第23話 落差

 グローたちは人狼らとの戦いの後、いつもと同様に遺体を弔い、その晩は村で休憩した。彼らは、宿の部屋内で自身の体にできた傷を手当てする。

 「っ!」

 グローは人狼にやられた脇腹の傷口に、消毒としてワインを垂らすと、ビリビリと脇腹から全身へと激痛が走る。彼は痛みから暴れるように、床を転げ回る。

 「痛ってえええ!」

 ヴォルティモは、そのグローの転げ回る姿がコミカルに見えたのか、つい笑ってしまう。さすがに笑っては可哀想だと思い、手で口を押さえるが、笑い声と噴き出る息が指と指の隙間から漏れ出てしまう。

 「っ…、くくっ…。」

 その不快な声がグローの耳に届き、彼はヴォルティモの方をバッと振り向く。ヴォルティモは笑っている顔を見られないように、後ろの壁の方に顔を背ける。だが、肩が微かに揺れていて、クスクスという音もまだ聞こえている。

 「おい。人が痛がってるのを笑うな。」

 グローはむくれた顔で、キッとヴォルティモを睨め付ける。

 「…いや、笑ってないぞ。」

 ヴォルティモは、決してグローと目を合わさず、力弱そうな声で否定をし続ける。

 グローが問い詰め、ヴォルティモは否定をする、そのやり取りを二、三回繰り返すと、隣の部屋から壁越しに、

 「うるせえ!」

と怒鳴られてしまう。

 その怒鳴り声で、二人はビクッと体が跳びあがり、不毛な言い合いが止まる。そして、ようやくお互いに目を見合わせ、

 「…寝るか。」

と一言だけ呟き、布団にもぐり、眠りについた。



 翌朝、彼らは村を出て、ここから南のロムの街に向かって再度進んだ。

 ロムに着くと、彼らは人狼との戦いで疲弊した体を休めるために、少しだけロムの街を見回ることにした。ロムの街は昔ながらの街並みという感じで、住宅の壁は少し黒ずみ、遺跡も所々見かける。ここは、どうやら歴史が長い街のようだ。

 「へえ、なんかウェネプティアとはまた違う街並みだな。」

 「ウェネプティアはどんな感じの街なんだ?」

 グローの素朴な感想に、ヴォルティモが質問をする。

 「うーん、何て言えばいいんだろう。」

 ヴォルティモの質問に、グローはどう表現すればいいか悩む。少し考え込んだ後、何かがわかったかのように、彼は手を打つ。

 「ウェネプティアは、街全体が元気で活発っていう感じかな。対して、このロムは歴史を感じられて、落ち着いている感じだな。ウェネプティアが若者で、ロムは高齢みたいな。」

 「なるほど。」

 グローの的を得ているような、得ていないような例えで、ヴォルティモは一応納得がいった。

 そんな話をしていたからか、しばらく歩いていると、彼らは街の中央に、歴史を感じられるくぼみのある大きな円形の建物を遠目に見かける。

 グローが、何の建物か気になり、ジロジロと建物を見ていると、

 「あれは闘技場だよ。」

とヴォルティモが教えてくれた。

 「闘技場だったのか。でも、建物の手入れのされていない様子から、もう使われていないのかな。」

 グローが言うように、闘技場の壁は黒ずみ、苔やツタが生えていて、手入れがされていないのが分かる。

 「突然崩れたりしてな。」

 ヴォルティモはニヤッと口角を上げ、冗談を言う。

 「やめろよ。怖いこと言うなよ。」

 グローはヴォルティモの肩を軽くこづく。

 「悪い悪い。でも、この闘技場が倒れることは多分無いと思うぞ。」

 ヴォルティモはアハハと微笑を浮かべながら、闘技場について語り始める。

 「この闘技場は古代に建てられたものなんだが、ずっと倒れたことが無い。この闘技場とかロムの古代建築は、ロマンスRomance建築というんだが、ベトン(コンクリート)を使っていたらしいよ。」

 「ベトンって何。」

 グローは、そのベトンという知らない言葉が出てきたため、意味を聞いてみた。

 「べトンは、火山灰と石灰と水を混ぜて、それを石と一緒に固めたものだな。耐久性が強いんだよ。ミラントから道路が整備されてて、行きやすかっただろ。あれも古代の人が作って、今の今まで残っているんだ。これを古代の人が考えたって思うと、すごいよな。」

 ヴォルティモは興奮するように、楽しそうにグローに説明する。

 グローは改めて闘技場をじっくりと見てみる。

 ヴォルティモの言うように、闘技場の壁は少し黒ずんでおり、年季を感じさせる。だが、形は崩れておらず、綺麗な形で残っている。ロムにあった古代の王国はもう無いが、ロムの伝統は未だ残っている。その精神を今の人たちは何世代にも渡り担っている。

