【幻聴の話】 エッセイ

統失2級

1話完結

過去には、あれだけ僕の事をいじめて苦しめていた幻聴たちも今ではすっかり無害な存在に変り果ててしまい、今では完全に僕の暇潰しの玩具と化しています。現在の幻聴は僕が話掛けた時に返事をする程度になり、自分から話掛けて来る事は皆無です。僕は退屈な時に気紛れの遊び感覚で頭の中の声で幻聴に話掛けます。「お前は不細工だから天国には行けない」とか、「お前は臭いからベランダから飛び降りて死んでくれ」等と僕は言います。すると、幻聴は「何だと、お前の方こそ不細工だし臭いし死んだ方が良い」と返して来ます。それに対し僕は、「俺は神様と仲が良いんだ。俺が神様に頼めばお前は100億年の地獄を体験する事になるぞ」と脅します。すると幻聴は、「すみませんでした。地獄と自殺だけは勘弁して下さい、何でも言う事を聞くので、どうか許して下さい」と謝罪します。これでこの遊びは一旦終わりです。僕は最後に入院した精神病院の退院直後から、幻聴をいじめて遊ぶようになったのでこの遊びはかれこれ10年くらい続いています。最早、伝統のプロレス芸です。とは言っても1日中やっている訳ではなく、テレビのCM中や寝る前の布団の中などの隙間時間にちょっと遊ぶ程度です。僕が幻聴を始めて聴いたのは最後の精神病院に入院する直前の事ですから、これも10年くらい前の事になります。それまでの僕の症状は追跡妄想と呼ばれる集団ストーカーなどの被害妄想があるくらいで、幻聴の症状はありませんでした。それが、精神薬の断薬を続けていたとある日の夕方の自宅で、突然とある男性の声が聴こえて来たのです。それは、過去に飛び降り自殺未遂で入院した事のある病院の外科医の声でした。その外科医の声の幻聴は「お前の耳からお前の頭に侵入した。そして、お前の脳には知恵遅れ菌をばら撒いたので、これからお前は段々馬鹿になって行く」と言いました。僕が怯えながら「何でそんな事をしたんだ」と問い質すと、「やりたかったから、やっただけだ」と幻聴は返事をしました。しかし、僕がその幻聴の正体を、その外科医だと思う事はありませんでした。僕は幻聴の正体をアラビア地域に存在すると言われている妖霊のジンだと思っていたのです。その理由は僕はその数ヶ月前に東京のモスクに見学に訪れていたので、そこで良いジンではなく悪いジンに取り憑かれ家まで連れて来てしまったと考えていたのです。また、幻聴が聴こえ始める1〜2週間前から部屋中で『ミシッ、ミシッ』との音が発生していたので、その頃からその音の正体はジンであると思っていました。最初は外科医の声だった幻聴も直ぐに他の声に変わり、今度はアニメチックな女性の声であれこれ僕に指示を出し始めました。「知的障害者になりたくなかったら、全裸になって浴室に行って洗面台の下にしゃがんで隠れて来て」と。当時は11月だった為に気温の問題で全裸になるのは断りましたが、その他の幻聴の指示には従い浴室の洗面台の下にしゃがんで暫くじっとしていました。しかし、洗面台の下には囲いや扉がある訳でもなかったので、(全然、隠れられてないけど、これ意味あるのか?)等と考えていました。すると、次第に馬鹿らしくなって来たので僕は洗面台の下から移動してシャワーを浴びる事にしました。シャワーを浴び終え部屋で寛いでいると、幻聴はまた声を変えて今度はワイドショーの男性司会者の声で、「私は8千年生きている精霊であり、私はユダヤ教、キリスト教、イスラム教をそれぞれの時代の適任者に声を聴かせて作らせた。その目的は人間どもを殺し合わせる事だった」と言って来ました。しかし、暫くすると幻聴は、「さっきは精霊と言ったが、あれは嘘で私の正体は唯一神だ」と言い出したり、かと思うと今度は別の男性芸能人の声で「さっきのアッラーは偽物で、私こそが本物のアッラーだ」と言ったり、「実はアッラーは双子であり、さっきのアッラーも私も正真正銘、本物のアッラーだ」と言ったりしていました。幻聴たちは言う事がコロコロ変わるので、僕はその話を殆ど信じていませんでしたが、別の日になると幻聴は、「ムハンマドは元から賢かったが、モーゼもイエスもブッダも知的障害者だったので私が知能を上昇させてやった。