第21話 天才

 空が晴れ、翌日、彼らはボノニアを出ると、次の目的地の南のフローレンツェまで田舎道が続いた。草木が青々としており、日差しが草木に付いている露を反射する。先日の土砂降りが嘘のようだった。

 しばらく、長く広い畑の横道を進むと、途中でフゥーシー(鳧徯ふけい)に遭遇した。フゥーシーは髭を生やした人間の頭をしているが、体はキジの姿をしており、とても不気味な姿をしている。体が雉のため、胸元や首が綺麗な青緑色をしているが、それが余計に不気味さを引き立てている。体が、彼らぐらいの大きさがあるもんだから、それもまた恐怖を引き立てる。

 フゥーシーは彼らを警戒し、羽を思いっ切り広げ、威嚇をしている。

 グローは先制攻撃で、剣でフゥーシーの胸部を斬りつけると、フゥーシーは口から血を吐く。その瞬間、フゥーシーはカウンター攻撃で彼の腕を鋭い牙で思いっ切り噛もうとする。しかし、ヴォルティモがフゥーシーの口を錫杖で押さえ、グローが噛まれるのを防ぐ。そして、錫杖で押さえつけられているフゥーシーの頭を横から突き刺す。そのフゥーシーの傷口からは血がどくどくと流れ、もう目も白くなり、生気を失っている。しかし、肉体はそのままで、しばらく経っても黒い塵にならない。

 フゥーシーは死んでいるにも関わらず、肉体がいつもの黒い塵にならないため、違和感を覚える。彼らは違和感を覚えながらも、そのフゥーシーの亡骸を埋葬して弔った。



 そして、彼らはそのまま田舎道を進み続け、フローレンツェFlorenzeに着いた。

 フローレンツェは、フローラという花と豊穣の女神に因んだ都市だ。その名に負けないくらい花が多くあり、藤の花や薔薇、アイリスの花などがあるようだ。今は時期じゃないから咲いていないが、春には満開の花が咲き、花の庭園が見もののようだ。

 グローは、また春に来たいなと思う。

 このフローレンツェは、芸術の街としても有名であり、絵画や彫刻などの工房があちらこちらに見られる。ここは教皇の影響力も強いため、宗教画や彫刻もルークス教に関連したものだ。

 「ここは芸術が盛んなんだな。」

 グローは独り言のように呟くと、

 「そうだな。前言ってた絵画の人もいるかもしれないな。」

とヴォルティモが彼の独り言に反応する。ヴォルティモは冗談みたくそう言うが、確かにその可能性はあるかもしれないとグローは信じた。

 彼はあの絵画を描いた「レオナルド」さんがいないか気になった。

 街の人に「レオナルド」さんがいないか尋ねてみることにした。

 「すみません、ちょっと尋ねたいことがあるんですけど。」

 「うん?なんだ?」

 「レオナルドさんっていう画家はこの地にいますか。」

 「ああ、いるよ」

 街の人はそうあっさりと答えた。あまりの早さに、グローは拍子抜けしてしまう。案外世間は狭いなと痛感した。

 「あそこの角にあるのが、レオナルドさんの家だよ。」

 街の人はあそこにある家を指さし、教えてくれた。そして続けざまに、

 「何の用だい。」

と聞いてきた。

 「あー、ちょっとレオナルドさんの絵画が好きで、お話したくて。」

 すると、街の人は手をひらひらと横に振り、

 「あー、やめときな。あの人何考えているか訳わかんねえんだよ。全然話しかけても返事一つしやしねえし。天才かなんだか知らないけどさ。どうしても会いてえっていうんなら、止めねえけどよ。」

 レオナルドさんは美術界では天才と称されているが、どうやら近隣の人たちからの評判は良くないようだった。

 しかし、グローは一度でいいから話してみたかったので、彼は街の人の忠告を気にせず、レオナルドさんの家に向かった。好奇心に勝てない彼も中々の変人なのだろう。

 ヴォルティモは別にレオナルドさんに興味が無いので、グローが話をしている間散策するとのことだ。

 彼はレオナルドさんの家をノックすると、扉からレオナルドさんと思しきお爺さんが出てきた。まあまあ年を取っており、髭を長く生やしている。だが、意外と服装がオシャレで独特な色にも関わらず、違和感を覚えさせないような組み合わせをしている。