 グローは歴史の壮大さを痛感させられた。

 彼らは、他にも古代の歴史的遺産のトレーヴィの噴水、凱旋門などを見た。かなりいい状態で保存されており、これらがこの地域の国民に愛されていることを感じさせる。

 しかし、逆に儚さを感じさせるような遺跡、フォルム・ロムも見た。フォルム・ロムは古代の王国の中心都市で、広い領土を支配していた王国の華やかさを映し出していたという。だが、今ではその気配を感じられない有様だった。確かに、高く大きい建築物があるが、今にも崩れそうなボロボロさからグローの寂しさを誘わせる。

 このロムの遺産は、歴史の壮大さと同時に残酷さを物語っている。

 「…歴史って残酷だよな。」

 グローは、誰にも聞こえないくらいの声量でポツリと呟く。

 故郷の文化や建物が果たして残っているのか、そんな彼の儚い願いがこの言葉に重く載りかかる。重くなった言葉は、行き場を無くし、この遺跡の地に取り残される。誰の耳にも届かぬまま。

 グローはロムで見た光景と抱いた感情を置き去りにし、ロムの街を出た。



 そして、彼らは整備された道路を辿り、ウェネプティアに着いた。

 グローにとって、このウェネプティアは全然故郷とかではないが、懐かしさがとてもこみあげてくる。以前は、新鮮で驚いた水の道も発展した街並みも、今では彼にとって感慨深い。

 ただ、以前とは違う景色もある。以前に比べて行方不明者などのチラシが増えている気がした。

 彼は以前見たことのある道を辿り、ロレンツォの家にたどり着いた。彼はロレンツォの家の扉をノックすると、「はーい」という声が聞こえるとともに、扉が開く。グローは懐かしい顔を見て、安心する。

