第13話 ヴォルティモとの出会い

 グローはこの不平等に歯がゆさを感じながらも、自分には何もできないため、心にあるわだかまりを抱えながら先を急いだ。

 カッパトッカのバザールで食糧や水も補充し、次にエルバ人自治領に向かった。近くにエルバ人がいないか見渡し、馬車を引き連れたエルバ人を見かけると、彼はすかさず声をかけた。

 「すみません、イスティンポリンまで案内してください。」

 ここにいるエルバ人はしばしばドワーフと話すので、アトマン語を話せるから助かる。彼はエルバ人に運賃を渡し、荷物と一緒に馬車に乗せてもらい、連れて行ってもらった。エルバ人自治領に近づくにつれ、山なりな地形が減り、平原が多くなるので、カッパトッカまでの行きに比べて、進みが早かった。

 平原では、鹿や羊などの野生動物が、平原の草を食べている。グローたちが近づくにつれて、鹿や羊が遠くへ逃げていく。いや、どうやら彼らを見て、逃げたわけではないようだ。

 羊たちが逃げていった逆の方向からチョンチョンが出てきた。体は無く、生首だけという異様な見た目をしている。そして、翼のような大きな耳を羽ばたかせ、浮いている。チョンチョンは動物から吸血を行い、それを栄養として生きている。多分先ほどの鹿や羊は吸血を恐れて、逃げていったのだろう。チョンチョンは彼らの方に向かって、飛んできた。グローは剣を手に取り、ドワーフ流の構えをした。チョンチョンは彼の剣に警戒し、隙を窺っている。多分彼のうなじを噛もうとしているのか、後ろに回ろうとしてくる。彼は後ろを取られないように、この構えのまま少しずつ回転した。

 すると、かなり奥の方から鈍い足音が近づいてくる。チョンチョンは耳が大きいゆえに、音に敏感に反応し、後ろを振り向く。その隙を彼は見逃さず、下から上に向けて剣を振り上げ、チョンチョンの頭を切り裂いた。そして、切り裂かれたチョンチョンは下にボトッと落ち、全て灰になった。そこには灰と頭蓋骨が残されている。

 ―こればっかりは慣れないな。

 彼らはチョンチョンがいなくなり、安心して先を進もうとすると、先ほどの足音が徐々に大きくなっていく。ズシン、ズシンと。遠くにオオトカゲがノソノソと歩いている。舌なめずりをし、獲物を見定めている。

 エルバ人が少し焦りだし、コソコソとグローに耳打ちをした。

 「オオトカゲはさすがに危険だ。オオトカゲは獲物を見つけると、とても速いスピードで追いかけてくる。その上、かなり顎の力が強く、獰猛だ。やつに気づかれないように、静かに離れよう。」

 彼らは、オオトカゲから離れるように遠回りしながら、イスティンポリンに向かった。

 平原を歩き続け、途中のエルバ人の村の宿で休憩した。朝になり、再度進度を進めると、エルバ人自治領を抜け、夕方にイスティンポリンに着いた。イスティンポリンの街の雰囲気は、またカッパトッカやハットゥシャとは違く感じる。他の街に比べて、ドワーフの比率が減り、白い肌の人間種が多く、服装などもガラリと変わる。建築様式も今までとは変わっており、ドーム型でモザイク画の聖堂を多く見かける。

 さすがに夕方はもう船が出ていないため、グローは今日は諦めて宿で一泊することにした。朝になり、彼はイスティンポリンの街で食糧や水を補充したら、すぐに神聖エストライヒ帝国に向かう船を探した。そして、運賃を払って頼み、船に乗せてもらい、彼は神聖エストライヒ帝国に向かった。さすがに歩き疲れたからかその日はぐっすりと眠れた。

 「おーい、あんた、神聖エストライヒ帝国に着いたぞ。」

 グローはその言葉でハッと目が覚め、飛び起きた。

 「すみません、今降ります。」

 あの人が起こしてくれなかったら、そのまま寝過ごしていただろう。彼は寝起きの目を擦り、急いで船から降りた。

 彼は、神聖エストライヒ帝国のセグszegという街に着いた。



 やはりアトマン帝国の住宅などの構造が全然違う。ここはオレンジ色の屋根に白レンガの構造が多い。ブレダペシュトの街はまあまあ大きい街で商店も多い。その上、港が近いため、アトマン帝国産の武具が所々置いてある。多いわけではないが、不足しているようには見えない。ここでは売れないな。もう少し奥の方まで進んで、その街で売るか。

 彼は買い物を終えると、城壁を潜り抜け、街外れの郊外に出た。彼は、ここから北西にあるブレダペシュトBledapeshtという街を目指す。そして、ちょっとした高原の舗装された道を歩いていると、進行方向の先に停めた馬車を見かける。徐々にその馬を引き連れ、その馬に牽引されている車に乗っている男性がいる。もちろん貴族が乗る馬車とは違い、何か生活感を感じる車だ。その車に乗っている人も全然見た目が違う。エストライヒ人とは違い、肌も髪なども少し茶色みがかかっている。目も大きめで彫が深い。どこか遠くから来たのだろうか。