 「えーと、レオナルドさんですか。少し話がしたくて。」

 グローがそう言うと、レオナルドさんは全く返事をせず、扉を開けたまま部屋の中に戻っていった。

 入っていいということなのだろうか。グローはそう解釈し、レオナルドさんの部屋へ入る。

 部屋は大分散らかっており、書きかけの紙や美術道具らが乱雑に置かれている。埃が舞い、グローはゴホゴホと咳き込む。

 「あのー、レオナルドさん。」

 「…。」

 何も応えてくれない。確かに、気難しい性格なのかもしれない。

 だが、グローはへこたれず、話しかけ続ける。

 「あの、『最後の晩餐』感動しました。」

 「…。」

 やはり何も応えてくれない。

 レオナルドさんはグローの言葉を無視して、黙々と作業を行っている。

 さすがにこれは作業の邪魔になるし、彼は退散しようかなと諦め、玄関のドアへ振り向くと、

 「…どこが良かった。」

 微かな声が聞こえた。

 彼はその好機を逃さず、返事をする。

 「えーと、その、とても写実的で引き込まれました。」

 「…。」

 また、レオナルドさんは無言になってしまった。

 ―しまった。間違えた返答だったか。

 グローは返事の仕方を後悔していると、レオナルドさんは無言で紙一枚を渡してきた。

 「え?」

 彼は急に渡され、戸惑う。紙に目をやると、メモ書きのような絵と文章が描かれていた。文章を読んでみると、「遠くにいくほど小さくなる」や「輪郭を影で」と書かれている。さらに、その文言について「スフマート技法」、「遠近法」と書かれている。グローにとってよくわからず、さっぱりだったが、これが重要だと言いたいのだろうか。これらの技術があの絵画で使われ、リアルさを醸し出しているのだろうか。いずれにせよ、レオナルドさんは中々語ってくれないため、真相は分からない。

 「ありがとうございました。」

 グローはお礼を言い、渡された紙を返した。

 レオナルドさんは紙を受け取り、また作業に戻った。ふと作業で書いている紙を覗かせてもらうと魔物についてスケッチしている。魔物本体と死んだときの黒い塵などの絵を描いて、メモをしている。

 その光景を見ていると、グローはふとこの間倒したフゥーシーのことを思い出した。

 「そういえば、この間倒したフゥーシーは、黒い塵にならなかったな。」

 無意識に口から出た言葉だったが、それを聞いたレオナルドさんはすごい速さで振り向いてきた。

 「え、何ですか。」

 グローはレオナルドさんのその奇行に驚き、つい尋ねてしまった。

 レオナルドさんはその話を続けてと言わんばかりに、手のひらを彼に向けて、目を輝かせている。

 ここで無視するわけにもいかず、彼はこの間のことについて話した。

 「えーと、この間フゥーシーを倒したんですけど、なんか倒しても黒い塵にならなくて、その形のまま亡骸になったというか。」

 レオナルドさんは興味津々に彼の話を聞き、メモを取る。

 グローはそのときの見たままの光景を話した。他にも、倒したゴブリンやオークなどの魔物の情報も付け加えた。

 レオナルドさんはメモをひたすら取り、ある程度したら溜息をついて、筆を止めた。そして、グローに書き終わったメモを渡した。

 そのメモ用紙には、人間の解剖記録とともに魔物の亡骸などの情報が描かれている。グローは人間の解剖記録を見たことなかったので、少し驚いた。

 ―人間の体はこうなっているのか。

 人間の解剖記録の横の日付が幾分か前なので、前に解剖をした記録なのだろう。とても正確に描かれている。そして、その横に魔物の亡骸などの情報が描かれている。さらに、人間の骨と魔物の骨に文字が書かれている。グローに配慮してくれたのか標準語のエストライヒ語で書かれている。

 そこには、「かなり一致」と書かれていた。

 彼はレオナルドさんにこのスケッチの意味を聞いたが、レオナルドさんはまた作業に没頭し、聞く耳を持たなくなった。その様子を見て、グローは溜息をついて、レオナルドさんの家を出ることにした。レオナルドさんの家を出て、周りをキョロキョロと見渡すが、まだヴォルティモはいないようだ。

 まだヴォルティモは散策しているのかもしれない。彼は少しやりたいことがあったので、もう少し後でヴォルティモの馬車に戻ることにした。そのやりたいこととは、料理だった。さすがに、料理をして、栄養のあるものを食べたくなった。いつも乾燥したパンと干し肉などばかりで飽きていた。

 せっかくだからミラントとボノニアで買った野菜やパスタなどを料理することにした。だが、そのために、フライパンが必要だ。ただ、フライパンを買うのではお金がかかるため、素材を買って、自分で作ることにした。

