第17話 そういうやつら

 グローたちはトロールを倒し、一息つきたいところだが、そうも言ってられなかった。まだ盗賊との戦いが残っていた。

 彼らは疲弊した体で、剣を盗賊に向けて構える。

 あちらも武器を構えるが、リーダー的な存在が攻撃するなと言わんばかりに、手を仲間に広げ、仲間も武器を下ろす。リーダーがこちらにどんどん近づいてくる。グローの目と鼻の先まで近づくと、

 「お前ら、やるな。ここは穏便にいこう。あんたらも疲弊している。こちらも疲弊している。ここは、お互いに争うのは止めよう。」

 ―よく言うぜ。そっちから仕掛けた戦争だろ。

 そう言いたい気持ちをぐっと堪え、グローは「わかった」と一言言い、握手を交わした。実際、盗賊は統率が取れたかなりの凄腕なので、戦ったら終わっていただろう。いい選択だったはずだと、グローは自分自身を納得させる。

 そのリーダーは、頬をポリポリと搔き、提案してきた。

 「代わりと言っては何だが、ミラントまで案内するよ。」

 攻撃を仕掛けた彼らなりのお詫びだろう。グローたちは頷き、その提案を受諾した。

 「了解。じゃあ、こっちだ。」

 リーダーはグローたちにこっちに来いと手招くが、一つやらなきゃいけないことがある。

 「すみません、ちょっと待ってください。」

 グローとヴォルティモはトロールを倒した後、いつも通り骨を埋葬しようと思ったが、土が硬くて厳しそうなので、骨に向けて合掌した。

 「なんですかね。あれ。」

 「変な奴らだな。」

 向こうから盗賊の揶揄が聞こえてくるが、グローたちは気にしないようにする。

 その弔いが終わった後、盗賊に案内されながら、ミラントへ向かった。一緒に戦ったからか、彼らはとても気さくに話しかけてくる。

 「お前らは、なんでミラントまで向かうんだ?」

 「ちょっと知人がウェネプティアに住んでいて、その人にお世話になったので、今はそこへ向かっているんです。」

 グローがそう答えると、リーダーは二回ほど頷く。

 「なるほどな。だが、気を付けろよ。最近はなんかきな臭いから。」

 グローたちは思わず、お前らが言うなとツッコミたくなった。だが、リーダーは、グローたちがそう思うのを予想していたのか、

 「俺らみたいなのとかな。」

 と言いながら、盗賊の仲間同士で目を合わせ、ガハハと豪快に笑う。

 グローとヴォルティモは苦笑いを顔に浮かべる。

 そんな盗賊とのやり取りを繰り返す。

 グローは、随分信用されたもんだなと不思議に思う。

 だが、彼ら盗賊にとって、武力とは力そのものであり、正義であり、真実なのだろう。グローたちは彼らの中で大分打ち解けたと思ったとき、気になることを聞いてみた。

 「なんで盗賊をやっているんですか。」

 そのことを聞き、彼らは返答に詰まるが、グローの真っ直ぐな瞳を見て、答えてくれた。

 「俺らの故郷は、皆基本傭兵になるんだ。このアルペン山脈付近にあるんだが、高山地帯が多く、チーズや乳などの酪農を生業として生活する。だが、それだけでは暮らしていけないから、多くが傭兵として他地域へ出稼ぎに行くんだ。でも、最近ではその戦もだいぶ減ってて、俺らみたいな下級傭兵は零れ出ちまう。だから、盗賊をやって、金を稼ぐしかないのさ。」

 そのことを聞き、グローたちの中で先ほどの戦い方に納得がいった。盗賊なのに統率が取れたり、戦いの身のこなし方が凄かったのはそういうことだろう。

 「確かに、それは辛いな。」

 グローはふと先ほどのトロールとの戦いを思い出した。

「ふと思ったんだが、あれだけ魔物ともやり合えるほどの力を持っているんだったら、魔物を討伐するビジネスとかギルドを始めてみたらどうだ。」

 彼らはキョトンとした顔でグローを見てくる。

 「なんだそりゃ?」

 グローは彼らに、想像上の話でしかないが、提案を持ちかけてみた。

 「魔物は至る所に出現し、討伐してほしいと思う人たちは多くいるはずだ。つまり、需要がある。でも、魔物討伐は、自分自身か国が派遣した公の兵士が行うのがほとんどだ。つまり、需要に対して、供給が足りてないんだ。そこを魔物を討伐するギルドを建てて、募集を募れば、組織や個人から依頼が多く来て、報酬も貰えると思うんだよね。」

