第26話 蟲使いピー・ラン・グルオン
今日からグローは、マリアを含めた3人で旅することになり、その旅支度をする。食糧を調達し、防寒用の毛布も買う。お代はメイドのアナが出してくれた。今や職も無いのに、財布袋から残り少ないお金を出して、払ってくれた。彼らにとって、ありがたい限りだ。
そして、マリアがメイドのアナに別れを告げ、彼らの馬車に乗る。
「アナ、本当にありがとう!またいずれ会いましょう!」
マリアは馬車から顔だけ出して、アナに手を振る。アナはマリアに向かって別れを告げたいが、もしここで姫という言葉を大声で言ってしまえば、問題となってしまう。なので、彼女はただただ手を振り、目に涙を浮かべるだけだった。
二人は目に涙を浮かべながら、お互いに手を振る。徐々に、アナの姿は小さくなっていき、背景と同化してしまう。もうアナの姿が見えなくなると、マリアは顔を馬車の中に引っ込め、顔を膝にうずめるように、膝を立てて座る。その膝からは、ぐすんと微かな音が聞こえてくる。
その姿は、まるで巣立つ子どもが親と別れるようだった。
彼らはそのままイオアニナの街を出た。
「そういえば、アナさんとは随分信頼し合っているようだったけど。どれぐらいの付き合いなんだ?」
グローが他愛のない質問をする。
「アナは、私が小さいころから、メイドとして働いていたわ。もはや、育ての母親といっても過言ではないかも。」
「そうなんだ。じゃ、あれだけ信用しているのは納得だな。でも、育ての母親の感覚は、俺も分かるな。」
「あら、あなたも育ての母親がいるの?」
「ええ。以前言ったように、俺は故郷を滅ぼされた後、奴隷としてしばらく生きていましたが、あることがきっかけで、恩人の家にその家の息子として育ててもらったんです。」
「へえ!そ…」
マリアがグローの話に相槌を打とうとすると、ヴォルティモが割り込むように発言し、マリアの言葉を掻き消す。
「え!お前、奴隷だったのか!その話、初めて聞いたぞ。」
ヴォルティモが驚いた表情をして、グローの方に向き、大きい声で話す。
「あ、言ってなかったっけ?忘れてたかも。」
ヴォルティモの驚いたリアクションとは打って変わって、グローは冷ややかな笑みを浮かべて、あっさりとそう伝える。
「そういうの言えよー…。」
ヴォルティモは頭をうなだれ、グローに呆れた目を向ける。
そうこうして、彼らは馬車の中で、マリアと話していくうちに、大分打ち解け、自然と敬語も使わなくなった。そして、グローはふと気になったことを聞いてみた。
「そういえば、アシーナ皇帝に神聖エストライヒ帝国復興の協力は仰げないのか。」
だが、マリアは腕を組み、うーんと唸る。
「多分厳しいわね。アシーナ帝国と神聖エストライヒ帝国は今まで対立していたから、多分無理でしょうね。」
国際情勢だの、そういう複雑な事情があるのだろう。
「そうすると、どこがいいんだろうか。」
マリアは少し考える素振りをし、少しの
「そうね。ここから南のアトマン帝国かしら。貿易も活発だし、国交も結んでいるから。」
グローはアトマン帝国の名前が出た瞬間、ピクリと体が反応する。
「あ!アトマン帝国なら少しだけ頼りがあるよ。両親がいるんだ。」
すると、マリアは彼の言葉に驚く。
「え!そうなの。あなた、アトマン帝国出身なの?あれ、でもエンジェル帝国に故郷を滅ぼされたとか言ってなかったかしら。」
どうやらグローの言い方が、紛らわしかったようだ。彼は改めて分かるように説明した。
「あー、本当の生まれは違うけど、第二の故郷っていうか。少しだけ育ててくれた親がアトマン帝国にいるんだよ。さっきの話の育ての母親のやつだ。」
彼の言葉に納得したのか、マリアは頭を縦に軽く振りながら聞いてた。
「あー!さっきの育ての母親が、それなのね。まあ、いずれにせよ頼りがあるなら嬉しいわ。多分私が素性を示せば、アトマン皇帝にも謁見できるかもしれないし。」
「そうだな。」
こうして、彼らの次の目的地が決まった。次はアトマン帝国だ。
彼らはアトマン帝国に向かうために、アトマン帝国に近いアシーナ帝国内の
彼らは次のミレトスの街まで、しばらく田舎道が続いた。木枯らしが吹き、木々の落ち葉が地面に積もっている。もう冬に入り始めたようだ。グローは季節の移ろいと時間の経過の早さに黄昏る。だが、道の凹凸で馬車が少し揺れ、現実に戻された。このアシーナ帝国はアトマン帝国が近いからかアトマンほどではないが、山なりな地形が多く、小高い丘が多い。元々この国は古代に高い丘に
だが、彼は一つ小さい疑問が思い浮かんだ。他の国でもそうが、城や教会、修道院も丘などの高い位置にある理由が分からなかった。宗教関係であれば、ヴォルティモの方が詳しいので、彼はヴォルティモに聞いてみることにした。
「なあなあ、ヴォルティモ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。なんで、城とか修道院とか教会は高い位置に建てられているの。」
彼はヴォルティモに疑問をぶつけてみた。
「あー、それはな、二つ理由があるんだよ。例えば、城や砦は権力者を守る働きだから、攻めにくいという意味で高い位置に建てられるんだ。権威の示しにもなるしな。あともう一つは、高い位置を神聖視するから、教会や修道院も建てられるな。」
