逆転した時計は動き始める
自分の真下に光った魔法陣にハンナは驚きを隠せないでいた。
(私に気づかれないでどうやって魔術を発動させたの!? )
感情的にはなっていたとは言え、冷静ではあった。
魔法具でも魔法陣でも発動させる為に練り込む魔力に気づかないなんて事は今日までなかったのに。
「この魔術で姫殿下を攫ったのね……! 」
気づかなかった事に動揺している間にも魔法陣は展開されていく。
神経を尖らせていると姫殿下と一緒に光に包まれ、広がるのは一面の星の海だった。
結界魔術の類だと理解したけどまるで天球儀の中にでも入ってしまったかのような錯覚を起こしてしまい思わず魅入ってしまった。
「綺麗……ぐ、ぅっ!? 」
そう思っていると突然心臓に激痛が走った。
(痛すぎて息が出来ないっ!! )
あまりの痛みに本能的に身体が意識を手放そうとしている。そう考える事は出来るのに身体に走る激痛と共に自分の不甲斐なさに顔をしかめた。
(私は一体、何に為に……)
最後に見たのは心臓あたりから出てきた懐中時計と意識を失った姫殿下だった。
ーーー???sideーーー
発動した魔法陣が少女達の真下に描かれる。
2人を軸にして発動した魔術は地下室を小宇宙の様に変え、その様子を男はじっと見つめていた。
決して、美しくて見惚れていたなどといった在り来たりな感想ではなく、これから始まるであろう自分の人生を賭けた行動の行く末が気になっただけである。
それだけの筈だったのに。
(それだけな筈なのにどうしてイライラするんだ? )
きっと、あの魔術師の言動のせいだ。
あの女の偽善的な言動のせいで俺は今どうしようもなくイライラしているんだ。
「ためらいもなく、命を投げ捨てるとか何で出来るんだよ。」
命が惜しくはないのか? それとも本気で命を懸けるべき人間だと思っているのか?
「----もしくは愛国心とやらか。」
だとしたら、笑える話だ。
その愛国心で助けた姫に恩を仇で返される結果となってしまう未来を男は知っていた。
「同情なんてしないからな。」
その呟きを吐き捨ててその場を立ち去った。
男がどんな顔をしていたかなんて男自身も分からないまま。
ーーーハンナsideーーー
意識が朦朧としている中、ふかふかの柔らかいものに包まれている感覚があった。
(さっきまで痛かった気がする……)
心地よい感覚にずっとこのままでもいいかもしれないなんて思いながら微睡んでいたら、ふと最後に見た光景を思い出した。
(そうだわ、姫様は!? )
そう思い、勢いよく起き上がった。
どうやら上質なベッドの上にいたらしい。
(起きるとすれば、あの地下室の冷たい床の上の筈。だとしたら、此処はどこなの? )
急いで状況把握に努めようとしていると、部屋の扉が開いて人が入ってきた。
しかし、臨戦態勢を取ろうとしたら足を引っ掛けてベッドの上で思いっきり転んでしまった。
(恥ずかしすぎる!! )
顔を赤らめてうずくまっていると、部屋に入ってきた人が声をかけてきた。
「意識が戻ったのだな。ケガはないか? 」
先ほどの光景は見なかったことにしたのか私の方に近づいてくる音がしたので顔を上げると、驚くほどの美少女がそこに立っていた。
綺麗な金の髪に緑の瞳。
特に緑の瞳が印象的で力強く射るような目力をしていた。
(ゼノビア姫殿下が大きくなられたらこの様なお姿になるのかしら)
あまりにも似ていたので姫殿下の親族の方かと思い、姿勢を正しお辞儀をした。
「その様な態度は取らないで欲しい。貴方は命の恩人なのだから。」
「えっと……。どういうことでしょう? 」
いきなり恩人と言われて困惑していると、もう1人部屋に入ってきた人物に仰天した。
「国王陛下!? 」
直ぐにベッドから降りて床にめり込むくらい首を垂れると、こちらが何も理解していない事が面白かったのか陛下は笑っていらっしゃった。
「ゼノビアの言うとおりだ。君は私の娘の恩人なのだから気を楽にして欲しい。」
……ちょっと待って欲しい。
この美しい女性は私の事を恩人と言っていて、国王陛下は自分の娘の恩人と言っていた。
いや、彼女に向かって陛下は確かに『ゼノビア』と自分の娘の名前を口にされた。
「あの、ご質問をよろしいでしょうか。」
あまりの気の動転具合に礼儀作法を欠いてしまったが陛下は特に気にした様子はなさそうだった。
「何かな?」
「私の間違いではないのであれば、姫殿下は御年『8歳』になられたはずです。そちらにいらっしゃる方はどう見ても8歳のお姿はしていないと思うのですが。」
現時点では、体を大きくする魔術の類は発見されていない。
(この方は本当にゼノビア姫殿下なの? )
そんなことを考えていると女性が不機嫌な表情をしてこちらに近いて来た。
「私が先に起きて地下室で寝ているお前をここまで運んだ。それに、気づいていないかも知れないが」
そう言って床に座り込んでいた私を簡単に持ち上げた。え? 持ち上げた?
