第14話 危機とこれから

 グローは、ここから西の街ブレダペシュトに行くのに、ヴォルティモに案内してもらっていた。とりあえず、ヴォルティモはグローとの故郷への旅を保留にし、ブレダペシュトまでなら案内してもいいとのことだった。

 彼らは馬車に乗りながら、横にブドウ畑が広がる道をしばらく進んでいた。気持ちいいそよ風が吹く。グローは、馬車の運転をヴォルティモに任せ、馬車の中で一人田舎の景色を楽しんでいた。故郷にいたときは田舎が嫌だったが、今になって田舎の良さを実感する。

 彼は日向の心地よい暖かさと風の気持ちよさでウトウトと昼寝をした。ほんの少し仮眠を取り、目を開けると、草原地帯を走っている。どうやらいつの間にかブドウ畑を抜けていたようだ。

 ボーっと外の景色を眺めていると、何やら向こうに人影が見える。いや、あれは人ではなさそうだ。グールだ。

 途中の道で餌を探して、ウロウロしていたグール二匹に遭遇した。グールは、人型で肋骨が浮き出るほどやせ細っており、鋭い牙を持っている。しばしばグールによる食人被害もよく聞く。

 ヴォルティモはグールを見ると、グローの方に振り返ってきた。

 「どうせ見つかるし、近隣の人にも迷惑をかけるから、あのグール二匹は倒しておこう。」

 「そうだな。」

 俺は闘いに備え、剣を手に持った。だが、ふとヴォルティモは自衛できるのか気になり、聞いてみた。

 「ヴォルティモは武器持っているか。」

 「一応自衛用の錫杖は持っている。棒術の心得もほんの少しならある。」

 ヴォルティモは馬車から長い棒を取り出し、手に持ってグローに見せた。

 「なら、良かった。じゃ、一匹のグールを頼んでもいいか。」

 「了解した。」

 彼らは、馬車を降り、それぞれ一匹のグールに対峙した。グールは牙を見せつけるように、上唇を上げ、威嚇している。グールは手を地面に付け、四足歩行で走って、そのままグローに向かって突進してきた。彼に近づくと、大きな口を開け、噛みつこうとしてきた。彼は噛みつかれないように、その大きな口に剣を横に入れた。グールは剣を頬張り、その隙にグローはグールの腹を蹴り、軽く吹っ飛ばした。ひるんだグールをそのまま畳みかけるように、頭を割るように剣で斬る。斬られたグールはそのまま倒れこんだ。

 ふとヴォルティモの方も見ると、そっちもグールを倒したようで、もう片方のグールも倒れこんでいる。

 二匹のグールの死体は塵となり、骨だけが残った。俺はグールが死体になったのを確認し、もう馬車に戻ろうとすると、ヴォルティモはグールの死体に向かい、しゃがみこんだ。そして、グールの死体に手を合掌し、「ごめんな」と呟く。

 「何しているんだ。」

 グローが不思議そうに聞くと、

 「ああ、殺したからな。弔っているんだ。」

 「でも、魔物だろ。」

 「魔物でも関係ないさ。これは俺の持論だけど、魔物にも意思や魂があると思うんだ。あいつらはあいつらなりに生きている。その上で俺ら人間たちが殺しているから、せめて弔ってやりたいんだ。これは魔物だけじゃなく、動物や人間に対しても同じように。」

 グローはヴォルティモの言葉に、確かにその通りかもしれないと納得する。彼も最初は魔物を殺すことに恐れを感じていたが、今ではもう慣れて、当たり前になってしまっている。