さすが、ヴォルティモだ。物知りな彼に、一つ質問をすれば、その倍は返答が帰ってくる。だが、グローにはまだ腑に落ちていないことがあった。
「高い位置を神聖視するって?」
彼がそう尋ねると、ヴォルティモは得意げに話してきた。
「そうだな。例えば、高い山とか神聖だと少し思わないか。天にも届きそうな山を見ると、自然の凄さというかそういうものを感じるだろ。実際に、多くの宗教では神や神の国は天、つまり上にいるとされることが多いだろう。つまり、それに近ければ近いほど神聖な感じがするんだ。だから、修道院などは高い位置に建てられるんだ。」
「なるほどな。」
ちょっと詳しすぎるような気もするが、ヴォルティモは中々説明が分かりやすくて、上手かった。グローはヴォルティモの説明に感心していると、ヴォルティモは続けざまに説明してくる。
「まあ、山などの高い位置は、神に近いからだけじゃなく、恐れからも来ているがな。山は事故や行方不明が多いから、人々から恐れられ、山自体を神として祀っている。その恐れと……」
ヴォルティモは、いつものようにツラツラと宗教について話してきた。また、ヴォルティモの宗教の話をするスイッチが入ってしまった。途中からは長すぎて、グローはへえ、ほうと空返事をした。
すると、マリアは俺に耳打ちで話しかけてきた。
「…彼はいつもこうなの?」
マリアは少し訝し気に聞いてきた。
「まあ、
グローはヴォルティモを庇うように、最後に褒め言葉を付けた。
「そうなのね。まるで年老いた神父の説教を聞いているみたいだったから、びっくりしたわ。」
―それは物知りという褒め言葉なのだろうか。それとも、別の悪い意味なのだろうか。いや、これ以上は考えることを止めよう。
しかし、そのマリアの言葉がヴォルティモの耳に入ったのか、少しショックを受けてた。
「…気を付けよう。」
ヴォルティモはそう小さく呟き、先を進んだ。
しかし、しばらく進むと、グローと同い年くらいの少年が馬車の前を立ち塞ぐ。その少年の肌は青白く、少し長めの茶髪で、下まで長いローブを着ている。手が長い袖で隠れており、口も
ヴォルティモは少年に用件を尋ねる。
「…あの、何か。」
しかし、少年はヴォルティモの言葉を無視して、馬車の中を遠目から覗く。そして、マリアを見ると、目を大きく開く。
「…ようやく見つけた。」
少年は低めの声でボソッと呟き、袖に埋もれた手をグローたちに向けてくる。
「…アースロプレウラ頼んだ。」
少年がそう呟くと、少年の背中から巨大なムカデの頭が出てきた。
そして、ムカデがこちらに向かって突進してきた。
「危ない!」
グローはすぐさま危険を察知し、馬車の前に乗り出し、ムカデの突進を剣で受け止める。
―グッ!虫なのになんだこの重さと硬さは。
グローが剣で受けたことにより、一応ムカデの突進の軌道が少し上に逸れ、馬車の屋根にぶつかり、屋根が破損する。
「あー!」
ヴォルティモは大声で叫び、馬車の屋根を見つめる。
「ヴォルティモ、今はあっちに集中しろ!屋根なら修理手伝ってやるから。」
「くそっ…。」
ヴォルティモは渋々前を向き、錫杖を構える。
ムカデは少年の許に戻っていき、少年の体に絡まる。
「ひっ!」
その気味の悪い様にマリアは短い悲鳴を上げる。無理もない。男のグローやヴォルティモでも気味の悪さに
「ひどいなぁ。こんなに可愛いのに。」
少年はそう言い、ムカデの頭を撫でる。
「…人間はいつもそうだ。そうやって自分たちと違うだけで気味悪がり、攻撃してくる。この子たちより、よっぽど害悪じゃないか。」
少年はぶつぶつと独り言を呟き、イライラと怒りを勝手に募らせている。そして、その怒りを彼らにぶつけるように、攻撃を仕掛けようとしてくる。
彼らは馬車から降り、少年に対峙する。
「まさか人間の少年じゃなく、魔物だったとはな。」
グローが目の前の魔物を睨みながらそう呟くと、魔物は彼の言葉を鼻で笑う。
「どっちでもいいだろ、そんなの。変わらないさ。人間は勝手に僕を
その魔物の言葉から怒りが伝わってくる。魔物なのに、やつが魔物扱いされることに怒っていることが、グローに少しの違和感を植え付ける。
そして、ピー・ラン・グルオンは再度、ムカデを俺らに突進させてきた。いや、これはどっちかというと、マリアに突進させようとしている。グローはいち早くマリアの前に立ち塞がり、ムカデの攻撃を剣で受け止める。
「グッ!今だ、ヴォルティモ!今のうちに攻撃してくれ!」
ヴォルティモは彼の言葉に応え、ピー・ラン・グルオンに向かって走っていく。
「お前らは馬鹿か。僕がアースロプレウラだけを従えていると思ってんの。」
ピー・ラン・グルオンは嘲笑うかのように、鼻で笑う。そして、腕は水平に上げ、そのダボダボした袖からモゾモゾと何かが動いている。
「
ピー・ラン・グルオンがそう言うと、袖から多数の蜂が飛び出してきた。
ピー・ラン・グルオンとの本当の戦いが始まった。
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