「はい!アタシはエンプーサのライカだ、です!よろしく、お願いする!」


 その声の主は上半身が女性の形で、四肢は異形の魔物であった。


 両腕は中ほどから獣のような体毛に覆われている。手に当たる部分は猛禽類の脚を思わせ、指先からは鋭いかぎ爪が伸びていた。


 右足はつけ根以外が青銅でできた義肢だ。表面には細かな文様が描かれている。一方で、左足は人のふとももとロバの足先が混ざり合ったような形をしていた。


 ライカはネスターと目が合った瞬間、両手のかぎ爪を大きく広げた。続いて右手の爪を整然とおりたたんで胸の前にそろえ、無機質な右ひざを床にコツンとつけて姿勢を下げた。


 ネスターへの敬意を示す気持ちはありありと見て取れる。しかし、明らかに慣れてなさそうな敬語と仰々しいあいさつに、ネスターはバツの悪そうな顔をする。


「護衛とは言っても旅仲間を選ぶ訳だから、あまりかしこまらないでくれ。普段通りに振舞ってくれていいぞ」


 ネスターの言葉にライカは破顔はがんした。


「本当か!?いやぁ、堅苦しいのはどうも苦手なんだ。助かるよー。さすがはネスター様だ!」


 一気に砕けた口調に様変わりしたライカは、緊張していたのか大きく息を吐いてすっくと立ち上がった。


「あっ、そうそうアタシの力を見せないとな!」


 そしてすぐさま変化へんげを始めた。紫色の陽炎が彼女の姿を包み込む。その揺らめきがかき消えるとそこには燃えるような赤髪の女性があらわれていた。宝石のような金色の瞳に、健康的な小麦色の肌をしている。


「ほう、見事な変身能力だな」


 ネスターは感嘆の声を上げた。

 ライカは少し照れくさそうにしながらも、アピールを続ける。


「自慢じゃあないけど、その気になればずっとこの姿でいられるよ。さらにさらに、槍の扱いにも自信あるから戦いもドンと任せてくれ!」


 ライカはどこからともなく槍を取り出して軽々と振り回し、流麗な演武を披露して見せた。


「ふむ、前衛を任せられるのは大きいな。ライカも採用だ。では、最後になるが……」


 振り向いたネスターの前にあったのは、魔物でも人型でもない。

 人が入りそうな大きさの細長い箱がそこにあった。


「これが最後の候補者か?」


 ネスターが困惑しつつ近づくと、突然箱が勢いよく開く。

 中からは黒い不定形の物体がうねりながら飛び出してきた。

 それはメキメキと生々しい音を響かせてうごめき、瞬く間に少女の姿に変形した。


「ぼく、ミミックのミミ。どうかな?人間に見える?」


 形は少女ではあるが、その瞳は暗く濁っており生気を感じられない。

 紺色の髪は癖がありところどころ跳ねている。肌は血の気が薄く、青白く見える。


 そして何より、本体と思われる箱がそのまま背中に張り付いていた。

 ネスターは言いづらそうに言葉を絞り出す。


「……うむ。悪くはないのだが、まずその箱はなんとかならないのか?」


「なんとかって?」


 ミミは不思議そうに首をかしげた。

 ネスターは頭を抱える。


「いや、言い方が悪かったな。その背中の箱が目立たないようにできないだろうか?」


 ミミが納得したように頷くと、巨大な箱がバキバキと音を立てて形を変え始めた。


 どんどんと箱は小さくなる。そしてついには親指ほどの大きさになって左耳の下にぶら下がった。ぱっと見ただけでは、ただの耳飾りにしか見えない。

 ネスターは目を丸くする。


「なんと、これなら案外なんとかなるのでは……。いや、しかし……」


 擬態の完成度は前の2人ほどではない。それに言動がやけに幼いのも気にかかる。ネスターは迷っていた。


「ぼく、強いよ?役に立つよ?まおう様、ぼくも連れて行って欲しいな」


 ネスターが逡巡しゅんじゅんするようすを見て不安になったのか、ミミは澱んだ瞳を潤ませた。

 まるで、孤独に打ち震える小動物のようにフルフルと震えている。


「うっ、そんな目で見ないでくれ」


 ネスターの心を特大の罪悪感が貫いた。見た目が子供なのも手伝ってか庇護欲が激しく刺激される。


 護衛選びだと言うのに矛盾した気持ちにさいなまれたネスター。しばらく葛藤していたが、ついに観念したようにミミの頭を撫でた。


「……分かった。連れて行くよ。ミミも採用だ」


 ミミは土気色の肌を若干紅潮こうちょうさせて、ぴょんぴょんと跳ねた。


「ホント?やった、やった」


 ミミは嬉しそうにその場でクルクル踊ると、そのまま喜びのまま室内を駆け回り始めた。

 その様子を一瞥し、ネスターはプラムに声をかける。


「プラム。ものは相談なんだが、ミミの肌の色をもう少し誤魔化すことはできないか?」


 プラムは微笑ましそうににっこりと笑みを浮かべた。


「ふふ、お安い御用ですわ。お化粧なら私にお任せください」


 ネスターは胸をなでおろした。


「それはありがたい。よろしく頼む」


 プラムは会釈すると、せわしなく動き回るミミの所へと駆け寄っていった。


「ネスター様、正直アタシまだよく分かってないんだけどさ。結局、ネスター様についていって護衛すればいいってことで合ってる?」


 手持ちぶさたそうに槍を回転させながら、ライカが疑問を口にした。


「簡単に言えばその通りだ。だが、お前たちにはこの任務の詳細を理解しておいて欲しい」


 ネスターは仁王立ちして声を張り上げる。


「皆、そのまま楽にしていてくれ。これから、我々がなすべきことについて話そう。旅の間に守らなければならないもある。よく聞いておくように」


 ライカは槍を弄ぶのをやめてネスターの方に向き直る。

 ミミは気にせず走り続けていたが、直後プラムに捕まった。


「ミミさん。後で遊んであげますから、今はネスター様のお話を聞きましょうね」


 プラムはミミを抱っこするようにして、話を聞く態勢に入った。


 ネスターはコホンと咳ばらいを一つして、口を開いた。

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