その他にも、諸葛亮孔明もレオナルド・ダ・ヴィンチも知的障害者だったので、私が知能を上昇させてやった」等と言って来ました。僕は知能が上昇するという話には魅力を感じ、「それなら、俺の知能も上昇させてくれ、頼む」と頭の中の声で幻聴に依頼しました。すると幻聴は「知能を上昇させる方法は只一つ、深夜の養豚場に忍び込んで豚と獣姦して来る事だ。射精直後に知能が上昇する」と返答をしました。それを信じた僕が、「一番近くの養豚場はどこだ?」と尋ねると、「そんな訳あるか、全部出鱈目の作り話だ、アホ」と幻聴は僕の事を嘲笑いました。その時の僕の感情は怒りというより、恥ずかしさの方が強かったと記憶しています。その後も幻聴たちは主に芸能人の声で、ずっと僕を馬鹿にしたり、いじめたりしていました。「今直ぐ、ベランダから飛び降りて自殺しろ。そしたら、お前は天国に行ける。もし、お前が寿命まで生きたなら、お前は100億年の地獄を体験する事になる」とか、「人を殺して来い」とか、「スーパーに行って、商品棚にタックルして来い」とか、「お前は知恵遅れ過ぎてアッラーから見捨てられた。そして、イエスもムハンマドもお前とは絶対に会いたくないと言っている。もう何もかも諦めて、今直ぐ自殺してさっさと地獄に堕ちろ」とか、「俺たちにお前の脳ミソから出て行って欲しいなら、誠意を見せろ、その誠意とは半袖半ズボンで今から街を散歩して来る事だ」等と幻聴たちは言って来ました。僕は幻聴の症状が発症する前に、当時、住んでいたマンションの3階から飛び降りた事はありましたが、すっかり、それに凝りていたので、「自殺しろ」という幻聴たちの命令は無視していました。ムハンマドが僕には絶対に会いたくないと言っていると聞いた時には涙を流すほど悲しかったですが、それでも、自殺はなんとか踏み止まりました。また、僕は臆病な人間でもあったので、「人を殺して来い」や「商品棚にタックルして来い」という命令も無視していました。しかし、「街を散歩して来い」という命令には従って11月の深夜の街を半袖半ズボンで徘徊するという苦行は体験しました。そのような事が色々ありましたが、犯罪を起こす事も無く疲弊しながらも、何とか幻聴たちと過ごしていると、とある日、幻聴たちは、「楽になりたいなら、精神病院に入院して来い」と僕に言いました。僕は、「楽になる」という言葉に惹かれ、大人しくその命令には従い精神病院に入院しました。精神病院には3ヶ月間入院してから退院し、今では精神薬のお陰で寛解状態を維持しており、約10年間も平穏な毎日が送れています。精神薬は統合失調症の治療には必要不可欠な存在であり、京都アニメーションへの放火魔が、もしちゃんと体と脳に合った精神薬を飲んでいたなら、何の罪も無い人々の命が奪われる事も無かった可能性があります。僕と青葉真司被告の運命の別れ道は体と脳に合った精神薬に出会えたか否かであったのだろうと最近はつくづく思います。この記事を読んでいる統合失調症の皆さんも断薬はやめた方が賢明です。とは言っても中には体や脳に合わない精神薬も存在しますし、また大量の精神薬を処方されて体や脳の働きが鈍るという事もあります。その場合は担当医に相談して処方を調整して貰うか、それが無理なら病院を変えてみるのも、一つの手かも知れません。そして、ここで話は変わりますが、僕はイスラムの開祖である聖預言者ムハンマドやムスリムの方々の事は大変尊敬しているものの、僕自身はイスラム教徒ではありません。これは宗教全般に言える事なのですが、僕の脳ミソでは宗教というものは遥かに難解で到底理解出来そうにもないので、僕は無宗教の人間です。という訳ですっかり長くなりましたが、精神薬がもたらしてくれる平穏な日常に感謝しながら、この辺りでこのエッセイを締め括りたいと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。

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