「お前も体が縮んでいるぞ。」
「へ?え、えぇーーー!?」
うるさいとゼノビア姫殿下と思われる人物に窘めなれながら私はベッドに座らされた。
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「簡単に状況を纏めると、姫殿下と私の年齢がそっくりそのまま入れ替わっているという状態なのですね。」
「驚いていた割には、説明はすんなりと受け入れるんだな。」
姫殿下がそう言うと国王陛下が何かを察したようにこちらを見た。
「この状況になって腑に落ちる現象を何か見たのかい?」
「そうだと思う根拠となるものは見ました。……止めることは出来ませんでしたが。」
十中八九あの魔術のせいだろう。
姫殿下は気を失っていたからあの時に起こったことは殆ど知らない筈。そう考えていると姫殿下は少し前のめりになりながら私をじっと見つめていた。
「今は少しでも情報が欲しい。君の知っている事を話してくれ。」
「今ご存じの情報はどの様なものでしょうか? 」
「ゼノビアから聞いた話のみだ。一瞬のうちに地下室に連れていかれ、気が付くと身体が消滅しかけていたと。連れてこられた男に話しかけていたが右ひじが消えて以降は意識を無くしていたらしい。」
なんと姫殿下は私が地下室に来る少し前まで意識があったらしい。
私と同じ魔術をかけられたのなら相当な痛みだったはずなのに。
(私はあの痛みに1分も耐えられなかったのに、恐らくは10分近くは耐えていたことになる)
姫殿下の忍耐力に感心していると、黙り込んだ私を不思議に思ったのか姫様はきょとんとしていた。
「恐らくは、私も姫殿下と同じ魔術をかけられたと思います。」
そう言うと、姫殿下は血相を変えて私に駆け寄ってきた。
「貴方もあの痛みを!? 今は何ともない!? 」
「え? えぇ、大丈夫です。なので姫殿下の我慢強さに感心していたのです。私は1分も耐えられなかったので。」
そう言うと、姫殿下は苦いものでも嚙んだような表情をしていたが咳ばらいをして話を進めるように促した。
そんな表情をする姫様に違和感を覚えたが今は情報共有が大事と思い、話を再開した。
「状況は姫殿下の話通りです。私が地下室に来た時には姫殿下は意識を無くしており、男は懐中時計を持っておりました。」
一度、呼吸を整えてから次の言葉を続けた。
「そして、此処からは私の見た事と体験した事を基にして憶測にて話をさせていただきます。」
姫殿下と国王陛下は困惑した様子をしており、姫殿下が口を開いた。
「憶測で話をされたら困る。それを話さないといけない理由があるとでも?」
「犯人が使った魔術は私が見たこともないものでした。恐らくは王室の魔術師もそのような発言もしくは火と水の魔術痕しかないと報告されたのではないですか? 」
思い当たる節があるのか、今度は国王陛下が口を開いた。
「君の言うとおりだ。しかし、何故火と水の魔術痕しかないと判断出来たのだ?」
陛下の口ぶりからして、王宮魔術師の言い分は恐らく後者だったのだろう。
どうやら私の憶測は聞いていただけるらしい。
「火と水の魔術痕については、男が火魔術の罠を仕掛けており、私が水魔術にて相殺したからです。そして、彼が使った魔術は今現在では実証されていない魔術―――。」
「時間を操る魔術だと思います。」
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