 「まあ、俺の変な持論だけどな。一応仏教徒だしね。」

 ヴォルティモはハハと頬を掻いて、愛想笑いをする。これは冗談のように言っているが、本当にそう思っているのだろう。

 グローは馬車からグールの骨に近づき、骨を抱え、向こうに持っていこうとした。

 「どこ持っていくんだ。」

 ヴォルティモは不思議そうに、彼に尋ねてきた。

 「埋葬しよう。」

 その言葉を聞き、ヴォルティモは一瞬驚くが、自分の想いを分かってもらえたからか、嬉しい表情をした。

 彼らは地面の土を軽く掘り、グールの骨を埋葬し、手を合わせた。

 「じゃ、行くか。」

 「そうだな。」

 彼らは命を噛みしめながら、静かに馬車へ戻り、先を進めた。

 グラーツまで大分進み、その途中の村に行きつくと、辺りが暗くなり、夜が訪れる。

 「とりあえず、今日はここまでにしよう。」

ヴォルティモは馬の歩きを止め、どこか止められそうな場所を探す。

 「そうだな。ちょうどここに村があるから、頼んで泊めさせてもらおう。」

 ヴォルティモはそのことを聞くと、怪訝そうな顔をした。

 「え、俺は金そんなに持っているわけじゃないから、野宿でいいよ。」

 グローは、ロマニ民族は食糧や金に困っているって言ってたことを思い出す。

 「いや、それぐらいだったら、俺が払うからいいよ。」

 「いや、いいよ。」

 申し訳なさそうに断るヴォルティモを、グローは半ば強引に引き連れて、宿代を支払い、泊まることにした。しかし、宿の主人や奥さんが怪訝そうな顔で見てくる。そこでようやくヴォルティモが泊まることに嫌そうな反応をした理由が分かった。お金に困っているのもそうだが、彼らロマニ民族にとって居心地が悪いんだ。もう少し気を遣えばよかったとグローは反省をする。

 彼らは半ば逃げるように、宿の階段を上り、二階の部屋に入った。

 何とも言えない気まずい空気のまま、彼らはそれぞれのベッドで寝た。

 眠りについていると、突然

 「魔物だー!」

 村中に聞こえるくらいの大声が聞こえた。

 村人はその声で飛び起き、慌てふためき、すぐに家を出た。彼らも続いて飛び起き、宿を出た。

 宿を出ると、向こうに人だかりが見える。村人の女性や子どもは後ろに離れ、男たちは壁を作るように魔物に立ち向かっていた。

 グローはその男性陣が立ち向かっている先を覗くと、オーク1匹とゴブリン数匹がいた。ゴブリンは以前に対峙したやつとは少し違い、ボロボロでない剣や服を身につけている。オークに至っては、安そうではあるが、革の鎧と少し大きめの剣を所持している。身につけているものだけでなく、筋肉は盛り上がり、普通の成人男性くらいの身長はある。鼻は大きく丸く、牙は口から剥き出している。もう見た目からいかつさが滲み出ており、怖気づいてしまう。

 しかし、見た目の野蛮さに反して、血気盛んではなさそうだ。持っている剣を地面に突き刺し、ただ仁王立ちをしている。オークたちは、威嚇はしてはいるが、攻撃する気配が今のところ無い。

 しかし、グローとヴォルティモが人の群れを掻き分け、魔物に対峙する。グローが剣を、ヴォルティモが錫杖を持ち、構えると、オークたちは攻撃する気になったのか剣を手に取った。

 村人は斧や鎌、くわを手に取り、一応立ち向かおうとする。といっても、普段は農業しか行っていない人たちだ。まともに戦うのは難しいだろう。特にあのオークは厳しいはずだ。グローは、自分たちで何とかするしかないという責任に駆られる。

 ヴォルティモの肩を掴み、村人たちに向かって話す。

 「俺とこいつがオークの相手をするので、ゴブリンの牽制をお願いします。無理せず、自分の命優先で。」

 ヴォルティモは真横から、

 「おいおい。勝手に決めるなよ。」

 と少し呆れたような言い方をするが、逃げたり、村人を見捨てたりしようとはしない。むしろ覚悟を決めたような顔つきだ。元よりそういうつもりだったのだろう。グローは誇らしく思う。

