【一部完結】はずれ姫、建国史上初の女王を志す

八星 こはく

第1部 再会と決意

第1話 ルミエール王国のはずれ姫

「カトリーヌ様、お食事をお持ちいたしました」


 部屋の扉が開いて、質素な食事を持った侍女が入ってくる。彼女の名はマリア、カトリーヌより一つ年下の十七歳だ。

 ブルネットの短い髪に、同色の瞳。しかし見えるのは顔の左半分だけで、右側は黒い仮面で覆われている。


「ありがとう、マリア。机においてくれる?」

「はい」


 パンと野菜スープ。それが、カトリーヌの朝食だ。

 宮殿に暮らす兄妹たちは、きっと朝から食べきれないほどの御馳走を出されているのだろうけれど。


「マリアは朝食、もう食べたの?」

「……いえ、その、私は今日、食事をもらえませんでしたので」


 目が合うと、気まずそうにマリアは目を逸らした。

 支給された侍女服は相変わらずぶかぶかで、小柄な身体がよけいに貧相に見える。


「半分食べなさい」


 パンを半分にちぎり、大きい方をマリアへ渡す。

 遠慮したマリアに、いいから、とパンを押しつけた。


「ありがとうございます、カトリーヌ様」

「謝らないで。そもそも、貴女がそんな扱いを受けるのも、わたくしのせいだもの」

「そんなこと……」


 今から六年前、マリアは王宮にやってきた。

 王都で起きた大規模なテロに巻き込まれ、彼女は家と家族を失ったのだ。そして、国が行った被害者救済策の一つとして、使用人として採用された。


 しかし、彼女を侍女として傍におきたがる者はいなかった。


「それより、薬代は足りているの?」

「……はい、なんとか」

「そう。足りなくなったら言うのよ。わたくしもかけ合ってみるから」

「ありがとうございます、カトリーヌ様」


 頭を下げると、マリアはそっと仮面を外した。

 焼けただれた顔の半分が露になる。

 食事をする時は仮面が邪魔で、外さなくてはならないのだ。だからマリアは、カトリーヌ以外の前で食事をしない。


 顔半分にある、大きな火傷。

 それが、他の人たちがマリアを傍におきたがらなかった理由だ。

 美しくない、不気味だ、そう言われたマリアは、カトリーヌ付きの侍女になった。

 はずれ姫と呼ばれる、カトリーヌの侍女に。


 まあ、わたくしにとっては、マリアは大事なたった一人の友人だけれどね。


 パンを食べ終えると、マリアは部屋を出て行った。

 この離れにいる侍女はマリアだけ。ここでは毎日、山のように仕事がある。


 味の薄いスープを喉に流し込み、ぱさぱさしたパンを口に詰め込む。美味しくはないけれど、食べないわけにもいかない。


「また、一日が始まってしまったわ」


 立ち上がって、窓から外の景色を眺める。豪華絢爛な宮殿が、陽光を浴びて輝いていた。


 カトリーヌはこの国の第二王女だ。しかし、はずれ姫と呼ばれ、一人だけ離れで生活している。

 王族としての職務にも参加できず、国民のほとんどはカトリーヌのことを知らない。


 それは、カトリーヌが魔法を使えるからだ。


「こんな力、なかったらよかったのに」


 王子は、生まれながらにして魔法を使える。

 魔法は水、火、風、土の四系統があり、魔力量は人によって異なる。

 近年は魔力量の弱い王子ばかりで、建国当初のように、魔法が何かの役に立つことはなくなった。

 だが、神聖な血を示す力として、魔法は今でも重要視されている。


 国王が死ねば、王子たちは魔法を使った決闘を行う。そこでの勝者が、次期国王となるのだ。


 魔法は神聖な力だ。しかしあくまでそれは、『王子』だけが持つべき力。

 女でありながら魔法を使えるカトリーヌは、王家の伝統を破壊する忌むべき存在として、生まれた時から厄介者扱いされている。


「わたくしはこのまま、ここで一生を終えるのね」


 年の近い姉は、絶賛婚約者探し中だ。幼い妹にも、いずれいい縁談が舞い込んでくるだろう。

 でも、カトリーヌは誰とも結婚できない。もしカトリーヌの子が……王子でない子が、魔法の力を持って生まれては困るから。


「……せめてもう一度、フリッツ様に会えたらいいのに」


 目を閉じると、初恋の人の顔が頭に浮かぶ。

 八年前、急に姿を消したカトリーヌの家庭教師だ。代々宮殿に仕える貴族ではなく、カトリーヌのために雇われた、市井出身の人だった。


 虐げられ、はずれ姫として冷遇されてきたカトリーヌに、初めて優しくしてくれた人だ。


「フリッツ様、今、どこにいるのかしら?」


 会って、話がしたい。でもきっともう、会えないのだろう。

 だったら、せめて……。


「フリッツ様が、幸せに過ごしていますように」

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