第2話 出会い
少し冷える海風がなびき、近くの海面に波が立っている。かつての草原と小高い丘での風がとても懐かしく感じると同時に、もう感じることすらできないのだとグローの心に重くのしかかる。
ここはあの土地の静けさと違い、人と物が入り乱れて、ざわざわととても喧騒としている。あまりのうるささに、グローは耳も目も塞ぎたくなってしまいそうになる。
この国はとても栄えており、きらびやかな街並みがそのことを物語っている。ここに住んでいる様々な種族の人たちは皆一様に笑っている。この住宅街や城、屋敷などの高い建物も、街が人で溢れるような人混みも、きらびやかに光る商品やアクセサリーも、彼にとってはあまりにも眩しすぎる。
ここに彼の居場所はない。
だが、彼には帰る場所も無い。いや、正確には帰させてもらえないという方が正しい。彼ら奴隷には、足に逃げられないように重い鎖がついている。奴隷の彼は自由に帰ることも許されない。
グローは奴隷狩りに遭った後、この
それに、彼にとっては、自身の存在意義が消えてしまわぬよう、エールの「グロー」ではなく、奴隷の「グロー」の方が気持ちが楽なのかもしれない。彼はそうやって自分を納得させていた。
彼ら奴隷は主人の命令を聞いて、怒号が飛び交う中、自分に与えられた仕事をこなしていく。
グローも仕事場の炭鉱現場に行き、鉱山物を採掘し、それを運んでいく。その作業を毎日毎日繰り返している。手は動かしてても、彼の心や頭は停止しており、ひたすら終わらせることだけを考えている。
「おい、そこのお前!早くそれを運べ!今日までにこのノルマを達成しなければ、飯は無しだからな。」
雇い主のような人が、グローを大声で怒鳴り散らかす。
失敗すれば鞭で打たれ、作業が終わらなければ飯抜きはざらにある。彼らの手には多くのまめと切り傷があり、服もボロボロだ。食事はほぼ水のようなお粥だけで、栄養なんか全く考えられていない。そんなご飯だから、彼らにとって全く楽しみでもなく、飯抜きと言われても今更彼らの心には響かなかった。
そんな劣悪な環境のため、病気になったり、栄養失調や過労で倒れる奴隷もいる。だが、奴隷は病気になったら即座に捨てられる。そして、代わりの奴隷が入る。その繰り返しだ。彼らには代わりがたくさんいる。
そうやって彼ら奴隷は平日の早朝から夜まで働いて、日曜に安息日という決まりで、近くの天使教の教会へ礼拝に行かなければならない。そこでは、神や天使のすばらしさや聖書による教えなどの説教が行われる。他にも彼らは教会でこんなことも教えられた。
ここエンジェルという国は、エンジェル人の王が支配しており、一定数のエンジェル人と他民族の奴隷で構成されている。元々この土地には先住民がいたらしく、そこに別の土地からやってきた民族が「神の啓示を受けた」と言い、先住民からこの土地と皇帝の称号を託された。そして、その民族が神の使いという意味で「
彼らはそう教わったが、真相は定かではない。
だが、ここの国はその「かみさま」や「てんし」というやらを崇拝する天使教が信仰されている。ちなみに、その天使教を束ねているのもこの国のエンジェル皇帝だ。そのため、エンジェル皇帝は絶大な権力を持っている。王の城の荘厳さが、その支配の強さを物語っている。
特に、このエンジェル国の4大都市といえば、首都の
この都市は大きい川の近くにあり、この川を境に隣国と接している。そのため、他の国に攻め込まれないように、強固な要塞が建てられており、
そのため、この都市では食料や武器などの資源が欠かせない。つまり、グローたちはその鉱山の開拓などのために、連れてこられたようだ。
彼らにとって、理不尽に思えるかもしれない。だが、これも天使教によると、「運命」、「宿命」というもののようだ。だが、彼らはそんな言葉で簡単に納得できるほど、愚かではない。信じているわけでもない。ただ、彼らは、それが正しいのか知る由もない。エンジェル人にとっては自分が天使の末裔とすることができるわけだし、彼ら奴隷はそれを確認する術はない。ただ、そう信じる方が彼らにとって居心地がいいのだ。
だが、そう思ってしまうのも、当然なのかもしれない。彼ら奴隷はその日暮らしで精一杯で、そんな人生がエンジェル人という他者にそうされたと思うには、あまりに残酷だろう。ならば、まだそう正当性があった方が救われるのかもしれない。
グローを含めた奴隷たちが淡々と仕事をしていると、空が徐々に太陽を隠していき、夜が訪れる。グローたちは、寝床の仕事場から馬小屋に戻される。
「はぁ、疲れた。全くやってらんねえぜ。」
多くの奴隷がそう言い、
だが、奴隷の多くが飯を取りに行こうとすると、突如馬小屋の扉が開き、見知らぬ男が入ってくる。
その男は、グローたちと同じような貧相な服だが、その顔立ちや立ち振る舞いからはグローたちとは違うような雰囲気を漂わせている。外見でも、肌が白い人種が多いエンジェル帝国の中では珍しい褐色の肌である。成人男性くらいの背丈の大きさとその濃い髭から見て、歳はだいたい40ぐらいかもしれない。
「ユミトといいます。ヨロシク…オネガイシマス」
彼はカタコトで少しばかり拙い挨拶をするのであった。本来であれば、単なる新しい奴隷が入っただけに過ぎないが、グローはなぜか引き寄せられるようなものを感じた。
グローは新人の奴隷に話しかけてみることにした。
「えーと、コトバわかりますか?オレ、グロー。ヨロシク。」
グローもその男につられてカタコトになったが、ジェスチャーをつけながら話すことで、相手のユミトという人物は、小さく縦に頭を振るのであった。だが、いきなり話しかけられたので、驚いたのだろう。ユミトは少し引きつった笑みを浮かべている。
「アンタ、ここらへんの人とチガウ、どこから来た?」
「ココからもっとトオイ、ミナミ、アトマン帝国だ。」
グローがユミトに出身を尋ねると、ユミトはたどたどしい言葉で質問に答える。
全く聞いたことが無い国名であったため、グローは見当が全然つかず、戸惑ってしまった。だが、戸惑いと同時に彼の中で好奇心が生まれ、彼は次第にユミトの話に真剣に耳を傾けるのであった。
「聞いたことない国だな…。その国はニンゲンの国か?」
「いや、ドワーフの国だ。」
少し話を聞いていたら、どうやらここから南にアトマン帝国というドワーフの国があるらしい。さらに、話を聞いていると、ユミトは商人をしており、世界各地を飛び回っていたらしい。それが彼にとって幸せでもあり、不幸でもあった。その商売先の国で、奴隷狩りに遭ってしまったのだ。
だが、ユミトの顔は決して曇っているわけではなく、むしろまだ目の奥に光を宿している。グローはその自身の常識を覆すようなユミトの話と光に興味を魅かれていた。
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