 「おお、グロー君かい。以前に比べて大きくなったね。しかも、不思議と逞しくなったような。」

 ロレンツォはグローをジッと見た後、隣のヴォルティモを見て、

 「彼は?」

と尋ねてきた。

 グローはヴォルティモを手のひらで指し示し、紹介する。

 「旅を一緒にすることになったヴォルティモです。」

 ヴォルティモもペコリと会釈をする。

 「こりゃ、どーも。さあ、入って入って。」

 ロレンツォは会釈を返し、中に入るよう手招きする。

 彼らはお言葉に甘えてお邪魔させてもらうことにした。そして、居間の机と椅子に横並びに座らせてもらった。

 ロレンツォも対面するように、座る。ロレンツォはヴォルティモのことをジッと見つめる。

 ヴォルティモは困ったように、

 「あの…」

とロレンツォに尋ねようとすると、ロレンツォは弁明するように謝る。

 「あー、ごめんごめん。ジロジロ見て、失礼だったね。」

 そして、ロレンツォは、ヴォルティモに向けていた視線を今度はグローに移してきた。そして、少し含み笑みを浮かべながら、彼に話しかける。

 「君はやっぱり面白いね。」

 「え?」

 グローはロレンツォの言っている意味が分からず、きょとんとしていたが、次の言葉でその真意が理解できた。

 「ヴォルティモは、ロマニ民族だろう?中々珍しい仲間だなと思って。」

 グローはロレンツォに言われ、納得したように頷く。彼は、もうヴォルティモと日々を共にしているせいで、かなり馴染んでいたので、すっかりそのことを忘れていた。

 「まあ、ヴォルティモは“ヴォルティモ”ですから。」

 グローがそう言うと、グローとヴォルティモは照れくさそうに、お互いにそっぽを向く。

 「へえ。」

 ロレンツォは別にヴォルティモを軽蔑しているわけではなく、興味があるような目で見ている。ヴォルティモは普段向けられない目を向けられて、少し戸惑っている。

 そして、ロレンツォは彼らを改めて見て、何かを思い出したように、手を打つ。

 「そうだ。君たちにぴったりの言葉があるよ。“Chi trova un amico trova un tesoro.”」

 「どういう意味ですか。」

 グローは言葉の意味が分からず、意味を聞いてみると、ロレンツォは得意げに説明してくれた。

 「友に巡り会えた人は宝を手に入れたのと同じという意味だよ。」

 彼らはその言葉を聞いた瞬間、より照れくささを感じ、お互いに目を合わせようとはしなかった。

 「あ、そういえば。」

 グローはその照れくさい空気を紛らわすように、半ば強引に別の話題に切り替えた。

 「これ返します。本当にありがとうございます。」

 グローはロレンツォに借りた金を返した。お世話にもなったので、その気持ち分も追加で渡した。

 「いやー、さすがユミトさんの友人なだけあるな。こんなすぐに払ってもらえるなんて。」

 ロレンツォはとてもにこやかな笑顔でお金を受け取った。今までで一番の笑顔だ。やはり根が商人なのだろう。

 それとグローは一つ気になることを聞いてみた。

 「ところで、あの二人はあれからどうしましたか。」

 ロレンツォはあの二人で察し、元奴隷だった二人の近況について教えてくれた。

 「あの二人は俺のところで手伝ってもらっているよ。最初は全然いう事を聞いてくれなくて大変だったけど、今ではとても役に立ってもらっているよ。」

 グローはそれを聞いて安心した。彼は少しだけあの二人が気がかりだった。ロレンツォに今は迷惑をかけていないようで、彼は安心した。

 彼が胸を撫でおろすと、ロレンツォが今後について聞いてきた。

 「そういえば、君たちはこれからどこへ向かうのかな。」

 ロレンツォは棚から一枚の地図を持ってきて、グローたちにも見えるように机に広げる。

 グローは地図で現在地を確認し、この神聖エストライヒ帝国の隣、アシーナ帝国を指さした。

 「とりあえず、次はこの神聖エストライヒ帝国の右隣のアシーナΑθήνα帝国に向かおうかと思います。」

 ロレンツォは、なるほどといった感じで顎に手をつけ、見ている。

 「そうなんだね。まあ、ここよりは安全かもね。」

 ロレンツォは何か含みを持つような言い回しをする。

 さすがにグローも無視できず、聞いてみることにした。

 「何かあったんですか。」

 すると、ロレンツォは先ほどの明るい表情から、突然暗い表情になる。

 「今神聖エストライヒ帝国は不安定だよ。聞いたかは分からないが、各地の村で上位の魔物が出現していたんだ。オークや人狼とかね。他にも出現したらしいし。そのおかげで物価も高くなるし、まったく嫌な世の中だよ。」

 オークや人狼と聞いて、グローはこの前の戦いを思い出す。ヴォルティモの様子を見ると、ヴォルティモもそのようだ。

 彼はヴォルティモと顔を見合わせた。二人の素振りを見て、ロレンツォは何かを察したようだ。

 「その顔は何か知っているのかな。」

 ロレンツォは彼らの顔を窺うように尋ねてきた。

 「いや、何か知っているわけではないんですが、実はここまで来る途中の村で俺らも遭遇しまして。」

 グローの返答に、ロレンツォは目を大きく開き、驚く。

 「なんだって!よく無事でいられたな。」

 グローは苦笑いを浮かべる。

 「まあ、苦戦しました。」

 「すごいな。本当に強くなったんだね。」

 ロレンツォは感心したように、グローを見て、頷いている。

 彼らは二つの村でオークたちと戦ったが、他の村がどうなったのか気になり、聞いてみた。

 「そういえば、他の村は大丈夫なんですか。」

 グローの質問を聞き、ロレンツォは頭を搔き、少し困ったような表情をした。そして、重い溜息をつき、暗い声色で伝えてきた。

 「一応兵士が派遣されて助かった村もあるが、未だに占領されている村もあれば、壊滅してしまった村もある。全く怖い世の中だよ。偶然魔物が各地で出現するなんて。」

 そんな偶然あるかなと、二人の中で疑問が思い浮かぶ。さらに、グローの中で少し引っかかる部分があった。あのオークや人狼は言語を話してたうえに、意思疎通もできていた。さらに、エンジェル語という気がかりなものも添えて。グローは、奴らは何か意図があって動いていたんじゃないかと疑う。彼は魔物の出現の偶然性を信じられなかった。

 彼はその魔物の出現について考えていると、ある一つの懸念が思い浮かんだ。兵士が派遣されているってことは、帝都が手薄になるのではと。

 だが、彼は悪い方向に考えるのは止めようと、思い浮かんだ懸念をすぐに掻き消した。

 「じゃ、俺らはここら辺でお暇させていただきます。」

 彼らは椅子から腰を外し、玄関の扉に向かう。そして、ロレンツォに別れの挨拶をして、家を出た。

 「ありがとうございました。またいずれ。」

 ロレンツォも手を振り、挨拶を交わす。

 「ああ、またいずれ。」

 彼らはロレンツォの家を出て、次の街へと進むことにした。少し寂しいが、またいずれ会えるだろうという期待を抱き、先へ進んだ。

 しかし、グローは後悔することになる。それが彼とロレンツォの最期になるなんて。

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