 だが、何か様子がおかしい。男性は車の中で横になっている。もしかしたら、ただ寝ているだけかもしれないが、この往来の途中で停まっているのも少し違和感を感じるので、彼は声をかけてみることにした。実は、一応教養として、標準のエストライヒ語をガッリア出身の母親に教わっていたのだ。ここで、学んだ成果を発揮してみることにした。

 「大丈夫ですか。」

 馬車の中にいる男性に声をかけると、男性の腹からぐぅーと音が鳴った。

 「…腹が減ってて。」

 その男性がポツリと呟く。

 グローは呆気にとられつつも、仕方ねぇなと自分のバッグからパンを一つ取り出し、彼に分け与えた。

 「助かります。」

 よほど腹が減っていたのか、パンにがっつくように頬張った。パンを食べる彼を物珍し気に見ていると、やはり彼の服装などからここ出身ではなさそうに見える。彼の見た目は、黒茶の長髪をハーフアップで結び、ゆったりとした長い白布を纏っており、右肩のみを外に出している。服装や肌の色などどれ一つ取っても、この神聖エストライヒ帝国の人とは全く違う。


 グローがジロジロ見ていたのを、彼は怪しく思ったのか、怪訝そうな顔をしていた。

 「あの、何か。」

 「あ、すみません。見た目がここの人とは違うなと思って。」

 それを聞いて、彼はほんの少し納得したのか、硬い表情を緩めた。

 「あー、なるほど。確かに、私はここのエストライヒ人とは違います。私は、ロマニRomany民族のヴォルティモVortimoといいます。」

 聞いたことない民族名だった。

 少しヴォルティモと話していると、遠くからポクポクと馬の足音とカラカラと転がる車輪の音がする。向こうから馬車が来たようだ。邪魔にならないように、ヴォルティモは慌てて馬車を端に寄せる。向こうから来た男性は、挨拶程度に軽く会釈をする。ヴォルティモもすかさず会釈を返すが、ヴォルティモの見た目に気づいた男性は、突然不快感を露わにした顔で見つめてきた。

 その男性が横を過ぎ去るまで、ヴォルティモは居心地悪そうにしている。

 グローは、ヴォルティモがなぜそんな目で見られていたのか分からず、率直に聞いてみた。

 「変な目で見られているけどいいんですか。」

 ヴォルティモは頬を搔きながら、苦笑いを浮かべている。

 「仕方ないですね。彼らからしたら邪魔ですし。私たちロマニ民族はいつも食料に飢えているから、窃盗をはたらく人も少なくないんですよ。だから、彼らからしたら当然でしょうね。」

 ―そういう事情があるのか。

 しかし、ヴォルティモは仕方ないと諦めてはいるが、少し寂しさが顔に出ていた。

 グローはその顔を見かねて、

 「他のとこに移動しないんですか。」

 と尋ねてみた。

 ヴォルティモは諦めたような顔をする。

 「他に行く当てもないですから。」

 だが、グローが先ほどから疑問に思っていたことを聞いてみた。

 「故郷は?エストライヒ人を見るに、ここが故郷ではないんですよね。」

 「いや、ここが私の故郷であり、故郷ではないです。」

 グローが腑に落ちないような顔をしていると、ヴォルティモは補足の説明をしてくれた。

 「元々私たちロマニ民族は大昔にずっと東にいたんです。だけど、宗教的な問題で西に西に移動し続けて、ここに至った。その子孫が今のロマニ族です。」

 グローは、ヴォルティモの話が理解できた。だが、まだ分からないことがあった。

 「宗教的な問題?」

 「私たちロマニ族は仏教徒なんです。だが、元の東の地がブラフマン教が広まり、私たち仏教徒は移動を余儀なくされたんです。」

 そういう複雑な理由があるのかと、彼は納得した。しかし、彼は余計なお世話かもしれないと思ったが、諦めずに聞いてみた。

 「そうなんですか。でも、今はどうかはわからないんじゃないですか。」

 ヴォルティモは少し迷いがあるような顔をするが、すぐに付け加えるように理由を伝えてきた。

 「あー、でも、その故郷の地は遠いんですよ。今更行く気が起きないですね。」

 グローは、ヴォルティモを見ていると、昔の自分を思い出す。何かできないことに言い訳を作り、自分の想いに封をしてしまう。自分で自分の枷を作ってしまい、どんどん自分を苦しめている。確かに、この世は生きづらいだろう。でも、やってみなきゃわからないことはたくさんある。グローは昔の自分を救いたいという思いが募り、恐る恐る尋ねてみた。

 「じゃあ、俺と一緒に行きませんか。俺は世界中を旅するつもりだから、途中まで行きましょう。」

 ヴォルティモは少し驚き、少し戸惑っていた。

 「えー…。」

 だが、その言葉とは裏腹に、表情を見るに、満更でもなさそうだった。

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