第11話 湖に浮かぶ身体

 屋上で泣き合った私たちは、そのまま学校を抜け出して、あの湖に向かった。

 あの日、あの時、私たちが出会ったあの場所―――


 長い坂を下っている最中、私たちは何も話さなかった。

 何故だかわからないが…それが自然な気がしたのだ。


 駅前の歩道橋を下り、少し歩き、湖岸に着く。


 湖岸沿いの公園の芝生にお互いスカートが汚れることも頭に浮かばず、直に座る。 

 湖を2人でぼおっと眺めていると突然肩を掴まれ―――

 

 私はいつの間にか湖上に居た。

 山本さんが私を抱きしめながら、一緒に湖に飛び込んだのだ。


 狼狽する私に向かって山本さんが口を漸く開いた。


「私みたいに一回ぷかぷか浮かんでみて」

 そう言う山本さんは仰向けで湖に浮かんでいた。服を着ているために体全体ではなく上半身だけ湖上にある。水中でスカートが藻のように揺れている。


 私も彼女の真似をして仰向けで湖上に浮かんでみた。羊水で育った胎児の頃の潜在的記憶があるのだろうか、なんだか心温まる気分になってひどく気持ちが良かった。湖の生臭い匂いも気にならなくなった。


「気持ち良いでしょ?」

「うん…」

 羊水に浮かんでいる気分だからだろうか、私の頭の中に、ふと母の顔が浮かんだ。あの憎むべき母。そして母がいなければ、私が引っ越すこともなく、地元の友達と疎遠になることもなく、強姦されることもなく、また―――

 クラスメイトが自殺することも無かった…

 

 そんなことを思っていると、涙がドッと溢れてきた。

 


 数分間、湖に浮かんでいると警察が駆けつけて来た。

 水死体とでも思ったのだろう。

 湖で水だらけになった私たちは、タオルにくるまれて保護された。

  

 私たちは野原でじゃれ合ってたら、湖に落ちたと警察に説明し、なんとか抜け出すことができた。警察官に家の事情を説明したおかげで、警察側は学校に連絡をするだけにしてくれるらしい。学校にパトカーで向かう。

  パトカーに乗った私たちは、お互い笑いあったなんだかこの状況がひどくおもしろかったのだ。

 

 学校に着き、パトカーを降りた私たちは本当は職員室に行かなければいけなかったが、その指示を無視し、いつもの屋上に行った。


 2人でいつものベンチに座り、私は彼女に話しかけようとしたが、なんだか様子がおかしい。口を真一文字にし、暫しの間何か考えるように俯いている。

 

 私が彼女の顔を覗き込もうとすると―――

 彼女は急に、満面の笑みを浮かべてこちらを見てきた。

 吸い込まれそうな程大きな瞳を浮かべてこう叫んだ。


「心中しよっか!!」


 あの湖の飛び込みは心中のデモンストレーションだったのかもしれない。

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