数多の憶測と一つの現実

「時間を操る魔術だと?何故そう思いつく?」



 ゼノビア姫殿下は依然として怪訝な顔をしていた。



(それもそうだろうな)



 何故なら、魔術は火、水、風、土の4元素からなっており新しく作られる魔術でもこの4つの元素を土台にして作られている。



「突飛な事を言っているのは私が一番理解しております。今の魔術では時間の干渉は不可能とされているのが事実ですから。」



 過去や未来への干渉する魔術が研究されなかったわけではない。

 実際に私が勤めている魔術塔に行けば色々と論文は出てくるのだ。



 しかし、結局は立証されず最後はいつもこの言葉で締められていた。



「『この所業は神のみに与えられた権能である。』この言葉は時間に干渉する魔術の研究者の行きつく先の言葉です。」




 ゼノビア姫殿下も国王陛下もこの事実はご存じなのだろう。依然として表情は曇ったままだ。



「陛下もご存じとは思いますが、姫殿下が消えた大広間には魔術痕はありませんでした。そして、私しか聞こえなかったと思われる時計の音のする方へ行くと視界の認識阻害魔術の魔術痕がはっきりと残った地下室に辿り着きました。」



 姫殿下は少し困惑した顔をしていた。



「まさか、時計の音がしたから時間干渉の可能性があると?」


「いいえ、恐らくは私を誘い出すためだと思われます。」



 その言葉に国王陛下は厳しい表情を浮かべていた。



「それだと君を狙った犯行ということになる。心当たりはあるのかい? 」



陛下の言葉に今度は私が困惑してしまった。


「私に嫉妬や恨みを持っている人は少なからずはいるとは思いますが、今回の阻害魔術からしても私よりも遥かに魔術師としては格上の方です。そんな方に狙われるような事は覚えがございません。」


「不快な思いをさせてすまない、話を続けてくれ。」


 陛下に話を促されて再び憶測を私は話を話し始めた。



「地下室で魔術をかけられたときに天体のような結界の中に姫殿下と閉じ込められました。その後に激痛が走り意識を飛ばす前に、確かにこの目で私の胸部の辺りから地下室で会った男が持っていたものと似たような懐中時計が出てきたのを見ました。」



 ここまでの話を聞いてお二人とも私と同じ結論にたどり着いたのだろう。

 有り得ないといった顔をしていたゼノビア姫殿下が口を開いた。



「貴方から出た時計が私に埋め込まれて、先に抜き取っていた私の時計を貴方に埋め込んだから肉体年齢が逆転しているのか?」



「私たちの肉体年齢をひっくり返したという人体への時間干渉。これが可能であるならば一定空間への時間干渉も可能とみて間違いないかと。姫殿下の地下室への誘拐と私に対しての魔法陣の発動の少なくとも2回はその魔術が使われたと思います。」




 姫殿下への誘拐とそして私に気づかれず魔法陣の発動は、時間を止めての犯行だとすると辻褄が合う。




 時間を止めている間に姫殿下を移動させる事と地下室の床に魔力を練り込む事が行われていたなら、私たちは姫殿下が一瞬のうちに消えたと思うだろう。

 そして私が足を一歩踏み出すと同時に時間を止めてから魔法陣を書き、もう一度時間を動かすことが可能ならば私に気づかれることもなく魔術の展開は出来る。



 あくまでも憶測の域は出ない言わば机上の空論だ。

 立証されていないがあの光景を見た私からすると可能性は一番高いと思う。



 しかし、この問題が解決しても残っている問題は2つ。




 一つは、この机上の空論をお二人は信じていただけるのか。

 


 そして、2つ目が問題で一番重要なことでもあった。




(この憶測が合っていたとしても、解決策が思い浮かばない!! )



 情報提供と話していれば何か解決の糸口があるかと思って話していたけど、やっぱり解決策は思い浮かばなかった。


(魔術師の名が泣いてしまうわ……)


 泣きたくなる気持ちを押さえていると、神妙な面持ちで陛下がこちらを見ていた。



「すまない。ゼノビアと君には隠していたが犯人の心当たりはあるのだ。」


(最初から言ってください!! 私の憶測話は要らなかったじゃないですか! )



 流石に国王陛下に文句は言えずに黙っているとゼノビア姫殿下が怒りを露わにしていた。



「どういうことですか!? 最初から私達をからかっていたのですか!? 」

 陛下に掴みかかりそうな勢いで詰め寄っていくが陛下は依然として落ち着いていらした。



「信じたくなかった。でも、彼女の話を聞いて彼の行動は疑って欲しいと言っているように思えると判断したからだ。」



 彼とはいったい誰の事を言っているのだろうと思っていると、心当たりがあるのかゼノビア姫殿下は悔しそうに歯を食いしばっていた。



「カイロス叔父上か……っ! 」


「カイロス様ですか!? 」



犯人候補の名前に思わず声を上げてしまった。



 カイロス様はゼノビア姫殿下のお母様の弟君であり、魔術塔の主であるお人だ。

 身分が高い事と人の多い所を嫌う人のため見かけたことは無いけど、人徳者であると聞く。



そんな人がなぜ?



