シンデレラは舞踏会に行かなかった

ふるみ あまた

シンデレラは舞踏会に行かなかった


 彼女を日々虐げた二人の義理の姉たちは艶やかに着飾り、城の舞踏会へと行った。一方、彼女はいつもの薄汚れたぼろを着て、夜の街に浮かび上がる煌びやかな城を、閉ざされた窓から眺めることしかできなかった。それから15年の時が経ち……。





「何にしようかしら?」

 意地悪だった継母とシンデレラはファミレスにいた。要介護1の認知症を患った継母は、全盛期よりも格段に彼女に対して優しくなっていた。

「このミックスフライっていうの、美味しそう」

 先ほどからシンデレラの目の前でメニューと格闘する継母は、年寄りのくせに揚げ物が好きだった。

「お義母様、揚げ物は……お医者さんにまた怒られちゃいます」

 シンデレラは冒険しようとする継母に控えめに注意した。

「え~……でも、食べたぁい」

 継母はその注意を聞き入れず、子供のように甘えた。シンデレラは心を鬼にして、こう言った。

「……もう、今回だけですよ?」

 彼女の優しさは結果的に継母の健康に刃を向けることにはなったが、それはそれとして若かりし頃の復讐となった。タッチパネルによる注文を慣れた手つきで済ませると、シンデレラは立ち上がった。

「ランチはドリンクバー付きなんですって。お義母様、何をお召しになられますか?」

「コーラ」

 またしても自覚の足りないリクエストをした継母に、シンデレラは呆れながらもそれを聞き入れた。


 シンデレラがドリンクバーコーナーに到着し、いざ飲み物を注ごうとしたその時、彼女のあとから一人の少女が走ってきた。その少女は、ドリンクサーバーの前にいたシンデレラの事はお構いなしに自分の飲み物をグラスへ注ごうとした。

「コラ~!!横入りしちゃダメでしょ~!!」

 黒いライダースジャケットに身を包んだガラの悪い男が少女のことを叱った。

「スイマセン、このガキ常識を知らなくって」

「いえ、大丈夫です。お先に使ってください」

 気配りのできるシンデレラは微笑みながら少女に順番を譲った。

「いや、それじゃあ悪いですよ」

「私なら平気ですから……」

 ガラの悪い男はよく見ると、少女の父親にしては若いような気もした。細身で暗い茶色のショートヘアに赤みがかった瞳が印象的な男と、金髪碧眼の少女の不思議な取り合わせにシンデレラは少しの間だけ目を奪われた。

「ほら、ちゃんとお礼をいいなさい」

「……ありがとう、お姉ちゃん」

「えぇ……もう、お姉ちゃんじゃないけれど」

 実母の影響か、シンデレラは30代半ばにして子供に『お姉ちゃん』と呼ばれる若々しさを持っていた。

「へぇ~……おいくつなんですか?」

 悪戯な笑みを浮かべて男はシンデレラに年齢を聞いた。

「……34」

 正直さと真面目さだけが、彼女の人生を支えていた。

「え、マジ!?っていうことは、俺の15コ上!?全然見えねぇ~……」

「デリカシーのない男はきらわれるよ?」

「うるせぇ!!ちょっと、連絡先だけ交換させて!?俺、美人の年上に目が無くて」

 男は必死にシンデレラに頼み込んだ。

「いや……でも……」

 正直言って、悪い気はしないどころか気分は最高に良かった。シンデレラが唯一、尻込みした理由は年齢差だけだった。

「俺、マギアっていいます!!こいつは、親戚のアナスタシア。こう見えても、ちゃんと仕事してます!!だから、お願いします」

 マギアは遅すぎる自己紹介をしながらシンデレラに頭を下げた。

「……もうちょっと……お互いのことを良く知ってからにしませんか?」

 不思議な取り合わせの二人組の正体が異国の王族であることも知らずに、シンデレラはその二人に優しく微笑んでいた。





 15年前、シンデレラの元に魔法使いはやってこなかった。彼女はお城の舞踏会ではなく、ファミレスのドリンクバーで運命の相手と巡り合った。ナンパという形だけは共通していたが、それはプリンセスの宿命なのかもしれない。

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