 鉄を買うために、金属を扱う店に訪れた。店の中にいる人は、皆エプロンを付け、どの金属を買うのか吟味している。手の汚れや身なりからして、多分皆鍛冶職人なのだろう。一般人のグローは少し場違いな感じがした。彼はそんなに良質な鋼鉄を求めていないので、安い鋼鉄を買った。

 そして、その足で俺は鍛冶工房に行き、道具と鍛冶工房を貸してくれないか聞いてみた。

 「すみません、ここで道具と場所を貸していただけませんか。ちょっとフライパンを作りたくて。勿論料金は払うので。」

 すると、その鍛冶工房の人は困った顔で、

 「うーん、ちょっと親方に聞いてみないと分からないな。ちょっと待っててくれ。」

とグローに言い残し、奥の部屋へ行く。しばらくした後に、その人は戻ってきた。

 「まあ、いいってよ。ただ、失敗しても知らんからなだとさ。」

 「わかりました。ありがとうございます。」

 グローはお礼を言い、貸してくれる場所と道具を借りた。

 彼は鈍った腕の感覚を取り戻すように、久々に鉄を打った。鋼鉄の塊をレンガで作られた炉で熱し、熱が籠った鋼鉄をハンマーで打ち、平たく延ばす。そして、丸みをつけ、フライパンの形に整えていく。取っ手も作り、あとは冷ませば終わりだ。

 「ほう。まだ技術は足りていないが、鍛錬すれば伸びるな。」

 急に真後ろから声が聞こえてきて、彼はびっくりして飛び上がる。後ろを振り返ると、年老いた男性が彼の打ったフライパンをじっくり見ている。多分親方という人だろう。彼は昔に父親に鍛冶を教わったことを伝える。

 「まあ、一応昔ドワーフの父親に教わっていたので。」

 「ほう、ドワーフに。」

 親方は、ドワーフに教わったことを聞くと、目を丸くする。

 「すると、君は鍛冶職人なのかな。」

 「いえ、ただの旅人です。」

 グローは少し照れくさそうに言い、照れ隠しのようにふと冷ましているフライパンを見る。フライパンが十分に冷めたようので、彼はもう工房から出ようとすると、ちょっと親方が残念そうな顔をする。弟子として欲しいとでも思っているのだろうか。しかし、グローはお構いなしに工房を出て、ヴォルティモの馬車を探した。街をキョロキョロと見渡していると、ヴォルティモの馬車を見つけ、馬車に近づく。

 「おう。終わったか。」

 「うん。」

 グローはできたフライパンを馬車の中に入れ、自分自身も入った。

 「どうだった?例のレオナルドさんは?」

 ヴォルティモがレオナルドについて聞くと、

 「確かに、街の人が言うように、気難しそうな人だったよ。」

とグローは苦笑いしながら、答える。

 「でも、なんか変なことをメモしていたんだよな。」

 「変なことって?」

 ヴォルティモがグローに聞き返す。

 「なんか魔物と人間の骨がそれぞれスケッチされてて、かなり一致って書かれていたんだよね。」

 「え、それって…。」

 二人の中で一瞬嫌なことが思いついたが、

 「いやー、まさかな…。」

と彼らは互いに見合わせ、アハハと笑顔を作る。だが、二人とも冷や汗を流している。

 彼らは言葉に表せぬ恐怖から逃げるように、次のここから南のロムRomuの街に向かった。

 フローレンツェを出て、ここから南のロムの街に向かう途中で野営をした。近くには村があるが、兵士が3人いる。この間の途中の村も兵士がいたが、物騒な雰囲気がする。

 グローはフローレンツェで作ったフライパンで水を沸騰させ、平たいパスタを茹でる。その茹でたパスタを一旦取り出し、玉ねぎと人参とセロリを適当な大きさに切り、オリーブ油を敷いたフライパンで焼き、赤ワインで煮込む。そして、そこに先ほどのパスタを絡めて、完成だ。

 彼らはそのパスタで腹ごしらえをし、夜になると馬車の中で寝た。すると、村の方から何かを叫ぶような大声が聞こえる。彼らはなんだと思い、村の方に行くと、魔物が数体見える。ゴブリン4匹とオーク3匹がいた。

 兵士とグローたちは、オークとゴブリンを討伐しようと武器を構える。すると、オークたちの奥から、ワオーンと狼の遠吠えが村中に響き渡る。その遠吠えはグローたちの鼓膜を振動させ、体も震わせる。

 その直後、向こうから何者かが、月明かりに照らされ、姿を露わにした。

 二足歩行の狼だった。

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