「ゼノビアの事を聞きに行こうと魔術塔へ行ったのだが彼の姿は無く、置手紙の代わりにこれが置いてあった。」



 陛下がポケットから出したものは懐中時計だった。



「これは魔法具ですね。この12個の窪みから魔力を微弱ながら感じます。」


 本来の懐中時計であれば数字が書かれている場所に何かをはめ込んでいたような窪みが12個あり、そのから色んな属性の魔力を感じた。



「恐らくは君たちに起こっている現象にこの魔法具は関係あるだろう。しかし、使い方を知っている筈のカイロスは姿を消してしまっている。」



 その言葉を聞いて姫殿下は勢いよく部屋から出ていこうとしていた。


「姫殿下、待ってください! 一応お聞きしますがどちらに行かれるおつもりですか!? 」



 そういって姫殿下を引き留めると聞き分けの悪い犬を見るような目でこちらを見ていた。



「叔父上を連れ戻してくる。この状況でこれ以外の行動をすると思うか? 」



 先程とあまりにも違う態度と見下ろした視線の威圧感から萎縮していると陛下が間に割って入ってくださった。


「ゼノビア、恩人に向かってその態度は何だ? それと君一人でカイロスを探せると本気で思っているのか? 」


 姫殿下が私に先程向けた威圧感以上の圧を姫殿下に向けられていた。


(胃が……、胃が痛い!!)



 気まずい雰囲気が続いたけれど、どうやら姫殿下が折れたらしい。


「お父様は何か策を考えていらっしゃるのですか? 」


 姫殿下の言葉に陛下は私の方に顔を向けられた。


「彼女も連れて行きなさい。恐らくは彼女が一番この状況の打開策を理解している筈だ。」



 陛下にそう言われると姫殿下は再びこちらを振り向いた。

 今度はあの高圧的な視線はしていなくて少し緊張がほぐれた。



「それは本当か? 」



 話を聞いてくれそうなので、魔術具を見てから思っていたことを口にする。


「カイロス様は世界中に名を轟かせる偉大な魔術師です。私達から隠れようと思えば簡単に隠れることは可能なはずです。」


「叔父上を捕まえる事はどれくらい難しい?」



ゼノビア姫殿下の質問に率直に答える。



「広い海の中に眠る爪先程の宝石を見つけ出す方が簡単かと。」




 その答えを聞いてカイロス様を探すことの難しさを悟ってくれたのか私の話を聞く気になっていただけたので話を続ける事にした。



「カイロス様を探すことは難しいですが、この魔法具を直すことはカイロス様を探すよりは簡単だと思います。」



 私の言葉を聞いてその発想はなかったのか目を丸くしていた。


「直せるのか?」


「この窪みを見るに魔石が埋められていたのでしょう。見るからに壊れて動かないのでは無く動力源が無くて動かないと思いますので、この窪みの部分から探知の魔術をかけて同じか同等の物を探して埋め込めば使えるはずです。」


 カイロス様ほどの人が姫殿下の命を狙ったのであればこんな痕跡を残さないはずだ。

 何か考えがあってこの魔法具を見える場所に置いて行ったに違いない筈。



「この状況を打開出来る可能性があるのは叔父上が残した魔法具のみということか。なぜ、叔父上はこんなことを……。」



 そう言ってはいたが、姫殿下から悲しみは伝わってはこなかった。


(今は、困惑の方が強いのかも知れない)



 そっとしておこうと思い国王陛下を見ると2人分の旅支度を用意させていた。



 余りの用意の速さに驚いていると用意した品の不備を心配していると思われたらしく、安心させるように微笑んだ。


「大丈夫。君の魔杖はこちらに持ってこさせたし、この旅支度の準備は信頼できる人達に任せてある。」


「あ、ありがとうございます!えっと、先程決めた事にしては随分と準備を整えるのが早いなと思いまして。」



 そう言うと、すっと視線を逸らされた。何処となくばつが悪そうな表情にも見える。


「実はこちらの事情で元から君はゼノビアと一緒に此処を離れて貰おうと思っていたのだ。」



そう言って懐から1枚の紙を出して私に見せた。



「君、この国でゼノビアの誘拐犯として指名手配されているんだ。」


「え、え?えぇぇーーー!?」




 でかでかと私の姿絵が載っている手配書を見て意識を飛ばしかけてしまった。

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