ピクシス海域
二人が入り江に逃げ込むことに成功した、丁度その時……近くの海域に一隻の船があった。
船の名は『クラウン・ハート』。
プッピス王国と呼ばれる小さな島国に所属する軍艦の一隻であった。
計50門の砲門を持った豪華な装飾がなされた船であるのだが、その豪華な装飾が施された船体は現在、まるで戦争帰りかというほどボロボロな状態になっていた。
「……どうにか撒けたか」
そう言って船長はため息をついた。
「くそ……情けない」
そう言って船長は、机を思い切り叩きつけた。
「仮にも、一つの船団を任されたというのに、逃げることしかできないとは……自分が情けない」
そう、わなわなと震える船長に、副船長が声をかけた。
「仕方ありませんよ船長……あんな怪物船の船団相手にこんな小さな戦艦一隻で勝つことなんてできるわけないですから」
「……しかしな」
「それに、そもそも私たちの任務は別ではないですか」
「……そうだな、そうだったな」
船長室の窓から外を見た船長の視線の先には、白い髪で褐色肌のまだ幼い齢9歳の少女の姿があった。
「……いくか」
そう言って扉を開け、船長はその少女に声をかける。
「姫様、お怪我はありませんか?」
「うんっ……みんなが守ってくれたから」
そう言って、姫様と呼ばれた幼女は目を伏せた。
無理もないか……彼女を守るため、目の前で大勢の兵が死んでしまったのだから。
「ごめんなさい」
「はい?」
「私一人を守るために……みんなの命が……ごめんなさい……」
そう言って、幼女の目からは大粒の涙が零れ落ちていく。
「カグヤ様……貴方のせいではありません」
船長はそう言うと、彼女の肩に手を置いた。
「彼らもあなたを守り抜けたことを誇りに思っています」
「でも……」
「ですからっ……胸を張って主を守ったと……命を張って、自分の責務を全うしたと……そう、あの世で言えるように。貴方もまた、生き残ったことに胸を張ってください」
そう、船長は泣き顔を隠しながらそう言った。
「……はい」
「あっ……すみません……出過ぎた真似をしました。失礼します」
そう言って船長は頭を下げて、彼女の前を去っていき船長室へと戻った。
「……少し、大人気なかったかな?」
ふと、隣に船長は隣に立つ副船長へそう尋ねた。
「いえ、これもまた必要な事でしょう。カグヤ様はまだ幼いと言っても、一国の姫。長という物の立場を学ばなくてはならない人です」
「……そうだな、それではこれからの航路について話をっ」
カチッ……ドンッ
と、そこまで話した船長だったが、次の瞬間放たれた一発の弾丸によってその意識は永遠に刈り取られることになった。
火薬のにおいと、血の匂いが部屋の中に充満する。
「貴方はいい上司でしたが、命には代えられないもので」
バタンと船長が倒れたその後ろで、副船長はその手に握りしめたフリントロック式の銃を懐に仕舞った。
「……⁉ 船長、副船長! 何かありましたか!」
銃声が聞こえたことで焦った船員が船長室の扉をガンガンと叩いた。
「いや、何でもない。少し銃が暴発してしまっただけだ。私たちはなんともないよ」
「そうでしたか……ご無事で何よりです」
「ああ、少し船長と大事なことを話さなくてはいけないからな、皆にも銃が暴発しただけだで、私たちは何ともないという事を伝えてくれないか?」
「はい、了解です」
そう言ってドアの向こうの船員は走って行った。
その音を聞いて、安心した副船長は、懐から取り出した葉巻に火をつける。
「さて、それじゃあこれから姫様を連れて行かなきゃいけないわけだが……どうするか」
そう言って、副船長は羅針盤を手に取りそして目を開いた。
「しまった、まさかここは……ピクシス海域か⁉」
【ピクシス海域】。その名は船乗りにとってまさに絶望を意味する名だった。
羅針盤を狂わす磁気と、その自然が作り出した特殊な海流、更に不安定な天候と……そんな過酷な環境によって数々の船が、その海域でその行方をくらましている。
ついた名は【死海】。
方角を刺さず狂ってしまった羅針盤を見て、そう悟った副船長はふと何やら外が騒がしくなっていることに気が付いた。
「おい! あれはなんだ!」
「……あれはッ、大変だ! 嵐が来るぞ!」
「何だって⁉ くそっ、船がこんな状況じゃ……嵐に何て耐え切れねえぞ!」
その声を聴いて、副船長は急いで窓の外を見る。
「おいおい、嘘だろ……」
船長室の窓の外、そこにはまるで裏切った物を処罰する海の怒りを体現したかのような積乱雲が聳え立っていた。
その夜……
「海水が下に……!」
「駄目だ‼ 浸水を止められない!」
「クソっ……せめて姫様だけでもっ……っ!」
「駄目です! もう持ちこたえられません! 沈没します!」
「……誰か、ごぼっ……誰かッ、ごぼぼ……誰が、だず……」
その夜、軍船『クラウン・ハート』は嵐にのまれ人知れずその船体を暗黒の海へと沈めていったのだった。
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