第一話⚓

朽ちた沈没船

(ここは……どこだ? 俺は……)


 そう思った俺の目の前を小さな魚の影が通り過ぎていく。


(……水の中にでもいるのか?)


 ああ、そうだ……だんだん思い出してきたぞ。

 俺の名前は海鳴 奏多……何時ものように高校で授業を受けていたら、突然全身に激痛が走って……それで……。


 駄目だ、そこから先が全く分からない。

 たぶん、気絶したか……それとも……死んだ? いや、そうだとしたらなんで俺の意識がはっきりしてるかって話になる。


 いろいろ分からないことだらけだ……俺は、一体どうなってるんだ?

 それに、なんで俺は水の中にいるんだ……そして何より……


(なんで水中で息ができているんだ?)


 そう、息ができているのである。


 全く苦しくない。

 むしろ心地よささえ感じてしまう。


(……よくわからんが、とりあえず上に上がろう)


 そう思って、身体を身じろがせたが何かが上に乗っかっているようで上手く体が動かない。


(なんだ? 何かが乗ってんのか?)


 そう思いつつ、身体を何度も何度も揺らすと、突然体が軽くなった。


(上手く振りほどけたみたいだな……とりあえず上に上がろう)


 そう思い、俺は上へ上へと浮上していく……


 やがて、水面を割き海上へと顏を出した俺は周りを見渡す。

 どこまでも続く穏やかな海。


 島の影や船の形一つ見えやしない。


 完全に遭難したって奴なのだろうか?


 なんて思っていると、俺はふと不思議な事に気が付いた。

 何か……何かがおかしい。


 何とも言えない違和感に襲われている、俺の隣で突然水が吹きあがった。


 噴水のように吹きあがった水と共に、俺の隣を小さな鯨が通り過ぎていく。


(……⁉ 小さな、鯨?)


 クジラは、俺の隣を悠々と泳ぎ地平線の彼方へと消えていった。

 

(鯨って、あんなに小さいのか? 俺の体の半分の大きさもなかったぞ?)


 そう思っている俺のすぐ目の前をカモメが通り過ぎていく。

 その大きさはまるでハエのようだ。


(今度は小さなカモメ⁉)


 そんな小さなカモメが鼻先に止まった時、俺は気が付いた。


(鯨やカモメが小さいんじゃない……俺の体が大きいんだ)


 そう悟った時、俺の頭をガンッと殴りつけるような痛みが襲った。


(っ……なんだ⁉)


 ただの痛みじゃない。

 まるで脳みそをかき回されているような……気持ちの悪い痛みだ。


『……適合終了……始めまして、マスター』


 しばらくしてその痛みが治まると、頭の中に誰かが直接話しかけてきた。


(だれだ?)


『私は【転移勇者支援ナビゲートスキル】です。よろしくお願いします』


(転移勇者支援ナビゲートスキル?)


 訳が分からん。

 いや、もしかしてこれは……ライトノベルとかでよくある転生って奴なのか?

 いや、でも転移って言ってたよな……


『マスターはこの世界に転移していろいろ戸惑っている所でしょう。なので簡潔に、現在の状況を私の方からお伝えします』


 そう言うと【転移勇者支援ナビゲートスキル】……長いからナビでいいか。ナビは、現在進行形で俺に今起こってることを話し始めた。


『まず、マスターはシリウス皇国の勇者召喚により貴方の学友と共に異世界に召喚されました……しかしながら、マスターの魂だけ運ばれている途中でアクシデントに巻き込まれ、零れ落ちてしまい……』


(しまい?)


『魂だけになっていたマスターの、海中に沈んでいた沈没船と融合、現在マスターの体は沈没船となってしまっています』


(は?)


 えっと、つまり……俺は勇者召喚に巻き込まれ、アクシデントに巻き込まれてしまった俺は……沈没船と融合しちまったって……こと?


『正直言いますと、マスターの現在の状況は異例中の異例の為……私も戸惑っております』


 そう言ってナビは無機質に、しかし本当に困惑しているような声を出した。


(いや、ナビゲーションスキルに困惑される状況って何だ?)


 普通、ライトノベルとかのナビゲーションスキルって、無機質に主人公に異世界について教えるようなスキルのはず……


(そんなナビゲーションスキルが困惑する今の状況って……本当にイレギュラーなんだな)


 なんて、思わず思ってしまう。


『まあ、兎も角……私の仕事は、異世界から転移してきたマスターをサポートする事です。やることは、変わりありません……ので、マスター少しの間ではございますが、これからよろしくお願いいたします。』


(え、ああ……よろしくな?)



 こうして、転移……もとい、イレギュラーで沈没船に転生した俺の異世界生活が幕を開けたのだった。

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