 盗賊は、グローの話をしっかりと聞き、なるほど、そんな手があったのかというような驚きを顔に出した。

 「そいつぁ、いいなぁ。やってみるか。」

 彼らはその夢のような話で盛り上がる。

 ふと、リーダーが何かを思い出したかのように、手を打つ。

 「そういえば、俺らの自己紹介していなかったな。俺から順に、ダニエル、ペーター、ハンス、ノアだ。」

 リーダー、ダニエルは、メンバーを指さしながら、名前を紹介してくれた。グローとヴォルティモは自分たちも紹介すべきだと思い、自己紹介をする。

 「俺はグローで、こっちはヴォルティモだ。」

 彼らは改めてよろしくと握手を交わした。やはり盗賊と言っても、話が通じない連中ではなかったようだ。

 しばらく進み、山をほとんど下りきってきた頃、空が段々暗闇に染まる。

 「今日はここら辺で野宿をしよう。暗い山は危険だ。また、翌朝に進もう。」

 リーダーはそう言い、手ごろな場所で火を起こし、寝泊まりの準備をしている。彼らは軽く毛布を被り、眠りについた。

 「…い。おい、起きろ。」

 その声が頭に響き、ぼやけた視界が徐々に鮮明になってくる。目の前には、ダニエルがいて、グローを揺さぶっている。

 「どうした。」

 グローは眠い目を擦り、起こしてきた理由を尋ねた。

 「何かが近づいてきたようだ。多分足音と威嚇の唸り声からして、狼だろうな。もし、数が多かったら、厄介だしな。」

 「わ、わかった。」

 グローはそのダニエルの言葉を聞き、飛び上がる。ヴォルティモもどうやら起こされたようだ。彼らは武器を構えると、向こうから狼が三匹の群れで近づいてきた。

 「三匹だったら、この人数だといけそうだな。一気に片付けるぞ。」

 ダニエルたちは、狼に走って近づき、斬りつける。グローたちもそれに続き、狼に近づき、斬りつける。狼は負けじと攻撃してきた者の腕や足に噛みついてくる。

 「いってぇ!」

 腕を噛みつかれたノアは持っている剣のポンメル柄頭で、狼の頭を思いっきり殴る。

 「キャン!」

 殴られた狼は、悲鳴を上げ、すっかり怯んでいる。他の二匹の狼はもう倒したようだ。最後の残り一匹の狼は怖いのか、尻尾を足に挟み込み、耳は垂れ、下から覗くようにこっちを見てくる。

 「さて、終わらすか。」

 ダニエルが剣を振り上げ、狼を斬りつけようとする。

 「ちょっと待ってください。」

 その瞬間、ヴォルティモが狼とダニエルの間に立ち塞がり、狼に攻撃させないようにしている。

 「さっきの狼二匹は最後まで闘争心があったが、この狼はもう戦意がない。ここは見逃してもらえないか。」

 ヴォルティモは狼を庇うようにする。無駄な殺生をしたくないのだろう。

 ダニエルは「はぁ」とため息をつく。

 「甘いな。ここは殺るか、殺られるかだ。こんな厳しい世界だと、そんな甘い戯言じゃ生きていけないぜ。」

 ダニエルはヴォルティモを横にずらし、改めて狼を殺そうとする。

 「それはどうかな。」

 今度はグローが止めに入る。

 すると、ダニエルは彼の方に振り返り、

 「どういうことだ。」

 と強く聞き返す。

 「その狼を生かしておくことは、お前らにとってもメリットだと思うぜ。そいつを家畜化し、魔物狩りや酪農で手伝わせれば、お互いに良いと思うぜ。」

 グローは言い訳を捲し立てるように、早口で伝えた。そのことを聞き、ノア、ハンス、ペーターは、「確かに」と納得をしていた。その仲間の納得した姿を見て、ダニエルは上唇を噛み、イラッとしている。

 「ふん、甘い奴らだな。俺はそんなのごめんだ。」

 ダニエルが再度剣を振り下ろそうとすると、仲間が前に立ち塞がり、止めに入る。

 「まあまあ、兄貴。こいつらの言い分も分からなくないですぜ。」

 ダニエルは仲間が止めに入り、余計に怒りが高まる。そして、その持っている剣を地面に叩きつけるように投げる。

 「もういい!俺は知らん。ノア、ハンス、ペーター、やるとしてもお前らがやれ!」

 ダニエルは不貞腐れるように、寝床に戻り、毛布を被って眠る。

 狼はもう彼らが攻撃する気が無いのを知り、尻尾を振りながら近づいてきた。ペーターたちがその狼をよしよしと手懐ける。

 グローとヴォルティモは、殺した狼の亡骸を地面に埋め、弔いを行った。

 その後、再び皆眠りについたが、ダニエルだけは皆に背中を向けていた。

 ヴォルティモの傍には、狼が丸まって寝ている。暖かそうだった。

 グローたちは翌朝起きて、再びミラントへ向かった。

 そして、ミラントの手前に着き、ここで盗賊の人たちと別れることにした。狼もこっちに来たそうだが、連れていけないため、お別れだ。ペーターは狼に干し肉の欠片を与え、手懐けている。

 グローたちは彼らに別れを告げ、感謝の会釈をする。ハンス、ノア、ペーターも会釈を返してくれた。だが、ダニエルは背中を見せ、別れの挨拶をしてくれない。グローたちがもうミラントの街に入るかと進もうとしたとき、ダニエルは後ろ姿のまま右手を上げ、「じゃあな」と言わんばかりにヒラヒラと手を振る。多分彼なりの照れ隠しなのだろう。グローたちはクスッと含み笑いをし、前を向き、ミラントの街に向かう。

 狼は「ワオーン」と長い遠吠えをする。まるで彼らとの別れを悲しむように、そして同時に旅を祝福しているかのようだった。

 グローとヴォルティモは、ミラントの城壁から街へと入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る