 グローとヴォルティモはオークの前に立ち塞がる。

 オークは彼らの顔をジロジロと品定めするように見てくる。

 「ほう、中々骨のありそうだ。俺はこいつらの相手するから、お前らはあそこの村人にけしかけろ。」

 グローはその話を聞いて、後ろの村人をチラッと見た。

 「あいつは何を言っているんだろうか。」

 ヴォルティモはオークが何を言っているのか分からないようだ。グローだけがオークの話している言葉の意味が分かった。これはエンジェル語だ。

 グローがオークの言葉の意味が分かっていることを雰囲気から察したようだ。

 「んー?お前はエンジェル語が話せるのか。なぜこんなところにいるんだ?まあ、いいか。とりあえず殺せば問題ないか。」

 オークは剣を構える。その禍々しいオーラから気圧されそうだ。

 オークはグローに向かって一気に距離を縮め、剣を大振りで思いっきり振ってきた。グローは、すかさず剣を振り上げ、横を切るように受け止めた。しかし、オークの力が強すぎて、軽く飛ばされた。彼は隙を見せてはいけないと体勢を整え、もう一度構えた。

 「ほう。俺の攻撃を受け止めても、剣が折れないとは。よほど良い剣なんだな。それ欲しいな。」

 グローの背筋がゾクッとする。そのオークの言葉は、グローを殺して、奪おうという意味なのだろう。この剣はグローにとって、父親から貰った大切な剣だ。失うわけにはいかなかった。そのことが、彼を負けるわけにはいかないと奮い立たせた。

 彼はその勢いで、オークに向かって走り、斬りかかった。オークは勿論、彼の攻撃を剣で受け止め、鍔迫り合いをする。そして、その隙にヴォルティモは錫杖でオークの脇腹を思いきり突く。

 咄嗟のことでさすがにオークもくらったのか、ヴォルティモを横目で睨めつける。

 「痛えな。」

 オークはグローを力で軽く飛ばし、ヴォルティモに向かって剣を振り下ろす。

 ヴォルティモから殺すつもりだ。グローは焦り、もう一度オークに立ち向かう。

 オークはお構いなしに剣を振り下ろすが、ヴォルティモはそれを錫杖を横にして受け止める。オークの方が圧倒的に力が強く、ヴォルティモはジリジリと押し負けているが、負けじと根性で押し負けないようにする。力を限界まで加えているため、手が震え、歯を食いしばり、顔は赤くなっている。

 グローはその隙にオークの鎧が付いていない背中を目掛けて、思いっきり斬りかかる。

 「ぐうあ!」

 オークは痛みから声を出し、背中の傷から血をダラダラと流している。

 オークはグローを警戒し、攻撃を受け止めているヴォルティモの腹を蹴り、吹っ飛ばす。ヴォルティモは蹴られた腹を押さえ、崩れ去る。

 オークはグローを睨めつけて、斬りかかりにいく。さっきの上から振り下ろす斬り方はヴォルティモに受け止められたため、それを学習したからか、横から思いきり斬りかかる。

 このままでは危険だ。グローは剣を縦に向き変え、オークの剣を受け止めようとした。仮に受け止めたとしても、かなり吹っ飛ばされてしまう。彼は吹っ飛ばされてもいいように受け身の準備をした。

 「痛え!」

 すると、オークが痛み出し、背中の方を振り向いた。

 ヴォルティモがオークの背中を抉るように突いていた。

 「おい、ゴリラ野郎。こっちも忘れてんじゃねえよ。」

 先ほどグローが斬った傷口をさらにグリグリと突いているため、オークはかなり痛がっている。額からは冷や汗をかき、ヴォルティモを睨みつけている。そのおかげで、グローへの攻撃は止まり、注意もヴォルティモに向いていた。グローはそれを見逃さず、跳躍し、後ろを振り向いているオークの首に斬りかかった。オークの首はスラっと斬れ、頭が吹っ飛び、体もそのままズシッと倒れた。彼らはオークが倒れたのを見て、気が抜け、へたり込んだ。

 オークのやられた姿を見たゴブリンは戦意を失い、どんどん殺されていった。ゴブリンとオークの死体は灰になり、骨だけが残った。

 彼らは生き残った。とりあえず、その事実を今はただただ噛みしめた。

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